救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
救急救命士の仰天現場報告 case17

パラメディック119救急救命士の仰天現場報告これだけ飲めばまずダメでしょう up data 2008.10.30

これだけ飲めばまずダメでしょう

 救急隊をやっていると必ず経験するのが自殺の現場です。当サイトでもこれまでいくつかの自殺の現場のお話をさせていただいています。飛び降り、首吊り、最近では硫化水素などなど様々な方法がありますが、その中でもかなりの頻度で出会うのが薬物の多量服用です。統計がある訳ではありませんので薬物中毒が最も多いとは言い切れませんが、私の経験では最も頻度が高いと感じます。もうこれまで薬物の多量服用の現場にはどのくらい出場したでしょうか?数え切れません。そして薬物の多量服用で自殺が完成していた、現場到着の際にはすでに亡くなっていたと言うのは記憶にありません。追い詰められて自殺を選ぶ方たちですから、みな相当な覚悟でたくさんの薬を飲むのでしょうが、こういった方たちはまだ救いようのある方たちです。ある意味、どこかに助けてほしいとサインを出しているのかもしれません。もっと確実な方法があるのに、不確実な方法を選ぶのですから。今日は救急隊員にならよく出会う薬物中毒の現場のお話です。

 「○救急隊、○消防隊出場、○丁目○番、T方、男性は薬物の多量服用、通報は妻から」との指令に私たち救急隊は出場しました。隣の消防署の受け持ち区域、近くの消防隊が同時出場となりました。先着したのは消防隊です。

 現場到着
Tさんのお宅はマンションの一室でした。先着していた消防隊が活動していました。
救急隊長「救急隊到着しました」
消防隊長「現在、観察中です、精神科に通院されている方、精神科で処方されている薬を数百錠服用したとのことです、今、隊員に飲んだと思われる空ケースを集めさせてます」
救急隊長「了解、傷病者は奥の部屋ですね」
消防隊長「こっちです」

 傷病者接触
傷病者のTさんは30代の男性、部屋では消防隊が活動しており気道の確保が行われていました。
救急隊員(気道確保?意識障害があるのか?)
消防隊員「意識レベルJCS300です、呼吸と脈拍はしっかりしています、気道確保実施中」
救急隊長「了解、代わります」
私たち救急隊によってもう一度、傷病者の観察を実施します。消防隊の観察の通り、やはり意識レベル300、痛み刺激をしてもまったく反応がありません。ただ呼吸や脈拍、サチュレーションなどなど他バイタルにも問題はありませんでした。
救急隊長「奥さん、お話を聞かせてください」
奥さん「はい…」
救急隊長「ご主人は精神科のご病気をお持ちとのことでたが」
奥さん「はい、うつ病で○クリニックにかかっています」
救急隊長「その○クリニックでもらったお薬をたくさん飲んでしまったのですか?」
奥さん「そうです、これみたいです」
奥さんが出したのは○クリニックから処方された精神科薬の一覧でした。A4サイズの用紙に薬の数、服用方法、効果などが記載されています。その裏にペンでこのように殴り書いてありました。
「これだけ飲めばまずダメでしょう さようなら」
救急隊長「この字はご主人の字ですか?」
奥さん「はい…」
救急隊長「それじゃあ、これだけ全部飲んだんだな…」
救急機関員「隊長、ちょっと数が多くてまだ数え終わらないけど数百錠は飲んでますよ」
消防隊員と一緒に空きケースを数えていた救急機関員ですが、数が多すぎてとてもすぐには数え終わりません。
救急隊長「ご主人はこのようなことをしたのは初めてですか?」
奥さん「いえ…実は前にも」
救急隊長「前にもお薬をたくさん飲んで搬送されている?」
奥さん「はい」
救急隊長「その時はどちらの病院にかかりました?」
奥さん「○病院です」
救急隊長「○病院の救命センターというところに運ばれた?」
奥さん「そうです、救命センターに」
救急隊長「…。飲んだかもしれない薬の数が分かったら助言要請を入れて病院を決めよう」
救急隊員「了解しました」
 Tさんが飲んでいた薬は全部で300錠以上、きっと茶碗に山盛りくらいの量になります。ただ、薬物の多量服用の場合、200、300はよくある話です。しかし錠剤を300錠以上もなかなか飲めないものです。Tさんの枕元にはビールの空き缶が数本ありました。これもよくある話、精神科の薬をアルコールと共に飲んでいくのです。

 助言要請
助言要請とは現場の救急隊が判断に迷った際など電話や無線を活用して医師に判断やアドバイスを仰ぐことを言います。これは救急救命士を取り巻く制度のオンラインメディカルコントロールと呼ばれるものの一環です。
救急隊員「…という状況です」
医師「状況は分かりました、薬は?」
救急隊員「はい、飲んだと推定される薬の品名と量は、○1mgが50錠、○0.5mgが38錠…」
医師「…う~ん。。意識レベルは300だっけ?舌根は落ちてないんでしょ?他バイタルは問題ないよね?」
救急隊員「はい、気道確保は実施していますが、実施しなくても呼吸はしっかりしています」
医師「…その薬じゃどれだけ飲んでも命には関わらないよ」
救急隊員「先生、搬送すべき病院は?」
医師「そうだよな、問題はそれですね、処置してくれるところがあればね…、特にこの時間じゃ3次の病院でしか対応できないでしょうね」
救急隊員「3次病院に搬送でよろしいでしょうか?」
医師「そうだね…仕方ないね」
救急隊員「了解しました、先生、助言ありがとうございました」
とこのような経過をたどりTさんを3次救命救急センターに搬送することとなりました。命に関わる可能性がある方を搬送すべき病院が3次医療機関です。命に関わらないと助言を求めた医師も認めているにも関わらず、3次医療機関に搬送せざるを得ない現実、ここも改善しなければならない救急医療制度の問題点なのでしょう。

 病院到着
Tさんを以前も同じように薬物多量服用で搬送された救命救急センターに搬送しました。救命救急センターとは救命を主眼とする医療機関です。ここに同じ症状で2度も3度もかかる…。救命救急センターかかりつけなんてある訳ないのですが…、Tさんはちょっとしたかかりつけです。私たちが到着するとすでにTさんのカルテが準備されていて、医師たちは過去の経過を把握していました。
「薬物中毒 中等症」

 帰署途上
救急隊員「中等症ですか」
救急隊長「先生の話だと胃洗浄をして一晩泊まれば、多分明日には退院だって」
救急機関員「薬物中毒はだいたいそのパターンですもんね」
救急隊員「心が病んでないと300錠も薬なんて飲めないですよね」
救急隊長「ビールと一緒だから飲めるんだよ」
救急機関員「精神科の薬をつまみにビールを飲んだ訳だろ?やっぱり病気なんだよな」
救急隊員「あのTさんは精神科の治療をしっかりしないといけないですね」
救急隊長「明日あたりまたどこかに転院搬送がかかるかもな」(薬物中毒後の下り転院搬送のお話はこちら
救急隊員「かもしれませんね」

 翌日にこのTさんが退院したのか、どこかの病院に転院搬送されたのかは分かりませんが、助言を求めた医師の言ったとおり、やっぱり命に別状のない結果となりました。薬物の多量服用の現場に行く際、いつもどこか助けてほしいというメッセージを感じます。このTさんの場合は薬の種類、量を記載した紙に直筆で遺書めいた書き込み。助けてもらうための準備をしっかりしていると感じるのです。この段階でしっかりとした治療が進めばよいのでしょうが…。同じことを繰り返す、そんな現場が本当に多いです。

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