救急救命士のため息現場 case7
オレは生理なんだよ
救急隊と酔っ払いとの関係は切っても切り離せません。給料日後、毎月25日以降の金曜、土曜の夜、年末の忘年会シーズン、年度始めの新入生歓迎コンパシーズン、お花見のシーズン、かなりの確率で酔っ払いを扱います。この時期、都会の救急隊は酔っ払いにかかりきりになります。この季節にはけっして事故にあわないで下さい、救急車はどこにも待機していません。大怪我しちゃうと助けなんて来ませんよ。
先日、典型的困った酔っ払いを扱いました。まぁいつものことなんですけどね。酔っ払いに関しては確かに急性アルコール中毒で危険な状態になり死に至る方もいます。が、そのほとんどがただの飲みすぎの困った人たちです。急性アルコール中毒は病気じゃありません。死に至る危険な傷病者がいるのも事実ですが、飲みすぎなければけっしてなることはないわけです。大人だからこそ飲めるお酒ですから、大人らしく人に迷惑をかけることなく楽しく飲めばいいのです。が、それができない方がたくさんいるんですね…。なんて言っても私もお酒にまつわる失敗はたくさんありますけど…。
ちなみに急性アルコール中毒の治療はだいたいが尿管に管を入れてアルコールを抜き、点滴で血中のアルコール濃度を薄めます。管を入れるときは酔っ払っていて分かりませんけど、酔いがさめて我に返り管を抜く時に「もう2度とアル中になんてならない!」って強く思うようです。特に男性はちんちんにそれはそれはの激痛が走るようですよ。けっこう太い管を膀胱まで入れるって考えただけでも痛いですよね?
「救急隊出動、男性は路上で倒れているもの。意識はあり」との指令に私たちは出場しました。現着すると数人の通行人が見守る中、道路のまさにど真ん中で60男性が倒れていました。救急車のヘッドライトをハイビームにした機関員が一番最初に見つけました。
救急機関員「おいおい、あれじゃねえのか?ど真ん中に倒れてるぞ!」
傷病者接触。60代男性、Yさんは道路のど真ん中で伏臥位となり倒れていました。通行人が7,8人見守っていました。通行人が見守っていなければいつ車にひかれてもおかくない状況。路面には血痕、Yさんは明らかに出血していました。
救急隊「どうされました?大丈夫ですか?」
怪我人Y「うぃ〜?」
私たちの声に起き上がったYさん。顔面は血だらけになっており、どこから出血しているのかは分からない。でも出血はすっかり止まっている模様でした。Yさんからは強いアルコール臭、ああ酔っ払いだね…。
救急隊「お顔から大分出血しているようですよ、いったいどうしたんですか?」
怪我人Y「オレ、生理なんだよぉ〜アハハぁ〜」
あ〜あこりゃ典型的酔っ払いだなぁ…。ふと通報者の通行人の若い男性を見ると「ありゃぁ、こんなのに救急車呼んじゃったよ…」って顔をしている。
救急隊「通報ありがとうございました」
通報してくれた方にお礼を言って私たちはそのおっさんを車内収容。やれやれと思えど、あの状況じゃ救急車を呼びますね。
車内収容。傷病者観察。Yさんは鼻の頭に約1センチの挫創、あとは鼻を打ちつけての鼻出血でした。顔中の出血は鼻血でした。
救急隊「どうして路上に倒れていたの?」
怪我人Y「自転車で走っていたら自爆したんだよぉ〜、イラクだよ〜、自爆テロだよ〜」
救急隊「…そうなんだ。大分酔っ払っているみたいですね、どこで飲んでいたの?」
怪我人Y「イラクで飲んでいたんだよぉ〜」
救急隊「…お名前とご住所教えてください」
怪我人「サダム・フセインっていいます。あははぁ〜」
ネタみたいですけどこれいっさい作ってなんていないですからね。本当にこういう酔っ払いでした。
やれやれ…。放り出して帰りたいところですが、怪我はしているしそうもできない。鼻出血はすっかり止まっているし、鼻の挫創も滅菌ガーゼを当てれば充分。処置は完了。あとは診てくれる病院なんだけど…。
怪我人Y「あははぁ〜。ははぁ〜。」
