誰もわかってくれない…

緊迫の救急現場

奈良県、そしてまた千葉県でと妊婦の受け入れ先が見つからず結局不幸な結果に至った事案が取り上げられています。それは「たらい回し9件、それっていつものこと」と言うお話でも触れましたが残念なことに本当にいつものことなのです。今日はその具体的事例のお話を。私の町では産科よりもっと受け入れ先が見つからないのがホームレス、そして精神科疾患をお持ちの方です。

出場指令

季節は真冬、0時を越えた深夜の出場でした。

「消防隊、救急隊出場、…Kマンション○号室、J方、女性は自損、手首を切り出血」

との指令に私たち救急隊、そして同じ消防署の消防隊が出場しました。消防隊、救急隊がペアで出場する。消防署から現場までは1キロほどでしょうか?しかも深夜、緊急車両はビュンビュン現場に向かいます。通報電話番号に連絡して情報を取る、応急手当の指導をする時間はありませんでした。

(119コールバックなし)

現場到着

機関員「ここだ!Kマンション、入り口の前に停車するから」
隊員「了解!隊長と先に現場に向かいますからね」
機関員「了解!消防隊に支援してもらう、先行って!」

重傷度が高いであろうと判断されて消防隊との連携です。さらに消防隊は同着、しかも同じ消防署のいつものメンバーです。言わずと知れた活動ができます。

こういった場合、このチームでは救急隊長と救急隊員がとにかく救命に直結する資機材を持って傷病者の下へ。搬送資機材など後に必要になるかさばる資機材を救急機関員の指示の下、消防隊が支援して現場に向かうようになっていました。


現場到着

救急隊長が部屋の呼び鈴を鳴らした。すぐにドアが開きました。案内に出たのは通報者であるJさん、この部屋の住人で傷病者の彼氏でした。

彼氏「お願いします、彼女が自殺を図って血がすごいんです」
隊長「分かりました。患者さんはどちらですか?」
彼氏「奥の部屋にいます」

隊長が奥の部屋に進む。それに続く救急隊員。傷病者は彼氏とこの部屋で暮らしているSさん、20代前半の二人はこの部屋で同棲しているとのことでした。

彼氏が夜中に何やら物音がすると言うことで目を覚ますと隣の布団の上で彼女が手首を切っていたので救急要請したとのことでした。


傷病者接触

Sさんは布団の上に座り込み泣いていました。着ていたシャツは血に染まっていました。が、当たり一面血だらけという訳ではなく出血量はまあ多くみても200cc、いや100cc程度でしょうか?生命に関わる出血量ではありません。

隊長「こんばんは、救急隊です、どうされましたか?」

隊長が声をかける。救急隊員は止血処置のためにガーゼや三角巾、包帯などの用意を始めました。

Sさん「誰も私のこと分かってくれない…」
隊長「そう…、それで自分で手首を切っちゃったのかな?」
Sさん「そうです、自分で切りました」
隊員「切ってしまった手首を見せてくださいね、止血処置もさせてもらいますよ」

何らかの精神科疾患をお持ちであろうことは明らかです。こういった傷病者には優しくさらに興奮させないように接します。

隊長「こう言った事ははじめてかな?」
Sさん「いいえ」
隊員「Sさん創にガーゼを当てますよ」

Sさんの左手首はカッターナイフでの切創、一番の大きな創で5センチほどの長さ、深さは5ミリ程度でしょうか。出血はすでにほとんど止まっていました。そんな創が4、5本手首に並んでいました。

さらに過去、何度も同じことを繰り返したのでしょう。左手首には鋭利なものできりつけたのであろうためらい傷が多々ありました。

隊長「過去にも何度かあるんですね?」
Sさん「はい」
隊長「現在治療中のご病気はありますか?」
彼氏「うつ病で近くのクリニックにかかっています」
機関員、消防隊が到着しました。
隊長「サブストレッチャーを用意して、止血処置した後に搬送する」
機関員「了解」
隊員「Sさん、止血のために少し締め付けますよ、少し痛いかもしれません」


車内収容

さて、これは病院が決まらないぞ…。うつ病をお持ちの傷病者、自殺未遂での受傷。手薄な深夜の時間帯、また病院で自殺未遂なんてことになったら大変です。受け入れ先病院がなかなか見つからないのです。

Sさんの怪我はガーゼと三角巾で止血可能な程度、その他バイタルサインも問題ありません。

隊長「直近の外科で当たろう」
隊員「了解」

一番近くの救急病院、Sさんも過去一度風邪をひいて受診したことのある病院でした。この時は実にレアなケースで一発で受入れOK!

機関員「え、よろしいですか?はい、5分ほどで到着できると思います。ありがとうございます、すぐに向かいます」
隊長「OKなの?」
機関員「そうです」
隊長「よし、それじゃ現場出発ね」

車内収容から1件目の病院で受入れ可能、すぐに搬送が開始できました。精神科疾患をお持ちの傷病者を扱い、さらに自殺未遂という状況でこれは本当にレアなケースでした。


病院到着

Sさんは医師に創の手当てをしてもらい、朝までこの病院に入院することとなりました。と言ってももう深夜も深夜、病室に彼氏が付き添い朝が来るまでの数時間休むことになったと言うことです。

「左手首切創 中等症」


帰署途上

隊長「いや~まさか1件目で受け入れ先が決まるとは思わなかったよなぁ」
隊員「本当ですよ、オレはもう朝までの活動を覚悟しましたよ」
機関員「でもこれが本当だよな」

こういったケースに一晩中受け入れ先が見つからず長時間の活動に泣いたことのある救急隊たち、この日は本当によかったよかったと消防署に帰ったのです。活動時間も1時間ちょっと。これが救急活動だよな。


…今思えばこのスムーズにいった活動がまさか自分たちの首を絞めることとなるとは思いもよらなかったのですが…。

この活動から数当番目、翌週の深夜です。

「消防隊、救急隊出場、…Kマンション○号室、J方、詳細は不明なるも女性は自損の模様」

地図を確認する消防隊、救急隊の機関員たち。

消防隊の機関員「あれ?ここって…」
機関員「あ!先週のあの子のうちだよな?」

あれからたった数日、またも同じ部屋からの救急要請でした。この活動が本当に本当に大変だったのです。長文になったため続・誰も分かってくれない…に続きます。

緊迫の救急現場
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