救急救命士の現場 パラメディック119〜すべては救命のために〜
パラメディック119緊迫の救急現場野郎…最後まで迷惑かけやがって Last up 2006.8.5

緊迫の救急現場 case3

野郎…最後まで迷惑かけやがって

 私たち救急隊の活動は生死の境にある人をひょっとしたら生へ導くことのできるかもしれない尊い仕事です。なかなかそんな緊迫の現場には当たらず緊急性、重傷度共に低い低いためいき現場がほとんどですが、そんな中にたまにある緊迫の救急現場、私の隊では10件に1件あるかないかでしょうか。今回のお話はまさに1分1秒を争う救急現場です。私たちが素晴らしい活動をし、迅速的確に処置をし救命センターに搬送することによってひとつの命を救えるかもしれない、まさにみなさんが救急隊員に望む仕事、まさにそんな現場でした。

 「救急隊及び消防隊出場、○町Kさん方、男性は意識、呼吸なしの模様」との指令に私たち救急隊は出場しました。119番通報の時点で意識呼吸なしとの情報があり重症であることが容易に分かるためPA連携、消防隊と救急隊が同時にこの現場に出場しました。連携した消防隊は私たちの消防署にある消防隊ではなく、すぐ隣の消防出張所の消防隊でした。

 出場途上。PHSを使って通報電話番号に連絡を入れました。
救急隊員「もしもしKさんのお宅ですね。救急隊です、今そちらに向かっている途中です。意識も呼吸もない方がいると言うことですが患者さんの様子はどうですか?」
Kさんの兄「ええ、私の弟なんですけどね、なんか息もしていないみたいなんですよ、様子がおかしいんです」
救急隊員「呼吸がないようなら人工呼吸、脈拍がないようなら心臓マッサージをしていただきたいんです。私がやり方を簡単に説明しますからやってみてください」
Kさんの兄「いやぁ…ちょっと俺にはできないなぁ…」
救急隊員「できない?できませんか?」
Kさんの兄「無理ですね、ちょっとできません。早く来てください」
救急隊員「そうですか…分かりましたもう少しで到着できます。」
心肺蘇生法をお願いしましたができないと断られました…。すかさず無線を活用して消防隊に連絡を入れる。
救急隊員「救急隊から消防隊、本件CPA(心肺停止状態)の模様、どうぞ」
消防隊「消防隊了解しました、なおまもなく現場到着」
救急隊「了解!」

 現場到着。私たちが到着し救急車を停車すると消防隊員たちがKさんのお宅に入っていきました。消防隊が30秒先着ってところでしょうか。それに続いて私たち救急隊がKさんのお宅に入っていく。電話に出たKさんの兄が案内に出ていました。この方は50代くらいの初老の男性です。
Kさんの兄「2階です、この上です」
救急隊「分かりました」(うわぁ狭いなぁ…搬送できるかな…)
階段を上がったすぐの部屋にKさんがいるとのことでした。
消防隊員「もしもし?大丈夫ですか?返事できますか?」
部屋から消防隊が観察を開始している声が聞こえる。

