救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
緊迫の救急現場 case19

パラメディック119緊迫の救急現場まるで綱渡りだよな… up data 2009.2.23

まるで綱渡りだよな…

 最近の報道により注目を集めている救急医療体制の問題、報道では「たらい回し」「受入れ拒否」と言うキーワードを多用し伝えられています。この状況の中で不利益を受けている患者、そして緊急車両であるにも関わらず現場を出発できない救急車…。当サイトではサイト開設以来ずっとこの手の問題に触れてきました。特に救急、産科、小児科が注目を集めていますが、現場にいる私がさらに深刻だと感じるのが「高齢者医療」です。今日はみなさんに現場の現実、それから果たして「たらい回し」「受入れ拒否」と言う言葉が適切な表現なのか少しでも考えていただければ幸いです。

 深夜の消防署に出場指令が鳴り響きました。「救急出場、介護老人福祉施設○に急病人、高齢者女性は呼吸困難、通報はヘルパーの○さん」との指令に私たち救急隊は出場しました。

 出場途上
隊長「この時間に福祉施設からか…」
隊員「また搬送先が見つからないんじゃないですかね…」
機関員「提携病院に連絡が付いていれば良いんだけどね」

 現場到着
要請先の介護老人福祉施設の前には案内人が立っていました。
隊長「どうされましたか?状況を教えていただけますか?」
案内の男性「すみません、私は案内に出ただけで詳しい事は分かりません。当施設の利用者の方なのですが、呼吸困難になっているとの事です、こちらです」
隊長「分かりました、お願いします」

 傷病者接触
ベッドサイドには通報者である女性ヘルパーと他の介護職員が数名付き添っていました。
隊長「救急隊です、到着しました」
ヘルパー「こちらの方です、お願いします」
傷病者は90代の女性でSさん、ベッド上に横になっておりとても苦しそうに肩で息をしていました。パっと見てただ事ではないと分かる状態、この方は重症です。
隊長「高濃度酸素準備、すぐにモニターも実施しろ!」
隊員「了解!」(これは命に関わるぞ、重症だ…)
隊長「状況を教えていただけますか?何時頃からこのようになったのですか?」
ヘルパー「夕食後の見回りの時にはいつも通りだったのですが…、深夜の見回りの際にこのような苦しそうな呼吸状態になっていました」
隊長「Sさんは何かご病気はありますか?かかられている病院は?」
隊長がヘルパーから情報を聴取しています。隊員はSさんの状態を観察、酸素投与などの処置に当たりました。肩で息をしている、全身を使わないと呼吸ができないようなたいへん危険な状態、さあ私たち救急隊の腕の見せ所です。すべては救命のために、今こそ救急救命士として救命のために、傷病者のために全力を…尽くしてよいのかまず確認しなくては。。
隊長「…そうですか、それでは日常の生活状況は寝たきりの状態なのですね?」
ヘルパー「ええ…」
隊員「それでは、私の呼びかけに反応できないのはいつも通りと言うことですね?」
ヘルパー「はい、そうです」
