救急救命士の現場 パラメディック119〜すべては救命のために〜
パラメディック119緊迫の救急現場飛び降り自殺…顔が半分潰れてますけど…。 Up Data 2006.11.4

緊迫の救急現場 case5

飛び降り自殺…顔が半分つぶれてますけど…。

 私たち救急隊の出場現場は様々です。生きるために救急車を必要とする人、タクシー代わりに使う人、さらには自らの命を絶とうと思う人…。今回のお話は飛び降り自殺の現場です。凄惨な現場でした。

 救急隊の過酷な勤務体制はいつもお話している通りです。この激務をどうにかしようと私の勤務している消防署では救急隊員のローテーション常務と言うのを実施しています。この日の私は出場の割と少ない消防出張所に補欠に出されそこで消防隊員をやっていました。いつもの救急隊員なら8時30分に勤務を開始して日付が変わる0時を回るまでに下手すれば10件の出場をこなしています。こんな時はもちろん休憩も食事もろくに摂っていません。この日はローテーションで私の代わりに救急予備隊員が補欠に来て、私はその代わりにこの消防出張所の消防隊員をやっている訳です。0時を回って出場は1件、しかも火災や救助活動などではなく、救急隊の支援をするためでした。救急隊に比べると本当平和だよなぁ。0時頃仮眠室に入りました。

 「救急隊、消防隊出場、○丁○マンション、男性は飛び降りたとの通報」との指令にこの消防出張所の救急隊と消防隊がペアで出場しました。朝の5時を回ったくらい、辺りはまだ薄暗かったです。

 出場途上。ウ〜ウ〜!消防車のサイレンはいつもの救急車のサイレンとは違います。先行する消防車、すぐ後ろに救急車が追走しています。消防隊長の無線機が鳴った。
救急隊「救急隊から消防隊長」
消防隊長「消防隊長です、どうぞ」
救急隊「通報者情報、本件男性は階層は不明なるも飛び降りたとの事、現在ピクリとも動かない、CPA(心肺停止状態)のようです、どうぞ」
消防隊長「了解しました」
消防隊長「みんな聞こえたよな?」
消防隊員「聞こえました。大丈夫ですよ、救急隊の支援しますから」
消防隊長「よろしくな!やっぱこういう時救急隊員が乗っててくれると本当助かるよ」
消防隊長も火災現場は私のような者よりもずっとずっと経験し肝も据わっていますが、救急現場、しかも飛び降り自殺の現場となると怖かったようです。
消防車機関員「この入り口を入るとマンションの駐車場のはずです。消防車じゃ入れないからその先に停めますから」
消防隊長「了解、救急隊に先入ってもらおう」
消防隊はマンションの入り口を通り過ぎてその先で停車、救急隊はマンションの入り口からそのまま進入することとなりました。消防車を飛び降りて消防隊長と消防隊員が2名現場に向かって走った。救急車は傷病者のすぐそばに停車してまさに今から観察するというところでした。