傷病者接触。
救急隊長「救急隊到着しました」
消防隊長「私たちも到着したばかりです。まだ観察もしていません。」
救急隊長に続いて救急隊員も部屋に入った。パッと見てこれはやばい!と思った。
救急隊長「オレが観察する、AEDの準備しろ!」
救急隊員「了解!」
恐らくCPAです、私たちは呼吸と脈拍を観察してそれを判断しますが、今までCPA状態の方を何度も何度も見てきています。今まで何人の方の心臓マッサージをしたでしょうか。パっとみて分かります。救急隊員はすぐに除細動(心臓への電気ショック)を打てるようにAEDのパッドの準備をしました。救急隊長が呼吸と脈拍をみている。Kさんは大変狭い居室で仰臥位となっていました。部屋はたいへん散らかっていて消防隊と救急隊が活動できるスペースはとてもありませんでした。3人入ったら手一杯です。
救急隊長「呼吸、脈拍なし、CPA!心臓マッサージを開始しろ!」
救急隊員「了解!消防隊の方、心臓マッサージ支援してください」
心臓マッサージは消防隊員に頼みました。この段階でAEDの準備はできていました。あとはKさんの胸にパッドを貼るだけ。
救急隊員「胸を開けますよ!服を脱がせますからね」
意識のない方でも私たちが扱っているのは人間です、必ず声をかけます。胸にパッドを貼った。
救急隊長「全員傷病者から離れろ!波形記録しろ!」
救急隊員「了解!AEDが解析した波形がディスプレイに現れ記録紙に印字されていく。…この波形は…ん?誰も触ってない?体動なんてある訳ない…?ディスプレイには不規則な曲線が現れていく。
救急隊員「隊長!波形はVF(心室細動)!」
救急隊長「了解!オレがそっちに行く」
この部屋の狭さじゃとてもじゃないですが十分な活動スペースが取れません。救急隊員がAEDを装着し波形は心室細動でした。除細動を打たなくてはいけないのですが隊長がAEDを操作できる位置にいません。救急隊員と救急隊長が位置を変わり隊長がAEDの操作位置に来ました。
救急隊長「除細動を行うぞ!全員離れろ!」
AEDの音声「除細動が必要です、患者から離れてください、充電を開始します」
救急隊員「お兄さん、今、Kさんは心臓がけいれんしているような状態で血液が送り出せない状態になっています。この機械で電気ショックを行うことで正しい動きにできる可能性があります。電気ショックを行ってもよろしいですね?」
Kさんの兄「…え、電気ショック?はい、お任せします」
AEDの音声「除細動を行います、患者から離れてください」
救急隊長「除細動を実施するぞ!」
ドン!Kさんの身体が跳ねた。
救急隊長「○時○○分、除細動1回目」
救急機関員「了解」
とても活動スペースがとれず部屋に入って来れなかった救急機関員が時間を記録する。
救急隊長「波形確認、ん?」
ピ!・・・ピ!・・・ピ!
救急隊長「波形は同調率(正常波形)だな、よし呼吸、脈拍の観察!」
救急隊員「了解!」(すごい!除細動一発で波形が回復した!)
救急隊長と救急隊員で再び呼吸脈拍の観察を実施、ともに感ぜず。ただ1度の除細動で波形は正常波形に戻りました。(この活動いける!)今だ呼吸は戻らない、脈拍も触知できない。それでも除細動が利きました。救命のチャンスが大いにあります。
救急隊長「CPRを実施しろ!それと気道確保の準備、機関員は本部に連絡、三次(救命センター)選定依頼!」
救急隊員、救急機関員「了解!」
救急隊員「Kさんのお兄さん、Kさんはおいくつですか?」
Kさんのお兄さん「え〜っと46だったかな?」
救急隊員「Kさんずいぶんと肌が黄色いですけどお酒を飲まれる方ですか?肝臓とか悪いんじゃないですか?」
Kさんのお兄さん「ええ、肝臓やられてるみたいですよ、こいつアルコール依存症で入退院を繰り返しているんです。」
救急隊員「他に病気はありませんか?」
Kさんのお兄さん「特にないです」
救急隊員とKさんのお兄さんのこのやり取りで救急機関員は本部に連絡を入れる。救急救命士の隊長は医師に器具を用いた気道確保の指示要請を入れる。救急救命士が行う救命士のみが行える特定行為はあくまで医師の指示の下で行うのです。この間、救急隊員は部屋から出て器具を用いた気道確保を実施するため特定行為の準備を、消防隊員には人工呼吸と心臓マッサージを頼みました。こういった緊迫の現場、今や消防隊の協力が欠かせません。とてもこれだけの作業を救急隊員3人では迅速に行えません。
救急隊員「隊長、LM(ラリンゲアルマスク)の準備できました」
部屋の中には救急隊長、CPRを実施している消防隊員2名の3名がいます。
救急機関員「隊長、サブストレッチャーの準備もできました。こっち(廊下)で特定行為しましょう、部屋よりはいくらかスペースが取れる!サブに収容してここで特定行為しましょう!」
救急隊長「了解!そうしよう、消防隊、私が頭部を腰部と足部を抱えて、そのままサブストレッチャーに収容するよ」
消防隊員「了解しました」
廊下に設定したサブストレッチャーにKさんを移しLMを挿入、ここまで実に迅速な活動です。特定行為も迅速に行え狭い階段をどうにか搬送しKさんを玄関にあるメインストレッチャーに収容しました。

