救急救命士の仰天現場報告 case9
手錠をかけるぞ
救急隊員なんて仕事をやっていると普段知りえない、仕事でなければ行くことがないであろうところにたくさん出場していきます。今日のお話も普段まっとうに生活していれば絶対にいくことがないであろう場所、そして生涯こんなところに入ることなく平和に楽しくまじめに暮らしていきたいと思います。
「救急出場、○警察署に急病人、男性は腰部痛動けないもの、なお付加する情報があります」との指令内容でした。付加する情報があると言うのは消防署に指令台に直接、司令室から情報を伝えてくる場合を言います。消防署には外部からのお客さんも来るわけで例えば「○丁目○方、87歳女性は大きな声を上げて暴れているとの事、なお認知症の方です」なんて流れてしまうと、個人情報、モラル的にも問題がありからです。現場に行く救急隊からしてみると、何やらひともんちゃくありそうな内容が伴う事が多いのが現実です…。
司令室「救急隊、先ほどの指令の付加情報です」
救急隊員「はい、救急隊員です。どうぞ」
司令室「○警察署○さんからの通報です。傷病者は現在留置されている容疑者の方だそうです。警察官の同乗があります。なお、警察署で案内があるとのことですので警察官の指示、案内に従ってください」
救急隊「了解しました」
出場途上。
救急隊員「…との付加内容でした」
救急機関員「ようは何かやらかした容疑者ってことだろ?」
救急隊員「そうです」
救急隊長「あの警察署ってエレベーターとかあるよな?」
救急機関員「あるでしょ?あの大きな建物ですからね」
救急隊長「腰痛だろ、メインストレッチャーで搬送できるといいんだけどな」
現場到着。警察署の玄関には警察官が立っており警察署裏の駐車場に救急車を停車しました。
警察官「どうもお疲れ様です。案内しますのでこちらにお願いします。」
警察官の案内で警察署の中へ。いくつかの事務所を通ってその奥にあるドアが開いた。ええ!このドア開けるといきなり階段なの!?大変変わったつくりです、まるで迷路です。
救急隊長「この階段の上に患者さんはいらっしゃるんですか?」
警察官「そうです、この上が留置所になりますから」
救急隊長「その階まで行けるエレベーターはありませんか?患者さんは腰部痛で動けないんですよね?」
警察官「…エレベーターはありません、この階段を昇っていただくしかないです」
救急隊長「それじゃサブストレッチャーじゃなくちゃだめだ」
救急機関員「了解、入り口に置いてきたサブストレッチャー取ってきますから先行っていて下さい」
救急機関員はサブストレッチャーを取りに救急隊長と救急隊員はそのまま階段を昇って留置所に向かいました。この狭い階段を昇るのか…。この入り組んだ建物のつくり、火事でもあったら大丈夫なのだろうか?防犯と火災予防、どちらも大切ですが相反してしまう課題です。
警察官「救急隊の方を案内してきました」
留置所内の警察官「了解、あれ?救急隊さんって3名ですよね?」
救急隊長「今、1名は搬送資機材を持ってきます」
留置所の警察官「でしたら3名そろってからこのドアを開けます。恐れ入りますけど救急隊長さんお名前教えていただけますか」
すぐに救急機関員がサブストレッチャーを持ってきました。
救急機関員「すげえなここ、案内してもらわなければ絶対分からないな」
救急隊員「本当ですね」
留置所の警察官「○時○分、○隊長さん以下2名の救急隊の方が入りますから開錠します」
何かにメモを取って留置所の鍵が開けられました。自分たちで要請してやってきた救急隊、しかも私たちは当然、救急隊員の正規の服装で活動しているのです。それでもこの徹底ぶり、一生懸命捕まえた容疑者たちがここに留置されているのです。当然と言えば当然なのでしょうが、警察署ではこのように徹底した管理が行われているのですね。
現場到着。
留置場の警察官「こちらです。おい!救急隊の方に来ていただいたぞ!どこが痛いのか自分でしっかり説明しろ!」
