救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
緊迫の救急現場 case24

パラメディック119緊迫の救急現場挿管してもよいですか? up data 2009.12.31

挿管してもよいですか?

 救急隊を取り巻く環境はこのサイトでも紹介しているように多種多様です。様々な人々の生活環境があり、多種多様な考え方があります。権利意識もあり、現場には訴訟に発展しかねないトラブルに巻き込まれる可能性が常にあるのです。そんな現場は特に生きるか死ぬかのギリギリの現場でしょうか。本来、生きるか死ぬかのギリギリの状況でこそ活躍すべき救急救命士なのですが、取り巻く制度はまだ未整備な部分があるのです。

 救急救命士が医療従事者の端くれとして自分の身を守っていくために必要な事は活動の根拠、処置の後ろ盾であるプロトコールを遵守することです。ところが救急救命士制度が誕生して20年近く経った今でもMC制度がしっかりと機能していない地域も多く、そういう地域では必然的にプロトコールの整備も不十分です。現場の活動を縛ると同時に現場の者たちを守る根拠が確立していない中で活動している、公務での活動にも関わらず実に中途半端なまま現場は動いているのです。

 私の勤務する町は日本の大都市部、MC制度もプロトコールもおそらく他の地域に比べるとかなりしっかりと確立されています。そんな中でもいつか訴訟に巻き込まれるような事になった際、果たして大丈夫なのだろうか?不安になるような現場が多々あるのです。(参考・器具を使った気道の確保?そんなことしないで下さいの現場など)

 法律や制度がしっかりと現場を守るようにできていないのは何も救急救命士に限ったことではなく、医師たちは下手をすればもっと酷い環境にあるかもしれません。やってはならないこと、とんでもない大きなミスを犯したのならペナルティを受けるのは仕方がありません。しかし、一生懸命やっているにも関わらず危ない橋を渡らざるを得ない現場があるのです。先日、延命中止を判断した医師の殺人罪を認定した最高裁の判決、同じく延命中止を判断した医師の無罪を認定した富山地裁の判決を踏まえて、そして、救急救命士たちにも医師たちにも守るべき家族がいると言うことも踏まえてお読みいただきたいと思います。

 朝食前の消防署に出場指令が鳴り響きました。「救急隊、消防隊出場、○町○丁W方、高齢女性は意識ない模様」、指令先のWさん方は私たちの受け持ち区域、同じ消防署の消防隊とのペアでの出場となりました。冬の早朝の出場、底冷えする消防署の車庫に駆け出す救急隊と消防隊の隊員たち、現場到着までは数分、すぐに現場に駆けつける事ができました。

 現場到着
大きく手を振る男性の姿が目に入りました。案内人の姿を見れば傷病者の想像も付くものです。男性は大分慌てている様子でした。
男性「こっちです、母が!母の様子がおかしいんです!」
隊長「分かりました、案内してください」