 車内収容。
救急隊長「もう一度観察するぞ!脈拍と呼吸の観察、それから波形を記録しろ!」
救急隊員「はい!」
AEDの波形は変わらず正常波形です。呼吸は感じることができない。脈拍は…あれ?総頸動脈で触れている。
救急隊員「隊長、総頸動脈で触知できます。とう骨動脈は・・・触れます」
救急隊長「とう骨動脈で触知できる!?」
救急隊員「できます!」
救急隊長「よし!心マ中断!」
救急機関員「救急隊です。車内収容完了しました。病院選定はいかがですか?」
本部「○病院救命センターに連絡済み、搬送開始してください」
救急機関員「了解しました!搬送を開始しま…」
救急隊長「機関員!本部に伝えて!回復兆候、○時○○分、脈拍回復、呼吸はなし」
救急機関員「え?脈拍触知できるんですか?」
救急隊長「そう!回復した!」
救急機関員「了解!搬送先は○病院救命センター、なお○時○○分、脈拍回復、救急隊は現場出発!」
本部「了解しました!」
この活動いける!Kさんを助けられる可能性は十分にあります。車内収容の段階で脈拍が回復しました。血圧も収縮期血圧が100を超え充実した拍動が戻ってきました。

 病院到着、医師引継ぎ。救命センターに人工呼吸のみを継続しKさんを運び入れた私たち、病院のベッドに移されたKさんには医師たちによる救命処置がほどこされていく。
救命センター医師「うん、脈拍はすごくしっかりしているね」
これまでの経過、除細動までの様子を記録したもの等を医師に申し送り私たちは救命センターから出ました。Kさんのお兄さんが救命センターの前で立ちすくんでいる。
救急隊長「Kさんのお兄さん、今、先生が救命処置をされています。今、先生は手が離せない状態ですが、ひと段落したらお兄さんに詳しいお話をしてくださると思いますからここでお待ちになってください。」
Kさんのお兄さん「そうですか、分かりました。お世話になりました。」
救急隊長「いいえ、私たちはこれで失礼いたします。」
Kさんのお兄さん「そうですか、ありがとうございました。ところでダメなんでしょ?」
救急隊長「え?」
Kさんのお兄さん「心臓が止まっていたんですよね、野郎最後まで面倒かけやがって…。どれだけ言っても酒を止められないやつでね、本当困った野郎だったんですよ。」
救急隊長「…そうですか。詳しいお話はお医者さんがしてくださいますから」
Kさんのお兄さん「そうですね、どうもありがとうございました」
救急隊長「いえ、失礼します…」

 帰署途上。
救急隊員「あのお兄さん脈拍が回復したって車内で説明したんですけどね」
救急隊長「だよな、よく分かってなかったんだろうな。」
救急隊員「心臓が動き出しましたなんて言ったらひっくり返ってたんじゃないですかね」
救急機関員「あの黄疸だもんな、あれアルコール依存症なんてものじゃないぜ、もう肝臓なんてボロボロだよ」
救急隊員「Kさんが助かればうれしいですけど、ひょっとしたらあの家族は困っちゃうのかもしれませんね」
救急隊長「オレたちはやることやるだけだけど、残された家族にとって良いか悪いかは分からないもんな」

 結局この次の日、Kさんは亡くなられたようです。私たちができたのは1日の延命でした。それでもひょっとしたら社会復帰までしたかもしれない可能性は十分に感じられました。…とは言うものの社会復帰してもアルコール依存症で入退院をまた繰り返すようなら家族も困っちゃうのでしょうね。私たち救急隊は傷病者が誰であれ、救命のためにベストを尽くすことだけに集中すればいいのですが、やっぱりできれば救命できた際に涙を流して喜ぶ家族や友人のいる方を助けてあげたいものです。

パラメディック119トップへ