緊迫の救急現場 case10
どうする!?隊長の指示は?
高齢化社会に伴い、私たち救急隊の活動もたいへん高齢者に当たることが増えてきています。お年寄りを扱う際に注意すべき点はいろいろありますが、若い方を扱う場合と大きく違うのはだいたい現病、既往症をお持ちだと言うことです。人間年をとれば病気のひとつやふたつと付き合って生きているものです。この時の70代の男性の方も慢性的に数十年病気と付き合っている方でした。私たちが駆けつけた時、まさに私のような若輩者の救急隊員でもはっきりと分かるまさにテキスト通りの症状がいくつも出ていました。救急救命士を目指している方には参考になる事例です。
また現在の救急出場件数増大に対して、私の消防署では救急資格者によるローテーション常務が盛んに行われ始めています。消防隊などの他の隊の救急資格持ち隊員がローテーションで救急車に乗務しています。その際には救急隊員である私も消防隊員をやったりと他の隊に乗務します。圧倒的に出場件数、超過勤務の多い救急隊の業務をみんなで回してひとりひとりの負担を平準化しようという意図があります。が、この試みで生じる問題点のひとつに隊としてのチームワークが育てににくくなってきたことがあります。正規のメンバーが3人そろうことが月に3回しかないなんて隊もあります。ろくにいっしょに活動したことのない隊長と出場することもたびたびです。消防隊でも救急隊でも隊長のやり方、個性があるものです。上手く呼吸を合わせることが隊活動ではとても大切です。この活動ではローテーションによって慣れない隊長と組んだ訳ではないのですが、チームワークがはかれていない隊での活動にいろいろ葛藤がありました。それでも上手くやるのがプロの仕事なのですが、それは簡単な事ではなく…。
この日、私は一当番を終えて朝の交代の準備をしていました。さあ救急車からヘルメットなんかを降ろして今日の救急隊員に申し送りをしよう。やっと24時間勤務から開放される~…あれ?今日の救急隊員は?
今日の救急隊長「悪いね~、救急隊員がいないんだ、1時間くらいで来られるらしいから残ってよ」
救急隊員「え"…」
今日の救急隊長「隊長、悪いけど隊員借りるからね」
私の救急隊長「了解!どうぞどうぞ!」
救急隊員(自分はあがれるからって軽いよなぁ~うちの隊長…)
交代するはずだった救急隊員が家の急用で1時間ほど遅れて出勤するとのことでした。24時間勤務をしてさらに救急隊員を続けなくちゃいけないのは辛いですが、それはお互い様、こんな時もあります、仕方がないですね。でも遅れてくると言っても1時間、上手くすれば出場もかからずに…
「ビ~ビ~ビ~!」
出場ベルが鳴り響く…。甘いか…。交代もしっかりできていないタイミングで出場がかかりました。
「救急隊、消防隊出場!○町Wさん方、高齢男性は呼吸困難の模様」しかも救急隊と消防隊とのペアでの出場です。通報段階で消防隊の支援があった方がいいであろうと予想される事案です。重症の可能性が高い。
救急隊長「出場かかっちゃったね、悪いけど頼むよ!」
救急隊員「了解です、よろしくお願いします!」
消防署を救急車と消防車がペアで出場します。出場途上通報電話番号に連絡するも連絡はとれず…。情報は得られない、ならば最悪の状態を考えて資機材を準備しよう。
救急隊員「隊長、情報は取れませんでした。CPAまで考えて資機材はこれとこれと…を持って行きますよ」
救急隊長「了解!そうしてくれ」
普段ならいちいちこんなことまで救急隊長に報告しません。いつも組んでいる救急隊長なら、そこは信頼してもらっているし、隊長のやり方も心得ています。しかし今は明け晩、普段いっしょに乗ることのない隊長です。救急隊はたった3名で活動します、救急隊長のやり方、個性が強くでる隊です。自らが前に出るタイプの隊長、隊員を前に出させて自分は一歩引いて全体を見渡すタイプなどなど、隊長によってやり方は千差万別なのです。どちらのやり方も正しいのです。もちろん活動基準の範囲内でですが、救急隊長にはそれだけの裁量があると言うことです。救急隊員の勤めは救急隊長の右腕となり隊長の活動を支えることです。私は明け番に臨時で残された即席救急隊員です。