決まらないよなぁ…。
ベテランの隊長なんてすっかり「まかせたから」とか言っちゃって助手席でもう知らないよ体制。機関員は運転席から病院連絡。隊員の私がこの陽気な酔っ払いの相手をすることに。
救急隊員「Yさん、ずいぶんとたくさん飲んじゃったんだね、でもさぁせっかく楽しく飲んだんだから楽しいまま家に帰った方がいいですよ、ね、怪我しちゃったらあなたも楽しくないでしょ?」
酔っ払いY「そうなんですよね〜。あははぁ〜、でもオレは大感謝!救急隊はすばらしいね〜、オレも兵隊だったけど素晴らしいねぇ〜」
救急隊員「うん。私たちは兵隊じゃないしYさんもまだ60代だし兵隊には行ってないでしょ?」
酔っ払いY「そうなんだよね〜あははぁ〜」
もうね、傷病者管理っていうか病院が決まるまでの時間稼ぎですね。このおっさんの場合、陽気な酔っ払いだからまだいいんです。酔っ払いの中には暴力的になるのもいてそういうのが一番たちが悪い。
もう6,7件の病院に断られその間にもこのおっさんがまぁしゃべるしゃべる。
酔っ払いY「オレはさ、まだ仮釈放中の身だからさ、あんまり人様に迷惑掛けちゃまずいんだよなぁ」
救急隊員「あれ?そうなの、Yさんあんまり悪いことするようには見えないけどなぁ、何やっちゃったの?」
酔っ払いY「う〜ん、パンツ盗んじゃったのぉ!アハハァ〜」
救急隊員「そりゃあマズイね〜!」
酔っ払いY「あははぁ、そうなの!でもね、オレはもう本当に反省した。救急隊さんありがとう。オレはもう本当に反省しちゃったよぉ、はははぁ〜」
救急隊員「う〜ん、そう!?あんまり反省しているようには見えないけどなぁ?」
酔っ払いY「ぎゃはははははぁ〜!」
爆笑しているよ…。
運転席では、
救急機関員「…そうですかぁ、分かりました他の病院をあたります。」
救急車の後部では、
酔っ払いY「イラクよぉ〜!反省したよぉぎゃははぁ〜」
救急機関員「…本当いいよなぁ」
ため息交じりの声が漏れた。やっと10件目くらいの病院に掛け合ってやっと搬送病院が決定、診察の条件は診察が終わるまで救急隊が責任をもって付き添うこと。治療が終わったらおまわりさんを呼んで保護してもらうこと。
病着。Yさんを診察室に連れて行きすぐに警察を要請。酔っ払いYさんは鼻にちょっとの怪我と鼻血でしたから治療は5分とかからず終了。救急隊は夜中の病院の待合室でおまわりさんを待つことに。おまわりさんも嫌なんでしょうね、この手の保護以来の場合、なかなか来てくれないんですよね…。20分くらい経ってやっと。事情を説明して引き継いで救急隊は引き揚げます。この頃には酔っ払いYさんはすっかり病院の待合室で熟睡していました。
警察官「Yさん!Yんよ!どうしたんだ!?警察ですよ」
酔っ払いY「う〜ん、うん?」
警察官「どうしたの?なんで怪我したの?」
酔っ払いY「自転車で自爆したの!自爆テロだよぉ〜!あははぁ」
…またやっているよ。
救急隊員「んじゃ、よろしくお願いしますね」
警察官「…お疲れ様でした」
救急隊もおまわりさんも大変です。
帰署途上の救急車内。時計はすっかり12時をまわり日が明けている。
救急機関員「本当いいよなぁ、あれだけ酔っ払ったら最高だよな」
救急隊員「それにしてもオヤジギャク連発でしたね」
救急機関員「オレももう疲れちゃったから生理休暇下さいって言おうかな」
救急隊員「…そうですね」
もうYさんのどうにもならない話に散々付き合っていたから適当に返事しちゃった…。この事案もそうでしたけど、酩酊者を扱うと平気で普通の活動の2,3倍の時間がかかります。この間に救命事案があったなら?そして年末の忘年会、お花見、こういった時期にはこういう酩酊者が都会には溢れます。お酒を飲むのはけっこうですが、救急車のお世話にならない程度に楽しく飲みましょうね。
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