完全房室ブロックだ!

緊迫の救急現場

救急隊は傷病者の下に迅速に駆けつけ、適切な医療機関に早期に搬送することを使命としています。この使命を果たすために傷病者自身はもちろん、家族から、目撃者からなど様々な関係者から情報を集めます。

五感や救急資器材を活用して正確なバイタルサインを測定し、現場に落ちている様々なヒントを集めます。的確な判断を行うにはこれらの過程がとても重要になります。

救急隊に求められる能力は「現場に落ちているヒントのカケラのようなものを拾い集め正確な判断をすること」と言っても過言ではないかもしれません。

慌てている関係者が多い現場で実はこれは非常に難しいことで、集めたヒントが間違っていること、思い込みによるものなど、現場には不正確な情報もたくさん含まれているのです。

さらに、時には嘘も混じっていたりして…。


出場指令

夕食時の消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町○丁目…○号室K方、男性は一過性の意識消失、現在は意識あり、通報は女性から」

との指令に救急車は消防署を飛び出しました。


出場指令

緊急走行中、現場に向かう救急車内で隊員が119番通報があった電話番号に電話をかけました。

(119コールバック)

隊員「もしもし、そちらに向かっている救急隊の者です、ご通報いただいた方でしょうか?」
女性「はい、私が通報しました」
隊員「患者さんのご様子はどうですか?今は意識があるとのことですが、呼吸はしっかりできていますか?」
女性「はい、今ははっきりしていて…救急車なんていらないって…」
隊員「ご本人は今は良くなったから病院になんて行かないと?」
女性「ええ…なにか…すみません、少しの間なのですが様子がおかしくなって倒れこんだものですから…、私…驚いちゃって…」
隊員「その時には意識はなかったのですか?」
女性「いいえ…、完全に意識を失った訳ではないのですが…、本人はフラついたなんて言っています、ただ、今は何ともないって…」
隊員「分かりました、今、急いでそちらに向かっています、もう少しで到着できます」

電話を切った隊員は隊長と機関員に情報を伝えました。

隊長「今は回復して病院には行かないって?」
隊員「ええ、何ともないって言っているみたいです、意識も今は問題ないって」


現場到着

現場は住宅街のマンションの一室、表札はK方、この部屋で間違いありません。呼び鈴を鳴らすと通報者の30代くらいの女性が案内に出てきました。

女性「すみません、こちらにいますのでお願いします」

女性の案内で部屋に入るとソファーに座っている男性がいました。


傷病者接触

隊長「こんばんは、具合はいかがですか?今は何ともないですか?」
男性「いやぁ、すみませんでした、今は何ともないんですよ、大丈夫ですから」

傷病者は50代の男性でSさん、パッと見て重症感はありませんでした。到着した救急隊に何ともない、大丈夫だと訴えていました。

隊長「せっかくこうしてやってまいりましたので、少しお話を聞かせてください、血圧なども測定させていただきます」
Sさん「ええ、いやぁ…本当に何か申し訳ないですね、お騒がせさせてしまって…」
隊長「いいえ、そんなことはお気になさらずに、それで?いったいどうされたのでしょうか?」
女性「それがですね…」

隊長はまず案内に出た女性から状況を聴取しました。隊員はSさんのバイタルサインを測定します。彼女は通報者でKさん、この部屋はKさんの部屋でした。傷病者のSさんは彼女の部屋に訪ねてきていたそうです。

Kさんの話によると突然、様子がおかしくなりベッド上に倒れこみ、呼びかけると「大丈夫、大丈夫」と返事をするが視点がおかしいので心配になり119番通報したのだそうです。

しかし、通報が終わるとすっかり回復しており、「救急車なんて呼ばなくていい、今は何の問題もない」と訴えたのだそうでした。

隊長「なるほど、それでは具合が悪くなったのはKさんが気がついて119番通報している短い間と言うことですね?」
Kさん「ええ、多分、数分じゃないかと思います、ただ、表情がおかしくて…ただ事ではないんじゃないかって…すみませんでした」
隊長「Sさんはどうでしょうか?その時のことは分かりますか?」
Sさん「ええ、一瞬なんですけどフラフラして、めまいみたいなものを感じたので、これはいけないって思って倒れこんだんです、ただ、すぐに良くなったので大丈夫ですよ」
隊長「こんなことは初めてですか?怪我はしませんでしたか?」
Sさん「ええ、ほら、急に立ち上がるとフラフラすることってあるじゃないですか?立ちくらみみたいな、あんな感じの酷いのが起こったんじゃないかと思います、ベッドに倒れこんだから怪我はないです」
隊長「何をされている時に具合が悪くなりましたか?」
Sさん「別に何をしていた訳でもないのですけど…ベッドに座ってテレビを見ていました」
隊長「…そうですか、特に変わったことはないですか?」
Sさん「ええ、特には…」

隊長が状況聴取をしている間、隊員がバイタルサインを測定していました。パルスオキシメーターをつけて、血圧計を巻いて…と。さて、脈拍は…あれ?