隊長「Sさんを搬送する医療機関に関してご家族のご希望と言うのはありますか?」
ヘルパー「はい、ここにあります」
ヘルパーさんが持っていたファイルを見て説明してくれました。この手の介護施設では介護職員が多くの利用者を受け持っています。職員が利用者一人一人の病歴やかかり付け病院などを把握するのは難しく、個人情報が記載されている書類をこのようにファイルしてあります。そして施設によっては入居する際に家族との約束事や意向を書類で残してある場合があります。この施設で使用されていた書類はアンケート項目の質問に対して「はい」や「いいえ」にマルが付いており家族の書名、捺印がされているものでした。その質問項目のひとつにこのようなものがありました。「利用者が生命に関わる重篤な状態になった際、積極的な医療処置を望みますか」マルが付けられていたのは「いいえ」でした。CPAではないし、書面によるDNR…とは言えないけど。。
隊長「…なるほど、ご家族のご意向はSさんに負担をかけるような、そういう事はしてほしくないと…、そう理解して良いのでしょうか?」
ヘルパー「はい、Sさんのご家族はもうご高齢ですし、その時が来たら無理な処置などはしないで『自然のままに』と仰っていました」
隊長「分かりました、施設の提携病院がありますよね?」
ヘルパー「はい…、それが…」
隊長「断られた?」
ヘルパー「はい、○病院も○病院もベッドがないからと言われました」
隊長「他に提携病院はありますか?」
ヘルパー「ありません」
隊長「分かりました…」
隊員「隊長、これはちょっと(搬送先なんて簡単には)見つかりませんよ」
隊長「ふぅ…そうだな、車内収容後すぐに本部に選定困難事案として一報しよう」
隊員「了解しました」
このような介護福祉施設には当然かなりの高齢者が入所しています。具合が悪くなる、急変する、そんなことは当然想定されています。そこで施設には提携する医療機関が必ずあるのです。提携施設の方が具合が悪くなった場合、受け入れるために設けられている提携病院なのですが、制度があってもそれが生きているかは別の話で…、今回の介護老人福祉施設では2つの提携病院(共に救急病院)があったのですが、共にすでに断られていました。傷病者の状態は非常に悪い、Sさんはもともと重度の認知症がある方で意識の判断は難しい方でした。SPO2は70%代(ルームエア)、聴診では両肺から明らかな雑音、重度の呼吸困難状態、生命に関わるかもしれない…。プロトコールに従えば緊急度も重傷度も共に高いと判断、だから3次選定、高度医療処置ができる病院にすぐさま搬送すれば良い、これが正論でしょう。しかし…プロトコールにはこうもあります「家族の意向に配慮せよ」と…。Sさんは100歳も近い高齢者、これまで生命に関わるような大病をいくつも患っており、その後遺症、認知症で寝たきり状態、食事もチューブで胃に運ぶような方でした。家族からは明らかな高度医療処置の拒否を示す書類が用意されていました。救命を主眼とする医療機関への搬送は不適切でしょう。私たちは近くの2次医療機関、救急病院を選定することにしました。

