救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
緊迫の救急現場 case20

パラメディック119緊迫の救急現場夫婦ケンカの果てに up data 2009.4.3

夫婦ケンカの果てに

 先日、自宅で夕食を摂っているとサザエさんが放送されていました。日曜日のこの時間帯、消防官だってたまにはみんなと同じ日に休み、たまには普通の時間に夕食を摂ることもあるのです。この日のお話では、ノリスケさんがケンカの仲裁名人だなんてお話でした。お話に出てくる夫婦ケンカと言うのが夫婦の罵声と共に物が飛交う実にマンガらしいものでした。物が飛ぶ夫婦ケンカか、ちっともマンガのお話じゃないや…。

 夜中の消防署に出場ベルが鳴り響きました。「消防隊、救急隊出場、○町○丁目○マンションTさん方、詳細不明なるも女性の怪我人がいる模様、なお出場隊は指令台の前でお待ち下さい、付加する情報があります」との出場指令でした。消防署の指令台が鳴る。付加指令か…ひともんちゃくありそうだ…。
指令室「付加情報です」
消防隊長「了解、出場する消防隊長です」
指令室「本件は詳細は不明ですが、どうやら夫婦ケンカのようです。夫が暴れているから助けて欲しい、怪我をしているとの内容がありました。警察にも要請は入れてあります、活動には充分に注意してください」
消防隊長「了解しました…出場します」
消防隊、救急隊、各隊長の指示により、隊員たちは加害対策用のチョッキを感染防止衣の下に仕込んで出場する事となりました。こんな物が役に立つ現場には行きたくないものです。警察官が先着してくれますように。

 現場到着
私たちが到着するとほぼ同時にすぐ近所の交番から警察官が駆けつけました。指令先のTさんのお宅はマンションの一室です。警察官と共に指令先の部屋に向かいました。
救急隊長「Tさん、こんばんは」
警察官「Tさん、こんばんは!ドアを開けますよ」
警察官がTさんの家のドアを開いた。
玄関には男性が立っていました。部屋は静まり返っておりケンカは収まっているようでした。…ただこの部屋の様子は。。
警察官「こんばんは、あなたはTさんですか?」
男性「そうです」
救急隊長「お怪我をしている女性がいるとこちらに来たのですがどちらにいらっしゃいますか?」
男性「え…、ええ奥にいますよ」
救急隊長「そうですか、患者さんのご様子を見せていただきたいのです、中に入りますよ」
男性「ええ…どうぞ」
この男性は傷病者の夫でした。小柄でメガネをかけており、お話の仕方もしっかりとした方である印象でした。
救急隊長「…Tさん、申し訳ないけどこの部屋に裸足で入ったら我々が怪我をしてしまいます、カバーをかけますから靴のまま上がらせてもらいますよ」
夫「はい、分かりました、どうぞ」
救急隊が傷病者のお宅に土足で上がるなんてあり得ないことなのですが、この時ばかりは…、靴にカバーはかけましたが土足のまま部屋に上がらせてもらうことにしました。とてもじゃないですが靴を脱ぐ訳にはいかなかったのです。
警察官「これは…あなたがやったの?」
夫「ええ…、私がやりました」

 傷病者接触
傷病者のTさんは30代の女性、奥の部屋に行くと部屋の隅にうずくまり泣いていました。
救急隊長「こんばんは、あなたがTさんですね?どうされましたか?」
Tさん「…」
救急隊長「どこをお怪我しましたか?怪我したところを見せてください」
顔を上げたTさん、頬から首にかけて血に染まっていました。床にはガラスとTさんの血液が散らばっていました。
救急隊員「出血していますね、どこから出血しているのかよく見せてくださいね」
Tさん「はい…」
警察官「旦那さん、奥さんはどうしてこんな怪我をしているの?」
夫「ケンカをしまして…私が彼女を押したら倒れまして、その時にガラスで切ったと思います」
夫婦ケンカ?これが夫婦ケンカの果ての部屋?事実は小説より奇なりとはよく言ったものです。マンガの中でオーバーに表現される夫婦ケンカもこの現場の前ではかわいいものです。部屋の中はめちゃくちゃ、床一面にはガラスが散らばっていました。部屋の食器棚は何かを叩きつけたのでしょうガラスが割れ、中の皿やコップなどもはじけ飛んでいました。さらに他の家具や鏡などもめちゃめちゃに割れ砕け、飛び散った破片が床一面に散らばっているのでした。
救急隊員「側頭部にずいぶんと大きな怪我をされていますよ、止血処置をさせてもらいますね」
Tさん「はい、お願いします」
救急隊長「ねえTさん、他にはお怪我をしていない?他には痛いところはない?」
Tさん「ええ…」
Tさんの側頭部にはザックリと数センチに渡る切創がありましたが、出血はほぼ止まっていました。救急隊は応急処置を行い、まずはTさんを救急車に収容することとしました。ケンカの相手の夫がいる場所ではなかなか詳しい話は聞けません。夫は警察官からの事情聴取に応じていました。

