救急救命士のため息現場 case5
どうしても行かなくちゃ行けませんか?
救急現場には拒否事案ってものがあります。傷病者本人が救急隊による病院への搬送を拒否する事案のことです。救急車は傷病者本人が呼ぶ場合もちろんありますが、家族、知人、通りがかりの人、救急車が必要だと感じた人が119番すれば、救急車はどこでも駆けつけるわけです。交通事故なんかの場合多いんですけど、目撃した人が救急車を呼んで、
要請者「目撃したんですけどあんまり派手に転倒したから大怪我したと思って」
傷病者「ちょっと膝すりむいただけだから病院なんていいです。」
まぁこんな事案ですね。傷病者が大人で本人が大丈夫って言うんだから救急隊もまさか無理やり病院に連れて行くなんてことはありません。こういう時には傷病者本人に署名をもらって病院搬送することなく引き揚げます。
たまに困ってしまうのが、病院搬送しなきゃいけない、明らかにけっこうな怪我をしているのに病院に行きたがらない人がいることです。「仕事中で忙しいから」「病院がとにかく嫌いだから」そんなことを言われて、とにかく救急隊は必要ないと言う傷病者。こういう場合はやっぱり無理やりに連れて行く訳にはいかないので説得です。後で、やっぱり大怪我だった死んじゃったでは、いくら本人が拒否したとしても「救急隊はプロなんだからいくら本人が拒否しても無理やりにでも連れて行くべきだった」って言われちゃうんですね。言われちゃうだけじゃなくって責任問題になり、下手すりゃ訴訟問題にまで発展します。救急隊としてプロとして呼ばれた以上は責任を持って病院に搬送する。それが救急隊の仕事ってわけなんですね。
で、今回のため息現場は、拒否事案もどきの事案です。これもガックリしました…。夜中の1時頃の救急要請でした。「女性は誤って指を切創し出血が止まらないもの」との指令に私たち救急隊は出場しました。出場途上、傷病者宅にPHSで電話し情報収集。
救急隊員「もしもし救急隊です。指を切って出血が止まらないとのことで要請を受けました。指をお怪我されたのはどなたですか?」
傷病者K「私です。料理をしていて左手の中指を切りました。」
救急隊員「まだ出血していますか?」
傷病者K「はい。血が止まらないんです。」
救急隊員「そうですか。でしたら、ガーゼや清潔なハンカチ、タオルなどを傷口に当ててグっと圧迫して下さい。」
傷病者K「分かりました。」
救急隊員「救急車到着までもうちょっとかかりますからね」
傷病者はKさん、40代の女性でした。出場途上で止血処置を指示し私たち救急隊は現着しました。
現着。現場はマンションでオートロック、チャイムを鳴らすも出ない。さらに押すも出ない。救急隊としてはここから何を考えるか?指の切創って情報だったけど、ひょっとして腕の動脈性の出血だったのでは?出血が多くて倒れちゃったんじゃないのか?私たちはより悪い方を考えて活動します。オートロックを開かなきゃ開ける手段を、玄関が閉まっていたら開ける手段を、応援要請?救助隊を呼ぶべきか?
傷病者K「…はい。」
2,3分してからでしょうか?傷病者本人が出た。
救急隊「Kさん、救急隊ですよ。大丈夫ですか?開けてください」
傷病者「(いかにもだるそうに)…はい。」
さらにマンションの玄関へ。ノック。
救急隊「Kさん、救急隊です」
傷病者K「・・・」
救急隊「Kさん!Kさ〜ん!?」
おい!またかよ…。
救急隊「Kさん!Kさ〜ん!?」
ノックしてもノックしてもでない…。またさらに2分ってところでしょうか。もうこの時はなんとなく雰囲気を察知しちゃっていて悪い方向になんて考えない。これ絶対しょうもない事案になるな…。
傷病者K「…はい。」
やっとドアが開いた。
現着から傷病者接触まで5分以上かかりました…。
傷病者K「あのぉ〜、どうしても行かなくちゃ行けませんか?」
救急隊員「はい?どういう意味ですか?」
分かっちゃいたけど聞いてみました。
傷病者K「どうしても病院に行かなくちゃいけませんか?」
救急隊員「お怪我されたのはどうなたですか?」
傷病者K「私です。」
Kさんの指にはティッシュが巻きつけてあって輪ゴムで締め付けてありました。
救急隊員「あなたが病院に行きたくて救急車を呼んだんじゃないんですか?」
傷病者K「そうですよ」
救急隊員「…だったら病院に行きましょう。私たちもそのために来ましたから」
傷病者K「…そうですよね、でもどうしても行かなくちゃ行けませんか?血も止まったんですけど。」
救急隊員「行きましょう。我々もそのために来ましたし指をお怪我したんでしょ?」
ふと見ると隊長なんて後は任せましたって感じでこちらに背を向けている。
車内収容。Kさんの左指中指は約1cmの切創。料理中に誤って包丁で切ったしまったそうです。出血は完全に止まっていて救急隊は滅菌ガーゼを当てるだけの応急処置をしました。夜中の1時ですよ…。病院に連絡しても、
医師「それで呼んだの?一応診ましょう…はぁぁ」
ってな事を言われました。診察室で医師に消毒してもらいながらKさんは、
医師「あのね〜Kさん、こんなんで救急車呼んだらダメだって、ね!」
いいなぁ、先生はああやって言えて…。救急隊はそんなこと言えないんだよなぁ。
帰署途上。私たち救急隊は夜中の2時もまわった眠気と脱力感で会話もなく帰りました。自分で呼んどいて行かなくちゃいけませんか?か…。「出場指令、40代女性Kさんは指を切創、本人が要請するもやっぱり病院に行く気なし」「どうしても行かなくちゃいけませんか?」こっちが言いてえよなぁ…。
|