救急救命士の現場 パラメディック119〜すべては救命のために〜
パラメディック119緊迫の救急現場病院までもたないぞ… Up Data 2006.12.10

緊迫の救急現場 case6

病院までもたないぞ…

 救急隊の出場先は怪我人や急病人の時だけではありません。消防隊が出場していく火災現場、交通事故や電車事故などでの救助現場、そういった現場には当然怪我人が発生している可能性が高く、救急隊も出場します。同じ消防署から出場する仲間ですが、それぞれ主眼とする役目があります。当然、怪我人、急病人の対応、処置は私たち救急隊が、火災はやっぱり放水を担当する消防隊が、救助は様々な救助資機材を扱う救助隊がメインとなり活動することが多いです。ただ目的はどの隊にいようが同じ、すべては傷病者のために、すべては要救助者のために、どの役職についていようと、どの隊にいようと私たち消防官の役目は住民の生命を、安全を守ることです。災害現場ではみんなが一丸となり同じ目的のためにまい進する、それがオレたち消防官だ!って…いつもそうならならいいのですが。

 「救助活動、高速道路上り車線○料金所付近、トラック同士の交通事故、なお脱出不能がいる模様」との指令に私たち救急隊、同じ消防署の消防隊が,、さらに近隣消防署の消防隊が2隊、救助隊、その他数隊が出場しました。これだけの隊が出場する現場です。119番通報時点でかなり大きな交通事故であることが予想されると言うことです。私たち救急隊の前には同時出場した消防隊が緊急走行します。消防車と救急車がペアで出場していく。あの幹線道路を右に曲がれば高速道路の入り口だ。幹線道路に出ると彼方に赤色灯が見えた。近隣消防署の消防隊がやはりペアでこちらに向かってきています。うちの方が少し早い。幹線道路に入り高速道路入り口に入ろうとすると対向車線から高速入り口に入っていく救助隊が見えた。さすが救助隊!早い!最先着隊は救助隊、それに遅れること約1分、さらにそれから遅れること約1分、消防隊が2隊と大差ない時間でこれだけの隊が現場に集結しました。

 現場到着。現場は大型トラックと中型トラック(4tくらいのトラックです)との交通事故、料金所手前で減速した大型トラックに中型トラックが突っ込んだ模様でした。中型トラック前方部は激しく変形していました。救助隊長が激しく変形したトラックにしがみついて何か叫んでいました。
救急隊長「あのトラックに傷病者がいるぞ、オレと隊員で現場確認、機関員は他に怪我人がいないか確認しろ!」
隊長の下命の通り救急隊員は救急隊長と共に最低限の資機材を傾向して傷病者がいるであろう中型トラックの下へ、救急機関員は他に怪我人がいないのか確認に向かいました。私たちより1分ほどしか先着していない救助隊ですが、すでに救助隊長の下命のもとに、隊員たちが迅速な仕事振りで救助資機材を準備していました。中型トラックの近くまで行くとトラック前方部がほぼつぶれており運転席に40代くらいであろう男性がつぶれたハンドルとダッシュボードに挟まれ脱出不能の状態となっていました。腹部には変形したハンドルがめり込んでいました。
救急隊長「救助隊長、要救助者はひとりか!?」
救助隊長「要救助者は1名!」
救急隊長「観察できるか?意識は?」
救助隊長「今から救出する!今準備中だ離れろ!脱出は不能!」
救急隊長「観察は?隙間から観察はできないか?」
救助隊長「今から車両を切って救出する、救急隊は離れろ!」
救急隊長「自発呼吸はあるのか!?救助と平行してできる処置からだ!自発呼吸があるなら隙間からでも酸素投与できるだろ!」
救助隊長と救急隊長が現場で激しくぶつかっています。救助隊長は一刻も早く要救助者の救出を、救急隊長は少し隙間でも傷病者にできる処置を、共に傷病者のためにと思ってのことですが、同じ消防官でも救助と救急、役目の違いから生じている衝突です。ただ現場でぶつかる両隊長、お互いがお互いのすべきことを総合して判断し、傷病者にとって何がベストであるかを判断しないといけません。この時は救助隊長が一歩引く形となりました。
救助隊長「了解!少し待て…。詳細な観察ができるスペースはない、自発呼吸はあるみたいだ」
救急隊長「傷病者の口元に酸素マスクを当ててくれ!頸部固定処置はできるか?」
救助隊長「了解!酸素マスクをこっちへ」
救急隊員「分かりました。今、準備中です、少し待ってください」
救急隊長「急げ!高エネルギー外傷だぞ!」
救急隊員「はい!…救助隊長、酸素マスクです、お願いします!」
救助隊長「了解、ただ頸部固定(ネックカラーによる固定)は無理だ、スペースがない」
救急隊員「分かりました、呼びかけても反応もないですね」
救助隊長「反応なし!」
救急隊長「了解しました。救急隊は(救助活動の現場)後方で待機します。救出後そのままメインストレッチャーへ収容します」
救助隊長「了解しました。」
救急隊長「ここで待機しよう、救出できるまで救急隊にできることはもうないよ、本部に連絡を入れてくれ」
救急隊員「了解しました」
救急機関員が戻ってきました。
救急機関員「隊長!傷病者は1名、大型トラックの運転手さんは怪我ないって」