ああおまわりさん具合が悪いって言っている方にそんな風に言わないでよ〜…。救急隊から見ればそんな感じですが、警察官からみれば何をしたのか知りませんけどやっとこ捕まえた容疑者です。留置場は私たちが活動した区域では4,5部屋が並んでおりひとつの部屋に6,7人が留置されていました。もちろん牢になっています。私たちがやってくると何事だと各部屋の容疑者たちが鉄格子越しに私たちの活動を見ていました。
留置所の警察官「おらぁ!見世物じゃねえんだよ」
怖いです…。
傷病者接触、傷病者は40代の男性でJさん、昨夜から腰が痛く、今朝の点呼に際に起き上がることもできなくなってしまったとのことでした。
救急隊長「Jさん、腰はどっち?どの辺が痛む?」
Jさん「この辺だ、この辺がみんな痛い…」
救急隊員「Jさん、シャツをめくって見せていただきますよ、私が触って痛いところを教えてください」
Jさんのシャツをめくらせてもらった。背中には一面刺青がいっぱい、皮膚の観察は無理ですね…。
救急隊員「この辺?この辺りが一番傷みますか?」
Jさん「痛たたた…そう、その辺りが一番痛む」
救急隊長「病院はどうしましょう?」
留置所の警察官「かかっている病院があるんですよ、手配はしてありますからそちらにお願いします」
救急隊長「分かりました。Jさん、悪いんだけどさ、あなたをこれから下に停車してある救急車までお連れしなくちゃいけないんだけどね、ここまでベッドが持って来れなかったんだ。痛いところ申し訳ないけどこの椅子型のベッド(サブストレッチャー)に乗ってもらわないといけないんだ、肩貸すから少し頑張ってよ」
Jさん「はい…」
救急隊員「Jさん、それでは私に捕まってください、少し痛いと思いますけど座ってもらえば後は大丈夫ですから頑張ってくださいよ」
うわぁ…重たいな…。80キロはあるんじゃないかと言う体格、そしてあの刺青、この方プロの方です。Jさんをサブストレッチャーに収容した。
留置所の警察官「おい、J、痛いところ悪いけど外に出る訳だから分かるよな?手錠をかけるぞ」
Jさん「はい…」
そう言うと警察官はまた時間を記録してJさんに手錠をかけました。このドアを出る際には手錠をかけないといけないのですね。さらにJさんには腰綱が巻かれ同乗する警察官がそれを握りました。
車内収容、病院到着。救急車には警察官が2名同乗。決まっていた病院に搬送しました。
帰署途上。
救急隊員「この仕事するようになっていろんなところに行くようになりましたけど警察署の留置所初めて行きましたよ」
救急機関員「オレもはじめてだったよ、すげえよなまるで迷路だよな」
救急隊長「あの階段狭かったな。でもあの警察署は相当入り組んでたよな。前に違う警察署に行った事あるけどあそこまで迷路にみたいにはなってなかったよ」
救急隊員「それにしてもあんなところに入れられちゃったらやってなくてもやりましたって言う気持ち分かりますね」
救急機関員「まっとうな生活している人間なら牢屋に入れられればそう思うよな」
救急隊長「ちらっとしか見ませんでしたけどやっぱりそのスジの方がたくさんいたみたいでしたね」
救急隊長「さっきのJさんもあの刺青だもんな」
救急機関員「入るときも出る時も時間を記録して徹底してましたね」
救急隊長「オレもフルネームと階級を教えてくれって言われたよ、何時何分に誰が入って誰が出たのか、誰がそれを確認したのか記録していたよ」
救急隊員「警察署じゃ当たり前のことなんでしょうけど同じ公安職でもやっぱり警察の方が厳格な感じがしますね」
救急機関員「ところであの人なんだって捕まったんですかね?」
救急隊員「オレも正直聞きたかったんだけど救急活動に関係ないもんな、聞けなかったよ」
救急隊員「そうですよね」
何をしたのか知りませんけどあんなところに入れられないで済むように、誰にも迷惑をかけずにいたいものです。犯罪とまでは至らない行為であっても、特に今のこのご時世、公務員に向けられる目は大変厳しいものがあります。一生懸命働いてまっとうに頑張ろう、普通ですけどコレが一番!改めてそんなことを考えてしまいました。いつの間にか私もどっぷりと社会人、公務員です。
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