救急隊員(困ったな…、この隊長のやり方が分からないや…)
現場到着。Wさんのお宅の前に案内がありました。
救急隊長「患者さんはどちらですか?」
家族「こっちです、2階にいます!早く!お願いします」
救急隊長「案内してください!」
救急隊員「隊長と機関員と先に向かいます!消防隊は搬送用資機材をお願いしていいですか」
消防隊長「了解!先に行って!」
救急資機材を携行して救急隊3名が先に傷病者の下へ向かいます。Wさんのお宅は一軒家で2階建てのお宅でした。家の中はお世辞にも片付いているとは言い難く、ただでさえ狭い階段にさらにダンボールなどの荷物が置いてあり人がひとり通るスペースがやっとあるくらい…
救急隊員(狭いな…これじゃ傷病者を運び出せない)
傷病者接触。傷病者は70代の男性でWさん、部屋に坐位、胸を押さえて苦しそうに座り込んでいました。浅くとても早い呼吸、顔面は蒼白。開眼していますがとても話ができる状態ではありません。
救急隊長「どうされました?分かりますか?」
救急隊員(起坐呼吸、喘息か…?違う心不全だ!)
私のような若輩者でもパっと見て分かるくらい典型的な症状でした。救急隊長は傷病者に呼びかけている。どうする!?隊長の指示は?いつも組んでいる隊長ならどうしてほしいか分かる。この隊長はまずどうしてほしい?傷病者は恐らく心不全、しかも重症、この活動は緊急を要する活動だ…ならば遠慮することなんてない、隊長の下命を待つのは止めよう!まずは…
救急隊長「意識レベルは3!酸素…」
救急隊員「隊長、高濃度でいきますからね!」
救急隊長「了解!そうしてくれ」
救急隊長「機関員!重症!救命センターに搬送するぞ!」
救急機関員「了解!連絡します」
救急隊員「消防隊長、Wさんの背中に消防隊員を一名つけてもらえますか?坐位をを保ちたいです、支えてもらえますか?」
消防隊長「了解!」
新人の消防隊員が1名、Wさんの背中を支えました。続いて救急隊員はWさんの胸に心電図パッドを装着する。胸にパッドをつけている際に呼吸も観察しました。聴診器など使わなくても分かるくらいピーピーと狭窄音がしており呼気が延長していました。
救急隊員「隊長、呼気の延長あり!呼吸音もラ音です!」
救急隊長「了解!消防隊長、サブストレッチャーで搬送する。極力坐位で搬送したいから廊下と階段を片付けてもらえる」
消防隊長「了解!心臓(心不全)の疑いだろ?」
救急隊長「そう!」
この消防隊長はかなりベテランの方なのですが、かつて救急隊長も勤めたことのある救急知識、経験の豊富な方です。消防隊との連携でキレる隊長がいると本当に助かるのですが、この消防隊長はさらに別格でした。傷病者の状態を見て私たち救急隊が何を意図しているかまで把握して消防隊員に下命していました。後から聞いたのですが消防隊員たちはまったく把握できていなかったと言います。どの隊でも隊長が適切な判断と下命ができるかどうかが鍵を握っているのです。…心電図の準備ができた。
救急隊員「Wさん、心電図をとりますから動かないで下さいね」
…心電図波形が記録される。
救急隊員「隊長、これって…STが下がっていますよね?」
救急隊長「家族の方!Wさんは心臓のご病気お持ちですか?」
家族「ええ、心臓が悪いです」
救急隊長「心臓はなんて言われている?どこの病院で診てもらっていますか?あと大分ぜえぜえ言っているけど喘息なんてありませんか?」
家族「えっと…なんだっけな…?えっと…」
救急隊長「分からないですか?狭心症じゃない?」
家族「…分かりません、心臓は悪いはずです、喘息はありません」