 救出作業中。救急隊長の下命から救急隊員は本部へ状況を連絡、この現場は高エネルギー外傷、緊急性も重傷度も高いことから3次救命救急センターへ搬送する旨等を連絡しました。
救助隊長「救急隊長!もう少しで救出でるぞ!全身固定資機材を!」
救急隊長「了解!こっちから差し込めばいいか?」
救助隊長「そう!そっちから差し込んでくれ!」
救急隊の資機材には傷病者の全身を一本の丸太のように固定できる資機材があります。交通事故のような外傷現場では頸髄、背骨の損傷の可能性が疑われます。背骨が損傷された場合、救命できても半身不随になったり首から下が動かなくなったりと社会復帰が難しい状態となってしまうことがあります。私たちの使命はとにかく救命すればいいという訳ではありません、正確には救命はもちろん、傷病者が元通りの生活に戻ること、後遺症なく社会復帰することです。この日、現場で連携した救助隊長は救出の際、最も傷病者を動かさなければならない場所で、救急隊の資機材を活用して傷病者にとって最も動揺を与えないで済むように大変気を使っていました。救出と同時に救急隊、救助隊によって全身固定処置を行いつつメインストレッチャーに収容しました。
救急隊長「急げ!詳細観察は車内収容してから行うぞ!」
救急隊員「了解!」

 車内収容。傷病者は推定40歳の男性、相当のスピードのまま大型トラックに追突したと思われます。外観からは変形や出血はありませんでした。意識はJCS100不穏状態でした。呼吸、脈拍はやや速く、血圧は正常値でした。
救急隊長「変形、出血ないな?」
救急隊員「ないです、ただあの挟まれ方ですから胸部と腹部が…」
救急隊長「そうだな多分、胸部への衝撃、腹腔内に大分出血がありそうだよな」
隊長と隊員が救急車内で傷病者への観察、処置をしている間、救急車のリアドアが開いていました。この時には消防指揮隊が到着しており現場を統括していました。
消防指揮隊員「救急隊、要救助者の年齢は?意識は?怪我の部位は?状況は?」
救急隊員(ああ…うるせえな!ロードアンドゴーの現場だよ、そんなの後回しだ)
消防指揮隊員「要救助者の年齢、名前等分からない?」
救急隊長「そんなの後だ!保温の必要な傷病者だぞ!そこを閉めろ!」
消防指揮隊員「…はい、了解」
救急隊員(さすが隊長!)
救急隊長「…救急車のサイドドアからにして」
救急隊員(まあ、仲間と喧嘩しても仕方ないものね)
消防指揮隊員が救急車のリアドアを閉めた。
情報を取りたい消防指揮隊員とさらに警察官が割り込んできました。
消防指揮隊員「要救助者の年齢分かりませんか?」
警察官「運転手さんの名前分かりませんか?」
救急隊員(うるせえな!それどころじゃないんだよ!)
救急機関員「隊長!搬送先は○病院救命センター!容態変化ありませんね?出発します!」
救急隊長「了解!行こうっ!指揮隊には病着後に連絡入れる、おまわりさんはどうする?一刻も早く搬送しないといけません、情報なんてここで取ってられないよ、同乗する?」
警察官「分かりました、警官1名同乗します」
消防指揮隊「○病院ですね、ひと段落したら連絡してください!」

 現場出発。警察官を1名同乗させて救急車は現場出発しました。そのまま高速道路を少し走行して救命センターに向かう。
傷病者「はぁはぁはぁはぁ…」
浅く早い呼吸がますます浅く速くなった。とう骨動脈で充実していた拍動も取りずらくなってきた、マメに血圧測定をしましたが時間と共に明らかに血圧が低下している…。ついさっきまで充実していたのに…。心電図の波形もどんどん頻脈、早くなっていく。
救急隊長「やっぱり出血性ショックだな…、病院までもたないぞ…」
救急隊員「CPRの準備はできています」
病院到着まであと5分と言うところでしょうか。
傷病者「は〜あ…はぁ〜あ…」
深い大呼吸になったと思ったらすぐに呼吸が止まりました。本当に劇的に容態が変化しました。
救急隊長「○時○○分、呼吸停止!人工呼吸開始!」
救急隊員「…隊長、脈拍も触れません!」
救急隊長「心臓マッサージもだ開始しろ!CPRだ!」
救急隊員「了解!」
救急機関員「容態変化!?停車しますか?」
救急隊長「いい!このまま行け!」
救急機関員「CPR!?停車しなくて大丈夫ですか?」
救急隊長「病院までもう少しだろ!?このまま行け!」
搬送途上、傷病者の男性は心肺停止となりました。呼吸も脈拍もほぼ同時に止まりました。もう本当すぐで病院です。救急隊長は救急救命士が行える器具を使った気道の確保や静脈路の確保(点滴のこと)を行わずこのまま搬送することが傷病者にとってよりよい処置だと判断しました。