 車内収容
Tさんのお話によると、夫はキレる人とのことで…、キレると言っても頭の回転が速くキレるというものではなく、まさにぶち切れてしまう人なのだそうです。この日も夫婦で口論となりキレた夫は大暴れ、周りにあるものを力いっぱいに投げて部屋のありとあらゆる物を叩き壊したとの事でした。静止しようとしたTさんを突き飛ばし、吹っ飛んだTさんは床に散らばっていたガラスの破片で受傷したとの事でした。血まみれになった妻を見て我に返った夫を横目に119番して助けを求めたとのことでした。
救急隊長「…そうですか、それはたいへんでしたね、それでどうにか119番したの」
Tさん「そうなんです…、暴れだして、もうたいへんで…」
救急車のサイドドアが開いた。
警察官「少しよろしいですか?」
救急隊長「ええどうぞ、今、病院選定中です」
警察官が救急車に乗り込んでTさんに話かけました。
警察官「奥さん、どうする?ご主人を訴える?」
Tさん「訴える?」
警察官「つまり…事件にするかってこと、奥さんが被害届けを出すというなら我々は動けるけど」
Tさん「…」
Tさんは警察官から今回の件をどうするのか問われていました。その間にも救急隊は病院を選定、受け入れ先はすぐに決まりました。
救急機関員「そうですか、分かりました、よろしくお願いします、5分ほどでそちらに到着できると思います」
救急隊員「隊長、○病院は受け入れOKです」
救急隊長「了解、Tさん、○病院で治療して下さるって、○病院に向かいますから」
Tさん「はい、よろしくお願いします」
警察官「分かりました、○病院ですね、それでは私は降りますから、ねえ奥さん、今すぐ答えを出さなくても良いから考えがまとまったら警察署に連絡してよ、いつ相談に来てもらってもかまわないから、いいね?」
Tさん「…はい、分かりました」

 病院到着
Tさんは側頭部を数針縫合する必要があるとの事でした。「頭部切創 軽症」

 帰署途上
救急機関員「とても大暴れする人には見えなかったけどな」
救急隊員「本当ですね、大人しそうな人でしたよね」
救急隊長「普段大人しくしている人ほど逆にそうなのかもしれないな」
救急隊員「夫婦ケンカってあんな風になるんですね、マンガの中の世界かと思いましたけど」
救急機関員「時々あるよな、派手な夫婦ケンカの現場って、それにしても今日のは相当だったけど」
救急隊員「あの奥さん、事件にしますかね?」
救急機関員「さあな?」
救急隊長「オレはしないと思うよ」
救急隊員「それはどうして?」
救急隊長「あの旦那、暴れて物を壊すことはあっても奥さんに手を挙げたことはなかったんだって、今日も奥さんを振り払った弾みだったみたいだしな」
救急隊員「被害届けを出さないと警察も動かないですよね」
救急隊長「まあそうだろうね」
救急隊員「あの奥さんはそれで良いんですかね?」
救急隊長「さあな?ただ誰かが積極的に介入すべきものでもないしな」
救急機関員「いくら怪我をしているって言っても結局は夫婦間の問題だからな」
救急隊長「夫婦ケンカは犬も食わないなんて言うけど、オレたちは緊急走行で関わり合いに行くんだもんな…」
救急隊員「ホント…たいへんな商売ですよね、救急隊が関わろうが警察が関わろうが最終的には夫婦間で解決しなくちゃいけないって事ですね」
救急機関員「そうそう、どこの夫婦だってみんなそうしているよ」

 プライベートの中に飛び込んでいく救急隊、夫婦ケンカの原因やそのなれの果てなんて誰にも見られたくなんてないものです。このように家庭内の問題にも私たちは関わる機会があります。今回のTさんの部屋、どう暴れたらこんな風になるのかと思うくらいめちゃめちゃでした。正直、仕事でなければ関わり合いたくないと思うのが本音です。救急隊の現場はサザエさんのようにほのぼのとはしていません、私は仲裁名人になんてとてもなれませんね…。

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