救急救命士の仰天現場 case3
みかんをくわえて首吊り?
都心部の救急隊をやっていると必ずといいますか、もうしょっちゅう出くわすのが自殺の現場です。慣れたくはないのですがもう何度出場したでしょうか?消防官になるまで死んだ人間なんて見たことがなかった私ですが、いったい今まで何人の遺体を見てきたでしょうか?またその中には自らの命を自らの手で絶った人が何人いたでしょうか?もう数え切れないほどになります。自殺現場は世の中の闇です。それは想像を絶する風景が広がっています。この事案はまだ私が救急隊員になりたての頃のお話です。ポンプ隊員として何度か首吊り現場には行ったことはありましたが、首吊り遺体をまじまじと観察したのは確かはじめてだったと思います。冬の寒い季節でした。
「救急出場、○町○マンション○号室、縊首(いしゅ:首吊りのこと)の模様、覚知は警察電話」との指令に私たち救急隊は出場しました。
現着。現場のマンションの前にはパトカーが停車しており、先着していた消防隊の隊長がこちらに向かって来ました。「×」私たちに指で小さくサインを送りました。ああ、亡くなっているんだ。現場は7階だったか8階だったか?エレベーターの中で消防隊長から状況が説明されました。
消防隊長「傷病者は30代の女性、全身に硬直、死斑を確認しました。発見者はルームメイトで帰ってきたら首を吊っているルームメイトを発見して警察に通報したそうです。今、警察官に事情聴取をされています。」現場の部屋の前には警察官と通報者の女性がおり事情聴取が行われていました。
警察官「お疲れ様です。奥の部屋にいます。今、捜査の者もこちらに向かってますから」
私たちは現場を確認するために傷病者のいる部屋に向かいました。傷病者の30代女性はベッドの上、壁に細いロープを掛けて座るような形で死んでいました。足はべったりとベッドに座り込むような感じで少しだけ腰が浮いていました。首への付加は充分なのでしょうがこれで死ねるものなのか…。
救急隊長「観察しろ!」
救急隊員「了解、下腿部…硬直、背部は死斑…というより、隊長、死斑で全部紫になっています」
死後硬直は顎から始まるといいます。この傷病者の場合、すでに消防隊が社会死状態と判断していたことから下腿部の硬直状態を確認しました。下腿まで硬直しているということは死後数時間以上は経過している。服をめくり背中を確認してみると背中は死斑が広がり全身が紫色に変色していました。ペンライトを出して隊長が瞳孔を観察。
救急隊長「瞳孔は、混濁。間違いなく社会死状態だな」
傷病者の瞳にライトを当てている隊長の様子を見て、私は「あれ?何をくわえているんだ?みかん?腐っているみかん??」腐ってカビの生えたみかんは灰色に変色していますよね?あんな感じのものを傷病者がくわえているように見えたのです。
救急隊員「隊長?傷病者はあれ、何かくわえているんですか?」
救急隊長「ん?ああ…、良く見てみろよ」
正直、もう死亡と判断したわけです。あとはおまわりさんたちの仕事、私たちの出る幕じゃない。それでも私だって救急隊員、プロの端くれです。次の現場のためにももう一度よく観察してみました。
救急隊員「…舌。。」
救急隊長「そうだよ、縊首の場合はこういう風に舌ベロがだらんと出てこんな色に変色するんだ。」
絶句しました。この人の残された家族はこの遺体を見たらどんな気持ちになるのだろう…。腐ったみかんなんてくわえて死ぬわけないよな…。
警察の捜査員が到着。私たちは引継ぎをして引き揚げました。
救急隊「それでは、私たちは引き揚げますね、あとはお願いします」
警察官「お疲れ様でした。それでは」
都心部に勤務する警察官も私たち救急隊ももう慣れっこです。いつものことです、本当、都心の闇です。今ではもう何度も出場していった縊首の現場ですが、何度行っても慣れることはできません。自殺の現場というのは本当に異常な状況です。この時のあの景色は今でも鮮明に覚えています。ただ私もなかなかプロのようで消防署に帰ってくるなりすぐに昼食にありつきました。私は救急隊員になりたての頃から凄惨な現場に行っても平気で食事や睡眠を摂れました。じゃなきゃ救急隊員なんてできません。でも、中には凄惨な現場が目に焼きついて眠れなくなったり食事が摂れなくなったりする人もいるんです。惨事ストレスと言われるものです。救急隊員はそんなストレスとも戦っているんですよ。
自殺現場に行って毎回、私は何があっても決して自らの命を自ら絶つようなまねは絶対しないと思います。残された家族、狂乱状態になる人、呆然とする人、泣き叫ぶ人…。自殺は自分だけじゃなくて家族も他人だってものすごく傷つける。自殺の現場に行って、死にたい人を救命して果たしてそれが正しいことなのか?ふと疑問に思うことがあります。でも、それは別に私たちの考えることじゃない。私たちはやるべきことをやって救命のために最善をつくすだけ。でもできれば生きたく生きたくて生きたくて、そんな人のために汗を流したいものです。
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