救急隊長が家族から既往、現病などを聴取している。ならば救急隊員は他のバイタル測定をしないと。次は血圧測定、その前に心不全なら…首部と下腿は…やっぱり!間違いない、心臓喘息だ。
救急機関員「隊長!バイタルは?」
救急隊員「重症の心不全疑いでOK!頸静脈の怒張、下腿にも著明な浮腫があります。呼吸は36、脈拍も相当速い!サチュレーションは高濃度酸素投与で…80%代です。血圧は測定中!とう骨動脈では充実してる!」
救急機関員「了解!」
Wさんをサブストレッチャーに収容して搬送を開始、消防隊が片付けてくれたおかげでどうにかサブストレッチャーで1階まで降ろすことができました。
現場出発、病院到着。Wさんを直近の救命センターに搬送しました。「心不全 重症」後から分かった話ですが、Wさんはやはり10年以上前から心臓を患い、不整脈や狭心症を持っていたようです。他にも慢性的な病気をいくつもお持ちで家族もどの病院で何を診てもらっているか把握していなかったとのことでした。消防隊の協力も素晴らしかったし、傷病者観察、処置、病院への連絡、搬送もかなりスムーズにできました。なかな良い活動だったと思います。…ただちょっとでしゃばりすぎちゃったかなぁ?あの隊長は大丈夫だと思うけど、中にはプライドの高い隊長がいるもので「隊長の下命で隊員は動くもんだ!勝手に行動するんじゃねえ!」なんて怒られることもあり得る訳です。
救急車の清掃をしていたら医師引き継ぎを終えた救急隊長が戻ってきました。
救急隊長「いやぁ~お疲れさん!助かったよ~!明け番なのに悪かったね、1件目から救命だもんな」
救急隊員「いえいえ、隊長の下命を待たないですみませんでした」
救急隊長「何言ってんだよ!いいんだよ、やらなくちゃいけないことは同じなんだから」
救急機関員「そうそう、何の問題もないって」
救急隊長「ただ、高濃度酸素なんだけどはじめいくつ(流量)で流した?」
救急隊員「6L/分です」
救急隊長「あれだけ心臓喘息の症状が出ていたからはじめから10L/分でも良かったかな」
救急隊員「…そうか、そうですね」
とまあこの隊長のように優しく、さらに普段いっしょに活動することのない隊員に対してもアドバイスをしてくれるような器量の持ち主ならいいのですが、そうでもない隊長もいるんですよね~…。
帰署。交代する救急隊員が待っていました。
今日の救急隊員「すみませんでした。よりによって救命だったんだってね、申し訳ない」
救急隊員「いいえ」
昨日の活動内容、試用した資機材など、さらに今出場してきた活動なども申し送りしました。
救急隊員「ってことでお願いします。著明な心臓喘息だったんで勉強させてもらいましたよ、隊長から接触時から高濃度酸素最大で出した方が良かったってアドバイスももらったし」
今日の救急隊員「そう、うちの隊長に怒られなかった?」
救急隊員「いいえ、全然そんなことなかったですよ」
今日の救急隊員「そうか、オレだったらきっともうちょっと言われちゃってるなぁ」
救急隊員「そうなんですか?やっぱり自分の隊員じゃないから隊長も遠慮してたのかな?」
今日の救急隊員「やっぱりそうなんじゃないの」
遠慮して活動してくれていたのは隊長の方だったか…。
救急に限らず消防の仕事、特に災害現場での隊活動ではチームワーク、コミュニケーションが非常に大切です。知識・技術に匹敵するくらい「あうんの呼吸」がものをいいます。救急出場件数が増大しこれからますますローテーション乗務が積極的に進むことでしょう。後輩の救急に対するモチベーションも高く救急資格者も増えてきている。「はじめまして」の隊でもあうんの呼吸を発揮しなくてはならないのです。それには遠慮しないことも遠慮することも大切で…本当に難しいです。寝食を共にして培ってきたチームワーク、それが消防の伝統でした。でもそれは崩れつつあります。これも時の流れかな…。
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