救急救命士のため息 パラメディック119〜すべては救命のために〜
パラメディック119ためいき現場大丈夫じゃ困るんです Last up 2005.6.23

ため息現場 case9
大丈夫じゃ困るんです

 救急車は急病人や怪我人など、緊急に病院での処置の必要のある方を迅速、的確に搬送するためにあります。救急車が必要かどうかは通報した人の判断に委ねられており、第3者が必要と判断して救急車を呼んだはいいけど本人が「大丈夫!」と搬送を拒否するって事もけっこうあります。今回のお話は本人が拒否するも家族が絶対連れて行ってくれなくちゃ困ると熱烈搬送を希望したって事案です。間違いなく救急車の利用の仕方を間違っている困った困ったお話です…。

 「救急出場、高齢女性は自宅にて具合が悪く動けなくなったもの、通報は家族女性から」との指令で私たち救急隊は現場に向かいました。

 現着。現場は一戸建てのお宅でSさんという80代の女性が1階の居室で毛布の上に仰向けになって寝ていました。通報者は50代くらいのお嫁さんで案内がありました。Sさんはここ数年で痴呆がはじまり自宅でこのお嫁さんがお世話しているとのことでした。
救急隊「こんにちは。救急隊ですよ、どうされましたか?」
Sさん「え?何がですか??」
お嫁さん「昨日からずっとここでこうなっちゃっているんです。おしっこを漏らしちゃって大変なんです。」
Sさんは失禁しており、小便の臭いが部屋に充満していました。
救急隊「Sさん、今どこか痛いところや苦しいところはありますか?どこをお医者さんに診て頂きたいですか?」
Sさん「いえね、おかげさまでこの年だっていうのに身体の調子も良くってご飯も美味しく食べられるんです。」
救急隊「…」
お嫁さん「M病院に掛かっているんです。M病院に連れて行ってください」
救急隊長「でもね、お嫁さん、ご本人がどこも痛くないし健康だっておっしゃっているんじゃ救急隊も病院に連れて行けないですよ。」
お嫁さん「でもおしっこ漏らしているじゃないですか!」
救急隊「失礼ですけどSさんはちょっと痴呆があるんですよね?おしっこはご自分でできるんですか?」
お嫁さん「いつもはできる時もあるんですけど…」
救急隊「できないで、こうやって漏らしちゃうこともあるんですね?」
お嫁さん「そうです…」
(じゃあ別におしっこ漏らしているってのはいつもどおりじゃないか)
どうやらこのお嫁さん、Sさんの面倒に疲れてしまったんですね。だから救急車を呼んで病院に連れて行ってもらいたかったようです。
救急隊長「どちらにしてもこのまま(おしっこまみれ)じゃ先生も診てくれないでしょうから着替えましょうか。Sさんの着替えを出してください。」
着替えを出してもらってお嫁さんと救急隊とで着替えさせようとしたらSさんが豹変、
Sさん「触るんじゃないよぉ〜!私はどこにも行かないよぉ〜!」
お嫁さん「私が何度着替えさせようとしてもこんな状態なんです!もう嫌ぁ!」
とか言っちゃってどっかに行っちゃった…。
救急隊「Sさん、病院に行くかどうかは後で考えてさ、とにかく着替えましょう。おしっこまみれじゃ気持ち悪いでしょ?」
Sさんもお嫁さんがとにかく気に入らないようで、私たち救急隊にはそれなりに接するんです。外面というか家族以外の人との接し方はなんとなく心得ているんですね。
Sさん「そうね、悪いわね、ありがとうね」
Sさんを着替えさせてあとは病院に行くかどうかです。お嫁さんは病院への搬送を熱烈に希望している。しかし本人が病院に行きたいないって言っている。バイタルだって正常です。さてどうしたものか…。
救急隊「お嫁さん、着替えましたよ。でもね、ご本人が行きたいないって言うんじゃ救急隊も病院になんて行けませんよ」
どっかに行っていたお嫁さんは戻ってきてとにかくこう言います。
お嫁さん「それじゃ困るんです。どこの病院でもいいから連れて行ってください。もう入院の準備もできました。」
どっかに行っちゃったと思ったら入院の身支度を整えていたんですね…。やれやれどうにかこうにかおばあちゃんを入院させたいんですね。
救急隊「あのね、お嫁さんね、入院するかどうかは先生が診察して判断することですからね、入院できるかどうかは分かりませんよ」
お嫁さん「入院できなかったらどうしろって言うんですか!」
(それは私たち救急隊がどうこうしなくちゃいけないことなんですか?)あああぁ言いたい!…けど言えない。
「もういいじゃねえかよぉ〜!どこでもいいから連れてってくれよぉ〜!!」
誰??隣の部屋から叫び声が…。
救急隊長「ご主人ですか?」
お嫁さん「そうです。主人も病気で隣の部屋で寝ているんです。」
このお嫁さん、具合の悪いご主人と痴呆の義理の母の面倒を一手にやっていたんですね。大変ですけど、でもそれをどうこうするのが救急隊の仕事じゃけっしてないんですね。
救急隊長「私たちがSさんを説得してみます。でもね、どうしてもご本人が行きたくないんだって言うのなら私たちもまさか引きずってまで連れて行くことなんてできませんからね」
お嫁さん「…分かりました。お願いします」
こんな感じで現着からゴタゴタ。病院に行く行かないでかなりの時間がかかりました。ベテランの救急隊長の見事な説得でSさんは病院で診てもらうことに納得し病院に行くことになりました。どこでもいいから連れて行けと叫んだご主人は結局最後まで私たちの前に現れることもありませんでした。