隊長「Sさん、病院には行きたくないですか?」
Sさん「ええ、だって何ともないですし」
隊長「Kさんはどうでしょう?」
Kさん「私はさっきの様子をみたら診てもらった方がよいんじゃないかって思うんですけど…でも確かに今は普通ですし…」

Sさんは医療機関への搬送を望まず、KさんもSさんがそう言うなら…そんな雰囲気が漂っていました。

隊員「隊長、徐脈です、40回/分くらい」
隊長「徐脈?どれ?Sさん、私にも脈を取らせてください」
Sさん「ええ」
隊長「…本当だ、遅いな…」
隊員「ええ、心電図を録ります」
隊長「ああ、そうしよう、Sさん、ちょっと横になっていただけますか?心電図を録らせていただきます」
Sさん「心電図?何か大げさだなぁ、大丈夫ですよ」
隊長「まあまあ、そう仰らずに、ずいぶん脈が遅いのが気になるのですよ、昔、マラソン選手だったとかありませんか?」
Sさん「いいえ、走るのは嫌いです」

Sさんのバイタルサインは意識は清明、呼吸は正常値、SPO2は98%、血圧は収縮期で130程度、他にも発熱もなく、脈拍以外に問題はありませんでした。Sさんの胸に心電図を装着すると…

隊長「遅いな…40回/分くらいか…あれ?これって?」
隊員「あれ?おかしいな…これって…P波とQRSが…STも上がっている」
隊長「完全房室ブロックだ!CCU選定するぞ!」

P波とQRS波が完全に非同期でSTが上昇していました。CCUとは心臓起因の疾患に特化した集中治療室を有する病院のことです。

機関員「了解、一番近いのは○病院です」
隊長「○病院から選定でいい!バイタルはいいな?」
機関員「ええ、隊長、搬送は?オレたちだけでいけます?」
隊長「…いや、そうだな、支援を呼ぼう、応援要請を入れて機関員はそのまま選定に入れ!隊員は搬送の準備、DCパッドに切り替えろ!」
隊員・機関員「了解です」

DCパッドとは除細動パッドのこと、これから心肺停止状態に容態変化し電気ショックを打たなければならない事態になるかもしれないとの判断です。隊長は重症であると判断し隊員と機関員にやるべきことを指示し、自らSさんとKさんに説明しました。

隊長「お二人とも聞いていただけますか?病院には行きます、しかも循環器の専門医がいて、集中治療室があるような医療機関を選定させていだきます」

Sさん「行かないとダメなんですか?」
隊長「ええ、絶対に!私はあなたを重症だと判断しています、危ない不整脈が出ているんですよ、行かないと絶対にダメです!」
Sさん「…そうですか、分かりました」

ベテランの救急隊長の鬼気迫る説得にSさんはすぐに医療機関に行くことに納得しました。

隊長「Sさん、本当に今は何ともないですか?胸が苦しいとか痛いとかまったくないですか?」
Sさん「ええ、まったくないです」

本当に重症なの?半信半疑のような二人でしたが、救急隊は酸素投与に除細動パッドを装着してのモニタリング、いつ容態変化が起こっても対応できる準備をして活動を進めました。到着したポンプ隊の協力を得て救急車まで搬送、医療機関はすぐに決定しました。


現場出発

隊長「Sさん、今も何ともないですか?苦しくないですか?」
Sさん「ええ、何ともないです」
隊長「あそこはKさんのお宅とのことでしたが、Sさんのお宅は?」
Sさん「○町に自宅があるのですが、ほとんど彼女の部屋で生活しているのですよ」
隊長「そうでしたか、これから病院に到着して処置についてのお話とか、同意を求められたりなどがあるかと思うのですがご家族は?」
Sさん「いや…私は独り者なので…、まあ籍は入れてはないですけど彼女が内縁の妻と言うか…ほとんど一緒に暮らしているので…」
隊長「そうですか、それではKさんは医師からそのような話があった際には対応してください」
Kさん「…ええ、分かりました」

Sさんはこのようにとてもしっかりしており、まったく具合など悪くないと訴えたまま医療機関に到着したのでした。

続編につづく

今回の記事はここまでです。医療機関に到着し医師が下した判断は私たちの思った通りの傷病名で重症でした。

今回は長文もあり、クエスチョン編と回答編に分けての更新します。ズバリ傷病名は何でしょうか?

きっとここをご覧の救急救命士、救急隊の方々、救急救命士を目指している学生の方々には易しい問題だと思います。

さらに、問題がもう一つ、医療機関到着後、同乗してもらったKさんに関係して、想定しなかった事態が起こり、私たちはとても慌てることとなりました。

このことが傷病者の身体に不利益を与えたり、医師から指弾されるようなことはなかったのですが、今になって思えば、現場に落ちていた様々なヒントを時には信じないことも重要だったと教訓になったのでした。

実は似たようなケースはあちこちで時々聞かれる話、引き継いだ医師も何度も経験していると言っていました。私たちが慌てた「想定していなかった事態」とはどのようなことだったでしょうか?

現役の救急隊の方はピンとくるものがあるのではないでしょうか?現場経験のない学生さんには難問だと思います。

続・完全房室ブロックだ!につづく

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