 傷病者接触
案内に出ていた初老の男性は息子さんでした。傷病者は80代の女性でWさん、部屋の布団上で苦しそうに肩で息をしていました。
隊長「観察を実施、酸素の準備を」
隊員・機関員「了解」
隊員と機関員がWさんの観察を進める中、隊長は通報者である息子さんから情報を集めます。
隊長「あなたは息子さんですね?」
息子さん「そうです」
隊長「いつからこのようにな状態なのですか?」
息子さん「いつもは起きてくる時間なので起こしに行ったらこのようになっていまして…」
隊長「それではいつも通りであったのはいつですか?」
息子さん「昨日です、10時過ぎに休んだので…」
Wさんは昨夜10時頃に就寝したとのこと、…と言うことは何時間この状態が続いているんだ?Wさんは明らかに呼吸困難の状態、全身を使わないと呼吸を維持できないような非常に危険な状態でした。意識も低下しておりJCS100、呼吸は36回/分程度、非常に浅く早く呼吸、血圧は測定不能、ただ橈骨動脈でどうにか微弱に触知できました、SPO2は70~80%程度、測定値は非常に不安定でした。Wさんはショック状態、緊急度も重症度も共に大です。
隊長「そうですか分かりました、お母さんは何かご病気はお持ちではありませんか?かかられている病院はありませんか?」
息子さん「認知症と血圧が高いくらいです、身体は元気です」
隊長「それはどちらで治療をされていますか?」
息子さん「K病院です」
息子さんの話によるとWさんはここ1年ほどで認知症の症状が出てきたこと、高血圧の治療は長く20年以上、いずれもK病院にかかっているそうです。認知症はありますが身体は丈夫な方で普段の生活状況は食事やトイレは自分ででき、散歩などもするまだまだ元気な方とのことでした。私たちが守るべきプロトコール従うなら『ショック状態なのだから重篤と判断し救命救急センターなど3次医療機関を選定する』となるでしょう。しかし、Wさんはかなりの高齢者です。お年寄りが危険な状態になっている際、本人が元気な際に苦しい医療処置をしてほしくないと訴えていたから、または家族がもう高齢なのだから無理な処置はしたくないなど、高度な医療処置を希望しない、かかりつけへの搬送を強く希望する場合があります。(まるで綱渡りだよな…の現場など)プロトコールには家族の希望に配慮すると言う項目もあり、これはこれでプロトコールに従った活動となります。
隊長「…そうですか状況は分かりました、今のお母さんの状態なのですが、たいへんに危険な状態だと思います。救命センターなど高度な処置を実施する医療機関にお連れしますか?それともかかりつけのK病院に連絡しますか?」
息子さん「高度な処置をお願いします!何でもできる限りの事をやってください!」
隊長「息子さん、それは喉からチューブを入れたり、身体にたくさんの針を入れて薬剤を入れたり、患者さん自身にも負担になる処置になりますよ」
息子さん「はい、それでもかまいません!できる限りのことをやってください!助けてやってください!」
助けてほしい、息子さんはそう訴えるのでした。家族に対しての説明はとても大切ですが、あまり時間をかけている訳にはいきません。一刻を争う現場、いつまでももたもたしている訳にはいかないのです。隊長は簡潔に救命センターという医療機関がどのようなところなのか、どのような処置が行われる可能性があるのかを息子さんに説明しました。それでも息子さんはできる限りのすべてを尽くしてほしいと訴えるのでした。
隊長「分かりました、3次選定するぞ」
隊員・機関員「了解」

 搬送開始
Wさんに酸素投与などの処置を実施しつつ搬送を開始しました。救急隊と消防隊との活動です、この現場にはマンパワーがあります。搬送している最中にも機関員は搬送連絡を実施していました。
機関員「え?それを今ここで確認するのですか?しかし… はい、隊長からご家族にはよく説明してあります はい、そうです、息子さんの強い希望があります チューブが抜けない旨を…ですか もう一度説明するということですか…」
電話している機関員が何やら言葉に詰まっています。高齢化社会の進む中、こんな現場は何度と経験しています。想像は付いてしまう…。
機関員「隊長、医師からもう一度救命センターで良いのか確認してほしいと…チューブは抜けないと言うことをよく理解してもらっているか確認してくれとのことなのですが…」
隊長「…了解」
まさにこの2009年12月に最高裁、富山地裁と相次いで出た判決、終末期医療に関わる問題が救急現場にも関わってきているのです。
隊長「息子さん、よろしいですか?救命センターの先生からどうしても確認したいことがあるとの事なのです」
息子さん「はい」
隊長「先ほども説明させていただいた通り医療機関に着いたら気管挿管チューブと言う管が入れられ人工呼吸器が接続されるような事があります、これは一度装着すると外すことはできません、それをご理解頂きたいと言う事なのですが、よろしいですか?」
息子さん「はい、できる限りの事をやってもらいたいです!」
隊長「分かりました」
苦しそうにしている母親、それを目の前に息子さんは切実な思いでできる限りを尽くしてほしい、助けてほしいと訴えています。「本当によいのですか?」そんなこと…もうこれ以上聞けない…。