 現場ですぐにそういった処置をすればよかったのではないのか?それはできません。いくら状態が悪く大変危険だと判断できる傷病者の方でも、呼吸も脈拍もある方に救急救命士が救急救命士こそが行える処置をすることはできません。救急救命士が医師の指示の下で行える処置は心肺停止患者や呼吸停止、心停止の傷病者のみに限られているからです。現行の法律ではそれが縛りです。交通外傷で胸部、腹部に激しい衝撃を受けた傷病者、恐らく腹腔内に大量の出血があるため出血性ショックに陥っての心肺停止です。もしここに医師がいたのなら、病院まで呼吸を停めないように、心臓を止めないようにと失われた血液、体液を少しでも補うために大量の輸液を行うのでしょう、さらにはよりよい喚起のために器具を用いて気道確保を実施するのでしょうか。ここには救急車には輸液を行うことができる器具も、気道確保を実施できる器具も、それが技術的に行える救急救命士もいます。ただ呼吸も脈拍もあるからできません、それを許す法律がないからです。より傷病者によい方法は知っている、そしてその手技も器具も人間もここにはいる、でもできない…。マンガじゃないんです。私たちは地方公務員、法に従わないといけません。消防士として、救急隊員として救命こそが最大の目的です。でもできない…。救命したい、でも法を犯すことはできない。私たちは法に従います。

 病院到着。
救急隊長「先生!容態変化がありました、CPAです。容態変化は○時○○分」
医師「CPA!分かった急いで!」
救命センターに到着、心肺停止に陥って3分はかかっていませんでした。医師たちによる救命処置がほどこされていく。それでも私たちが引き上げる頃には死亡が確認されました。「交通外傷 死亡」

 帰署途上。
救急隊員「やはり外傷は怖いですね、あっという間に容態が変わる…」
救急隊長「本当だよな…。先生の話じゃやっぱり腹腔内に大量の出血があったみたいだな」
救急隊員「やっぱり出血性のショックだったんでしょうね」
救急隊長「まあ間違いないだろうね」
救急隊員「心臓が動いているうちに静脈路確保でもできればいくらか違うんでしょうけどね…。今みたいな傷病者にこそ必要な処置ですよね」
救急隊長「そうだな…、今の傷病者の場合はどちらにしても救命は難しかっただろうけどな…」
救急機関員「隊長、現場でずいぶん救助隊長とぶつかってたみたいだね」
救急隊長「もめてた訳じゃないって、あの救助隊長はデキるよな、救助しながら全身固定まで考えていたもの、JPTECか外傷学かなんかの知識持っているんじゃないかな」
救急隊員「救助隊員にも外傷なんてすごく必要な知識ですもんね」
救急隊長「ずいぶん時代が変わったんだよ、昔の救助隊じゃあんな連携はできなかったよ」
救急機関員「救助隊の中にも救急資格者が増えてきたからね」
救急隊員「救急隊もお互い様ですけど、やっぱり自分の仕事に集中しすぎてなかなか全体を見渡せないものですね、救助隊は救助だ救助だ!って言っているし、救急隊は処置だ処置だ!指揮隊や警察は傷病者の名前だ年齢だ!って…」
救急機関員「…本当、いつまで経っても課題だよな」

 どの隊に乗っていようと私たちは消防官、どの役目を持っていようとすべては救命のために、そこにいる要救助者のためにを常に意識し活動すべきです。さらに言えば私たちとは違う職業である警察官だって同じ事、何より優先すべきは人命です。こんな当たり前のことがなかなか上手くいかないものなのです。今回のこのお話、前ふりって訳ではないのですが、続けて読んでいただければいいかなと思うお話が用意してあります。「消防の伝統は誰のために」というお話です。近いうち更新しますのでどうぞそちらも読んでみて下さいね。

 この記事へのご意見・ご感想、追加、修正などなどをお寄せください。パラメディック119ブログ版・救急救命士の待機室にコメントを残すことができます。

パラメディック119トップへ