緊迫の救急現場 case4
器具を使った気道の確保?そんなことしないで下さい
救急隊の活動は1分1秒を争う緊迫の現場です。みなさんが思い描くそんな緊迫の現場は実はたまにで、ため息の現場の方が実は多かったりすると言うのもまた事実ですが、本来緊迫の現場でプロらしい救命の仕事をするのが私たち救急隊の使命です。「助けてください!早く病院に連れて行ってください!」どうにかして助けてほしい、緊迫の現場では悲痛な家族の涙、叫びがあります。私たちを頼りにし、どうにかして助けてほしいと心底願っています。私たちもどうにかして助けたい、私たちが持っているすべてを出して救命のために全力を尽くします。助けられず悲しい思いをすることもたくさんありますが、助けられた時には何よりも代えがたい最高のやりがいを感じられます。「オレたちは最高の仕事をしている!」自分の選んだ職業にこれ以上ない誇りを持てます。しかし、そうとも限らない現場と言うのもあるのです。
「救急出場、高齢の女性は呼吸困難」との指令に私たち救急隊は出場しました。
出場途上の救急車内、PHSを活用して通報電話番号に連絡を入れた。
救急隊員「そちらに向かっている救急隊です。患者さんの様子を教えていただけますか?」
娘さん「はい、よろしくお願いします。私の母なんですが、息がとても荒くて…今にも止まりそうなんです」
救急隊員「呼吸困難の状態なんですね?意識はありますか?」
娘さん「意識は…ないみたいです。私が声をかけても返事できません」
救急隊員「呼吸はあるんですね?」
娘さん「さっきまではゼエゼエ苦しそうな呼吸をしていましたが、今は静かになってきました」
救急隊員「呼吸があれば気道の確保って言うのですが、空気の通り道ができるように下あごを持ち上げてほしいもです。もし呼吸がなければ人工呼吸をしていただきたいのですが分かりますか?」
娘さん「気道?人工呼吸?」
救急隊員「呼吸はどうですか?」
娘さん「今、私の主人が付き添っているんですが…呼吸は少しあるみたいです、言われたように窒息しないようにしています」
救急隊員「分かりました、もう少しで到着でします、もう少しがんばってくださいね」
この内容からも充分、緊迫の現場であることが伝わってくる。救急隊長に内容を伝え、この現場は重症傷病者であると判断、消防隊を応援要請しました。
現場到着。傷病者は80代の女性でTさん。電話に出た娘さんのご主人に抱えられて半座位の状態でいました。顔は蒼白、呼吸しているようには見えません。
娘さん「さっきまで呼吸があったんですが、今、呼吸はもうなくなったみたいです…」
救急隊長「AEDの準備!CPRの準備もしろ!」
救急隊長が傷病者観察に入る。救急隊員はAEDの準備、救急機関員はCPR(心肺蘇生法)の準備に入った。
救急隊長「意識レベルJCS300(痛み刺激にもまったく反応を示さない状態)…呼吸、脈拍なし、CPR実施するぞ!」
救急隊員、救急機関員「了解!」
救急機関員がすかさず準備したバックマスクを救急隊長へ渡す、そのまま救急機関員は心臓マッサージ、救急隊員はAEDのパッドの準備を行いました。救急隊員がAEDの準備をしている間にも救急隊長は人工呼吸をしながら家族から傷病者のこれまでの経緯を聞いていました。TさんはD病院にかかりつけて末期がんでした。医師からももう先は長くないと言われていたようです。
救急隊員「ご家族のみなさん、心臓の今の状態を確かめるために心電図をとります、Tさんの胸を開けますからね」
AED装着には衣服を脱がせ胸にパッドを貼る必要があります。1分1秒を争う場面ですが、必ず家族や関係者にこのように一声かけます。特にTさんは女性です、男性以上に気を使わなければなりません。
救急隊員「胸にパッドを貼りますよ…、装着よし!」
救急隊長「よし!心臓マッサージ中断、記録しろ」
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救急隊長「フラット!(心静止)隊員は人工呼吸しろ!」