 病院到着
私たちは直近の救命救急センターにWさんを搬送しました。
医師「本当だ、確かに呼吸状態が悪いね」
隊長「はい、酸素投与をしてもサチュレーションの上がりもよくなかったです」
医師「挿管してよいか、よく説明してくれました?」
隊長「はい、現場で説明しましたが、息子さんはできる限りを尽くしてほしいと救命センターへの搬送を希望されました」
医師「そうですか…もう一度確認しておかないと…同乗してもらったのは息子さんですよね?」
隊長「ええ、そうです」
救急隊の判断の通りWさんの呼吸状態は非常に悪く、医師も気管挿管の必要性を判断したのでした。医師は確認のため息子さんの待つ部屋に向かいました。部屋で少し落ち着いた息子さんは再度、医師からの説明を受けましたが意思は変わらなかったとの事でした。
「呼吸困難 重篤」

 帰署途上
隊員「高齢者、末期の疾患を持っている傷病者の時もそうですけど救急の現場で、苦しんでいる傷病者を目の前にしている家族に挿管したらもう抜けない旨を確認してくれって…そんなこと聞けないですよね…」
機関員「本当だよ…人によっては『お前ら助けるつもりがないのか』ってそう捉えられてもおかしくないよな?オレたちにはトラブルの火種だよな…」
隊長「そうだな…緊迫している現場で、動揺している家族にたった数十秒の説明で救命センターとはどんな病院か気管挿管とはどのような処置なのか理解してもらえって…どう考えても無理な話だ」
隊員「…とは言え、挿管すれば抜けないのは事実ですからね、抜けば殺人だと逮捕されるって言うのだから」
隊長「ああ、搬送時にはどうにか助けてほしいって訴えていた家族がひと月後にはもう楽にしてやってくれって泣きついてくるなんて話、よく聞くものな…」
機関員「はぁぁ…毎度毎度だけど、根の深い問題はみんな現場に投げられているよな」
隊長「まったくだ…」

 搬送時、どうにか助けてほしいと家族が熱望し挿管などの処置を実施、救命した。ただ患者は自ら呼吸もできず人工呼吸器を外せない状態となる。足しげく患者の下にお見舞いに来ていた家族が次第に顔を見せなくなっていく…。命が助かったと喜んでいた家族が時が経つに連れて「もうこんな姿は見たくない、もう楽にしてやってください」と訴える、「こんな事になるなんて聞いていなかった、説明が足りなかった」そんな風に罵倒される。人工呼吸器で管理するような重篤な患者は集中治療室で管理され、その治療費は一泊数万円から数十万円にも及びます。もう回復の見込みがないのにそんな治療費払いたくないと、家族が支払いを拒否することもあるのだそうです。そんな話をよく耳にします。医師たちからしてみれば一度挿管し人工呼吸器を接続すれば後戻りはできない訳です。それが回復の見込みのない方であっても、チューブを抜けばそれは殺人、逮捕されるかもしれないのだから…。

 今回の事案では息子さんは病院に着いてからも一貫してできる限りの処置を熱望していました。ところが中には病院に到着しひと段落してから医師から説明を受けると、そう言うことなら挿管もそこまでの積極的な治療もけっこうですと考えを改める方もいます。そんな時、救急隊の説明が悪いと医師から厳しい言葉が浴びせられることがあります。救急隊は悪くないと思うのですが…医師たちの言い分も非常によく分かる…そんな時は…もう本当に泣けてきます…。

 終末期医療のあり方についてはガイドラインを定めるなど動き始めていますが法や制度の整備は確立しておらず現場の人間を守るものではありません。これからさらなる高齢化社会を迎えていく中で状況はもっと深刻になっていくと思います。こんな中、私たちはこの身をどのように守っていくべきなのでしょうか?

 この記事に対するご意見ご感想をお待ちしています。救急救命士の待機室にてたくさんのコメントをお待ちしています。

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