 傷病者接触。傷病者は40歳ぐらいの男性でしょうか、うつ伏せでアスファルトの上に倒れていました。
救急隊長「もしもし?大丈夫ですか?もしもし?」
救急隊員「何階からだ?どこから落ちた?」
救急隊長「仰臥位にするぞ、消防隊も支援してくれ!」
消防隊員「了解!」
救急隊長「ログロールして仰臥位に体位変換、行くぞ!1,2,3…」
傷病者は仰臥位に…顔が半分潰れており、頭部から血がだらぁ〜と流れ出した。
救急隊長「呼吸と脈拍の観察をするぞ」
救急隊長と救急隊員が呼吸と脈拍の有無を確認している。救急機関員が救急車から全身固定資機材を出している。
救急機関員「どう?CPAだろ?」
消防隊員「今、隊長が観察してます。顔が半分潰れてますよ、何階から落ちたのか分からないですけど明らかに高エネルギー外傷です。」
救急隊長「CPA!CPRを実施しろ、心臓マッサージは消防隊やってくれ、ロードアンドゴー!病院は3次」
ロードアンドゴーとは簡単に言うと救命に関わる処置のみを行って1秒でも早く病院に搬送することを言います。ここでの救命に関わる処置とは心肺蘇生法の実施と止血処置、あとは全身固定処置です。この時はスクープストレッチャーと言う全身固定資機材に傷病者を固定し搬送することとしました。消防隊員は1名が心臓マッサージ、救急資格者である私が全身固定を支援することになりました。救急隊長は頭部が動揺しないよう確保しつつ人工呼吸を実施しています。
救急隊長「救急隊員と消防隊員で全身観察して、器具(器具を使った気道確保)は使えないよな…これじゃ…。」
本来、救急隊長が消防隊員に傷病者観察と言う核の仕事を下命するなんてことはあり得ませんが、この時の消防隊員は救急隊員をしている私です。救急隊長からしてみれば救急隊員が2名いるようなものです。救急出場が増えている今、救急資格者の育成にも力を入れているので消防隊にも救急資格を有している隊員が増えてきました。消防隊との連携で救急資格者を有する隊員がいると本当に活動が違います。
救急隊員「両腕ともに変形があります。胸部も…うわ…、ぐちゃぐちゃですよ、肋骨が何本も折れてます」
消防隊員「下腿もです、両方とも変形あり、骨盤にも動揺あります」
全身固定を実施しながらの観察、この傷病者、腹臥位、うつ伏せでアスファルトに叩きつけられていました。頭部は半分潰れ、四肢はすべて変形、胸部、腹部にも相当の衝撃が加わっていました。まだ薄暗い早朝でしたが活動している間にも騒ぎを聞きつけマンションの住民が野次馬となり私たちの周りに数人、マンションからも数人のぞいています。そのうちのひとりが必死で活動している私たちのすぐそばまでやってきました。
野次馬のおじさん「うわぁ…こりゃひでえや、顔が潰れちゃってるじゃない、うわぁ〜!ねえ、死んでるんでしょ?」
救急隊員「すみません、これから車内収容しますからもう少し離れてください」
野次馬のおじさん「はいはい、それはごめんなさい、うわぁ〜すげえや」
消防隊員(あなたにいちいち説明して何のメリットがあるんだよ!バカ!本当〜に邪魔!)

 全身固定を終えて車内収容。救急隊長が人工呼吸、救急隊員が心臓マッサージをしています。消防隊員が救急車のリアのドアを閉める。
救急隊長「ありがとう!助かったよ」
消防隊員「いえ、ドア閉めますよ」

 救急隊現場出発。救急隊が高度救命処置のできる病院へと飛び出していきました。消防隊はアスファルトにべったりとついた血液をぬぐい、通報者から話を聞き、警察官への申し送りなどの後始末をします。消防隊長が後から来た警察官と話しをしています。消防隊員はあとは帰るだけ、さっきのおじさんがまた話しかけてきました。
野次馬のおじさん「こんな朝っぱらから死ななくてもいいのにね、サイレンで目が覚めちゃったよ」
消防隊員「…そうですか、緊急事態ですので私たちもサイレン鳴らさないで来るわけにはいきませんから」
野次馬のおじさん「いやぁ大変だね、自殺でしょ?死んでたんでしょ?」
消防隊員「さあ?どうなんでしょうね…」
ああ、なんてわずらわしいのでしょうか…。このおじさんは興味深そうにまわりをウロウロしていましたが、さっきまでいた野次馬もいなくなり、マンションからのぞいていた人もすっかりいなくなりました。自分の住むマンションから人が飛び降りてこれだけ騒ぎになったのにもう辺りは静けさを取り戻し何事もなかったかのようです。ただアスファルトにはぬぐっても取れない血痕がべったりと残っていました。都会というのはそういう所なのです。

 消防出張所に帰り、朝食の支度をしていると救急隊が帰ってきました。
消防隊員「お疲れ様でした」
救急隊長「お疲れ様!さっきはありがとうな、助かったよ〜」
消防隊員「いえいえ、死亡確認ですよね?」
救急隊長「そう、全身にどれだけ骨折があるのか分からないってさ、胸と腹は血の海だって、すぐに死亡確認だよ」
消防隊員「あの人何回から飛び降りたんでしょうね?」
救急隊長「さあね?ただあのマンション14階建てだろ、あの様子じゃ4,5階ってことはないよな」
私たちが駆けつけたとき、野次馬のおじさんにも分かるくらいの状態でした。即死状態と言っていいでしょう。こんな風に人が死んでもいちいち騒いでいられないのが都会です。あの人は何を思い何であのマンションから飛び降りたのか?はたまたそれは自殺だったのか?何で死んだのか?消防官って仕事は救急隊はもちろん消防隊もこんな非日常が日常にある仕事なのです。

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