救急隊員「了解!」
バックマスクで人工呼吸していた救急隊長が自らが行っていた人工呼吸を救急隊員に下命しました。この時の救急隊は救急隊長のみが救急救命士であったためです。救急隊長は隊員に人工呼吸、機関員に心臓マッサージをさせます。このCPRはけっして中断できません。消防隊がいてくれればCPRを任せて救急隊員は他の事を準備できるのですが…。救急隊長は本部に連絡、医師の指示を得るためです。救急救命士が行う特定行為はあくまで医師の指示の下で行います。
救急隊長「先生、80代の女性です、現在CPA状態CPRを実施中、心電図波形はフラット、D病院かかりつけで…」
救急隊長が医師への指示要請を行っている間に救急隊員が家族へのインフォームドコンセント(説明と同意)を行いました。
救急隊員「ご家族の方、落ち着いて聞いてくださいね。Tさんは今、呼吸も脈拍も感じられない状態となっております。私たちが今心肺蘇生法を実施しています。これからTさんを救急車までお連れして病院に搬送する際により確実に人工呼吸をする必要があります。Tさんの喉の奥にチューブを入れてより確実な人工呼吸を実施したいのですがよろしいですね?」
娘さん「喉にチューブ?」
救急隊員「はい、救急救命士が行う器具を使った気道の確保と言います。より効率の良い人工呼吸を行うために実施します。お医者さんの指示の下に救命士が行う行為です。実施してよろしいですね?」
娘さん「器具を使った気道の確保…!?いいです!そんなことしないで下さい!」
救急隊員「え!…。しない方がいいですか?」
娘さん「もういいです。もう充分です…。もう楽にしてあげて下さい…。」
救急隊長「ちょ…ちょっと待ってください先生…」
救急隊員「娘さん、喉にチューブを入れたいのですが、実施してほしくありませんか?」
娘さん「…けっこうです。そんなことしないでください」
救急隊長「先生、ご家族が特定行為を希望されないとのことです。救急隊は搬送を開始します。」
救急隊員「ご家族のみなさん、喉にチューブを入れるのは希望されないとのことですので止めますが、心臓マッサージと人工呼吸は実施させてもらいますからね。心肺蘇生法を実施しながら病院に搬送します。よろしいですね?」
娘さん「心肺蘇生法ですか…」
病院到着後に聞いた話によればこのTさん、もう先は長くないと言われるずっと前から身体は不自由になってきていたようです。同居していた家族は介護をし、こんな日が来ることを覚悟していたようです。できればこのまま何もしないでかかりつけの医師の所に運んでほしい。そんな雰囲気がありました。が、私たち救急隊は心肺蘇生法は実施させてほしいと伝えました。
救急隊「心臓マッサージと人工呼吸を継続して病院に搬送しますからね、よろしいですね?」
娘さん「…分かりました」
救急隊が搬送準備を終えた頃には消防隊も到着、消防隊の支援を受けてTさんを車内収容、家族の希望の通りかかりつけの医師の下へと搬送しました。
病院到着。診察台の上に心臓マッサージと人工呼吸を継続しながらTさんを移した。
医師「救急隊、いいよ、ひとまずCPRを中断して」
救急隊「はい」
医師が心電図や瞳孔の観察を行った。
医師「心電図も救急隊が着いたときからフラットだよね?」
救急隊長「そうです」
医師「もうね、いつ亡くなってもおかしくない状態だったんですよ。家族には私の方から説明してありました。」
救急隊長「そのようですね、娘さんから伺いました」
医師「ご家族をこちらにお連れしてください。これから(死亡)確認をしますから」
救急隊員「分かりました、先生、みなさんをこちらにお連れしてかわまないですか」
医師「ええ、今、こちらにいらっしゃる方みなさんをお連れしてください」
救急隊員が診察室の外で待っている家族を呼びにいった。
医師は病院に到着してすぐに死亡と判断しました。診察室に家族が集められた。
医師「Tさんのご家族の方々、以前からお話していた通りです。○時○○分、お亡くなりになりました。」