 車内収容。ご家族の希望のあったM病院に連絡。またこれが困りました。一連の流れを先生に説明、返ってきた答えは、
医者「で、どこが悪いの?」
(ですよね〜!先生!)
救急隊「いえ、ご家族の言うには失禁して動けないのを診て頂きたいそうなんです」
医者「でも本人は?」
救急隊「健康だって言っています」
医者「(失笑)困ったね?」
救急隊「ご家族の強い希望があるんです!先生お願いします!!」
医者「…分かりました。診るだけ診ましょう」
先生を拝み倒して頼んで頼んで診てもらえることになりました。救急隊ってこんなことしているんですよ…。

 病院到着。診察台にSさんを移す。ああやっと開放される。病院の診察台でもSさんは、
Sさん「おかげさまでこの年だっていうのに身体の調子も良くってご飯も美味しく食べられるんです。」
医者「…そうですか」
やっぱりどこも悪くないし健康だってアピールしている。
動けないってことで血液検査やレントゲンなどいくつかの検査が行われ、お嫁さんが診察室に呼ばれていきました。診察室の外にいた私たちにもそのやりとりが聞こえてきました。
医者「Sさんなんですけどね、検査をした結果、どこにも異常はありません。帰ってくださってけっこうですよ」
お嫁さん「…そんな、先生それじゃ困ります。」
外にいた私たちも思わず失笑しましたよ。
救急隊員「隊長、先生に大丈夫って言われて困りますって言ってますよ」
医者「困るって入院させてほしいってことですか?」
お嫁さんは大きなバックを2つも持ち入院の準備はOK!誰の目にも入院させたくて仕方がないってありありです。
お嫁さん「動けないんだから家に帰っても困ります」
医者「あのね、動けないのは病気だからじゃないんです。治療の必要のない人を入院させることなんてできませんよ。あなた面倒みるのが嫌だからそう言っているんでしょ?病院はそういうためにあるんじゃないですよ」
いいよなぁ〜!先生は思っていること言えて。救急隊はず〜っとそう思っていても絶対そんなこと口にできないもんなぁ。お嫁さんは図星をつかれて大変ご立腹になりました。
お嫁さん「そ、そんなことないですよ!失礼しちゃうわぁ!すっごい感じ悪いですね。なんてこと言うのかしら」
医者「…とにかくうちの病院じゃ入院はできません。入院する必要がないからです。」
お嫁さん「もういいわよ!だったら他の病院に行くわよ!」
おいおいおい。まさか救急車でなんて言わないだろうな?診察室の外でドキドキしていたら、先生もさぞイライラしたんでしょうね。
医者「救急車じゃ行けませんよ。救急車は緊急の方を運ぶためにあるんです。今、私が診察して帰って大丈夫だって言っているんですから」
お嫁さん「タ、タクシーで行きますよぉ!ほんっとう感じ悪いわ」
またも図星を疲れたお嫁さんはさらにご立腹、結局どうにか入院させてくれる病院を求めてタクシーでSさんをどこかに連れて行きました。

 私たちの活動記録表に署名と傷病名をもらいに診察室へ。先生は、「とんでもねえの連れてきやがって」みたいな目で私たちを見てひと言も口にせずに署名と傷病名を書いてくれました。傷病名は忘れましたけどもちろん軽症、救急隊が悪い訳じゃないんだけどなぁ…。お年寄りの介護、痴呆、それは大変だと思います。疲れてしまうのもうなずける。でも、だからって救急車でどっかに連れて行けってのは間違いです。お嫁さんの気持ちは分からなくもないけど私たち救急隊は緊急の方を緊急に病院に搬送するためにいます。便利屋、なんでも屋じゃないんですよ。

パラメディック119トップへ