 車内収容
機関員「…という状況です。施設から提携病院である○病院、○病院は連絡するもベッド満床との事で断られたとの事です。選定困難事案であると判断しました、救急隊はこれから○病院に連絡します」
本部「了解しました、本部では○病院から選定を行います」
機関員「了解、よろしくお願いします」
最近の「たらい回し」とされる事案報道を受けて各地消防本部でも、選定困難事案を扱った際には救急隊のみで対応する事なく、消防本部を活用し選定をするような対応が取られているようです。(参考の記事)私の町ではこんな報道がされるずいぶん前から選定困難な事案に当たった際には本部と共に医療機関を選定することが推奨されてきました。本部での選定を行う際には、まず隊で選定、数件断られ時間を要しているので本部でも選定してください、こんな場合が一般的です。今回の事案では隊で選定するその前から選定困難事案と判断し、すぐに本部に連絡を入れる事にしました。いきなり本部を巻き込んでの組織的な活動、すぐに病院が決まれば取り越し苦労になります。そうなればそれが一番良いのですが…予感は的中してしまいました。

 病院選定
隊員「…という患者さんなのですがいかがでしょうか?」
医師「救急隊さん、その患者さんの状態では2次選定では無理でしょう?」
隊員「先生、高度医療は望まないとのご家族の署名入りの書類があるのです」
医師「…そうですか、確かに3次に搬送するべき患者さんではないとは思いますが」
隊員「そちらで受け入れていただけませんか?」
医師「どちらにしてもうちでは無理ですよ、その状態では入院させない訳にはいきませんし、しかも一般病棟と言う訳にもいかないですし…、受け入れることはできません」
隊員「先生、もうそちらで7医療機関目の選定なのです、どうにか受け入れていただけませんか?」
医師「申し訳ないけど無理ですよ…他を当たってください」
隊員「…そうですか、分かりました」
隊長「ダメか?」
隊員「ええ…」
無線交信している機関員が本部と交信しています。
機関員「○病院は受け入れ不能、そちら選定状況いかがでしょうか?どうぞ」
本部「現在、○病院連絡中、なお○病院は受け入れ不能との回答でした、どうぞ」
機関員「了解…はぁぁ」
断られてしまう理由としてはベッドが満床であること。確かにこの方を入院させない訳にはいかないでしょう。さらにこの状態、ICUやそれに準ずるような管理ができる環境が必要となります。ただ入院できるベッドがあればそれで良いと言う訳ではないでしょう。さらに処置の問題、家族の「自然のままに」とはどのようなこと?具体的にはどこまでの処置をしてよいのか?「処置はしないでよいと書面まであるのにこんな事までやるなんて、私たちはそんなことを望んでいなかったのに」または「いくら書面があるからって何もしてくれるなと言う意味ではありません、もう少し処置をしてくれたなら私は最後の瞬間に立ち会えたかもしれないのに」どちらもトラブルになる可能性が見えてきます。(DNRにまつわるトラブルのお話はこちら)、こんなトラブルにより一生懸命やっている医師が家族から罵倒されているなんてあちこちでよく聞く話です…。しかも手薄な深夜の時間帯、当直医1名、看護師も数名、そんな体制の病院で、このような状態の患者さんの受入れは相当に難しいでしょう。決まらない受け入れ先、私たち救急隊も本当に苦しい、どうにかどこか受け入れてほしい、対応不能、受入れ困難、様々な表現があるでしょうが、それでもこれは「拒否」と呼ぶべきものなのでしょうか?

 まだ選定中
深夜の介護老人福祉施設の駐車場、動くことのできない救急車、選定を開始して実に1時間が経とうとしていました…。Sさんは救急隊の酸素投与が効いたようで、容態は落ち着いてきていました。ただ、容態変化があってもちっともおかしくない…。私たちも焦りの気持ちが高まります、非常に危険な傷病者をこの狭い救急車内で管理し続けなければなりません。引き継ぐべき医療機関は決まらない、終わりが見えないのです。深夜の活動に肉体的にはもちろん、さらに精神が削られます…。そんな中、救いとなったのが、施設から家族への連絡が取れた事でした。病院が決まり次第、すぐに駆けつけてくれる確約が取れたのでした。家族が駆けつけてくれればどこまでの処置を望むのかを確認することができます。これがひとつのきっかけになり病院が決定しました。

 病院到着
医師「たいへんだったね」
隊長「はい…」
医師「家族はすぐに来てくれるの?」
隊長「今こちらに向かっているそうです、この時間ですからそれほどかからずに到着すると思います」
医師「そうですか、分かりました、それにしてもずいぶん遠くから来たね、見つからなかった?」
隊長「ええ…まったく受け入れ先がありませんでした、先生、ありがとうございました」
医師「うちも他の病院と何も変わらないんだけどね…」
「呼吸困難 重症」
救急隊と本部とで選定した選定医療機関数16、選定時間は約1時間、これだけ探して搬送した病院です、当然かなり遠くになりました。119番通報から医師に引き継ぐまで2時間ほどかかりました…。