医師が深々と頭を下げた。私たち救急隊も脱帽し頭を下げた。家族もみんな深々と頭を下げた。
娘さん「先生ありがとうございました。母もここまで良くがんばりました。救急隊の方もありがとうございました。」
他の家族の男性「お迎えが来たんだよ。もう充分がんばりました。」
医師による死亡確認でこの活動は終了しました。「心肺停止 死亡」
さて、私たち救急隊の使命は救命のために全力を尽くすことですが、このように救急隊ができる処置を家族が拒否する場合というのも意外とあるのです。特に今回のTさんのように高齢の傷病者を扱う際には家族が救命のための処置を拒むケースと言うのがあります。もう80歳を超えています。お迎えが来たのだからこのまま安らかにさせてあげてほしい。分からないでもないのですが、119番で呼ばれた以上、私たちの使命は救命です。私たちは使命とまた家族の意思の狭間での葛藤があります。今回のケース、私たちは家族の希望を尊重しつつ、かつ救急隊として最低限やるべきことはさせてもらわないと困ると家族に伝えました。家族の希望である器具を使った気道の確保は行わず、家族からしてみればひょっとしたらやってくれないでもかまわなかった心肺蘇生法は実施し搬送しました。救急隊長によっては家族の希望を尊重し、ただ希望の病院に搬送するだけという選択をした者もいたでしょう。また中には、家族を説得し、できる限りすべての手技を駆使して救命のために最善を尽くす救急隊長もいることと思います。どちらも間違っているとは思えません。私たちがなぜこのような選択をしたか。失敗や反省は次の活動の最高の教材となります。
私たちの隊ではありませんが、似たような事例で家族との間にトラブルとなった事案がありました。まさにこのような事案でした。もう先がないという患者さんを扱い、その患者さんを介護してきた息子さん夫婦が一切の救命処置を拒否した事案です。その隊では家族の希望の通り一切の救命処置を行わず、かかりつけの医師の下に搬送。この夫婦からは大変感謝され別に問題のない活動かと思われました。数日後、消防署にこの患者さんの娘さんから連絡があったそうなのです。息子さんの妹さんに当たる方です。「なんで救急隊は何もしてくれなかったんだ!いくら兄が何もしなくて良いと言っても救命のために全力を尽くすのが救急隊じゃないのか、救急隊が救命処置をしてくれていたのなら、ひょっとしたら私は死に目に会えたかもしれない。」との内容です。身体の不自由になってきた高齢者と共に生活してきた家族、患者さん自身も苦しい思いをしてきただろうし、同居してきた家族だって苦しい思い大変な思いをしてきたのでしょう。「もう充分です、ここまでよくがんばりました」ところが、お嫁に行って一緒に生活していない家族もいるのです。「救急車が何もしてくれなかったから、私が駆けつける時間がなくなった」事案は10件あれば10件違いますが、家族の考え、事情も10人いれば10人違うのです。こんな事案の話を聞いていた私たちの隊は、家族の意見も尊重しつつ、救急隊がやるべき最低限のことは家族を説得し実施しようといつだったか話をしていたのです。こういう時、普段からのコミュニケーションが実に重要です。
医療が高度化しこれまで生きられなかった方が延命できるようになりました。尊厳死、自己決定権、人権、倫理、救急隊の現場には様々なものがつきまといます。1分1秒を争う現場でこのような背景にまで気を配らなければなりません。こういった事案にぶつかるとき、自分たちがけっして間違ったことをしたとは思いませんが、もっと最善はなかったのか?もっとよりよい手段はなかったかといつもベストは見つかりません。私たちの使命は救命のために全力を尽くすこと、〜すべては救命のために〜なのだろうか?そんなことを思うときも救急現場にはあるのです。
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