 帰署途上
機関員「オレは容態変化しちゃうんじゃないかと冷や冷やしていたよ」
隊長「オレだってそうだよ」
隊員「高度な処置を希望するにマルがついていた方がよっぽど苦労がないですよね」
隊長「あぁ…、でもだからって今のSさんを救命センターになんて搬送したら、先生に相当のお叱りを受けるだろうなぁ」
隊員「そうですね、3次医療機関の目的を考えれば適正な選定ではないでしょうね」
機関員「プロトコールに従わなくてはいけないし、かといって従順に従った選定をすれば先生に怒られてって…泣けてくるね」
隊員「かといって、限りある医療資源に配慮して選定すればプロトコールからは外れてしまう…何かあった時、オレたちはこの身を守ってもらえますかね?」
隊長「さあな?まるで綱渡りだよな…」
隊員「本当ですね、この手の特に施設に入っている高齢者の対応は現場にばかりしわ寄せが来ていますね…オレたちはもちろん、病院にも」
機関員「そうだな、本当よく受け入れてくれたよな」
隊長「良い先生だったな、本当に助かった…」
機関員「あの病院は本当に困った時に助けてくれるんだよな」
隊員「そうですね、前にもどうにか受け入れてもらった事がありましたね」
隊長「でも先生もこぼしていたよ、救急隊がとんでもない事案ばっかり運んでくるって」
隊員「診てくれると言うなら救急隊はどこからでもやってきますからね」
隊長「こうやって献身的にやってくれている病院が疲弊していっているのも垣間見えるよな、いつか壊れちゃうぜ」
機関員「でもそこしか受け入れてくれないんじゃオレたちとしては行くしかないですからね」
隊員「もし容態変化していたらと思うとぞっとしますね…」
機関員「マスコミが飛びつきそうだね、『16医療機関拒否、またもたらい回し』なんて…」
隊員「そうなっている状況や事情なんてちっとも伝えられないですからね」
機関員「医者が診ないのが悪い、行政の政策が悪い、現場の救急隊が悪いって誰かを悪者にするのに夢中でそれどころじゃないんだろうさ」
隊員「現場の人間はみんな必死の思いで頑張っているのにひどいもんですよね…」

 今回の事案、傷病者のSさんは車内収容した後、ある程度容態が落ち着いたため2次選定し、どうにか受け入れ先が見つかった事案となりました。ただ、あの肩で息をしている危険な状態が続いていたのなら、あるいは途中で3次選定に切り替えて救命センターなどに搬送していたかもしれません。いつだか2次がないから3次、それは間違っていると指摘を受けた事がありましたが、そんな事は救急隊も本当によく分かっているのです。そんな事を続けていては救命センターのベッド、ICUのベッドはSさんのような患者ですぐに埋まってしまう。何よりも重きは人命、救急隊はそんな事になんて配慮しなくてよい、ただすべては人命のためにと活動すればよい、それも正論でしょう。でもみなさんは自分や家族が3次医療機関でなくては助けられない重篤な病気や事故にあった際、Sさんのような方や末期ガンの患者など、先がないと分かっている患者でベッドが満床だからと受け入れられなくても納得できるでしょうか?人命救助を第一とする消防官であると同時に医療従事者の端くれである救急救命士、私には答えが見つかりません…。救急隊が住民みんなの共有財産であり適正な利用が必要なのと同じように、限りある医療機関もみんなの適正な利用が必要なのです。それはみんなのため、そしていつかの自分のためにも。

 今の高齢者医療、かなり綱渡りな部分を垣間見ています。今回の事案でも綱はギリギリ切れずに済んだ、”たまたま”切れなかった、そんな感じでした。私はこれまでの「たらい回し」や「受入れ拒否」という表現で伝えられた事案の中には、今回のようなケースが少なからず含まれていると思っています。「綱が切れてしまった事案」が注目され伝えれらていると思うのです。詳細な内容、状況、背景は詳しく伝えられないため真相は分かりませんが…。介護老人福祉施設のお年寄りを扱う際、似たような活動になり苦労することがたいへんに多いです。さすがに16件の選定は多いとは思いますが、救急隊が選定してすぐに決まる方が少ないと思います。今回と同じような事案はあちこちで今も起こっています、たまたま容態変化がないから騒がれないだけです…。もちろんこれは問題です、どうにかしないといけない。でも今回のお話、誰が悪いのでしょうか?誰が悪いとか、誰かを叩こうとか、そんな事より何より事の真相を確かめ、繰り返さないようにすることの方がずっと大切だと思うのですが…。

 今回のこのお話とあわせて読んでいただきたい献身的な病院の評判というお話があります。今回は献身的な病院に受け入れてもらい助けてもらいました。そんな献身的な病院の報われない話をよく耳にします…。こんな事が続いていれば必ず綱渡りの綱は切れてしまうと心配しています。

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