救急救命士のため息現場 case10
お金はなくても権利だから
生活保護を受けている方、救急隊とは切っても切り離せない関係です。身体的、精神的などなど様々な事情で働くことのできない方が受けている社会保障です。私も詳しいこと、制度の内容は分かりませんけど、行き着くところは憲法に保障されている自由権、「人間らしい最低限度の生活を営む権利」を日本国民は持っていて、なんらかの事情により働けない、収入が得られないって方に市や町が人間らしい生活を営むことを保障しているんですね。この人間らしく最低限度の生活を営む権利は医療を受けることも含まれていて、さらにそれには救急車を利用することも含まれるというのが通説のようで、この救急出場件数が増大し社会問題となっている中、救急利用の有料化に踏み切れない最大の理由のひとつとしてこの部分が大きく影響しているようです。
さて、お話に入る前におことわりをしておきます。生活保護を受けている方は確かに働きたくても働くことのできない仕方のない理由をお持ちの方がいます。仕事をして納税するのは国民の義務なんですけど、それがしたくてもできないって方もいるんです。正当な理由のもと生活保護を受けられている方に対して私はどうこういうつもりはありませんし、どうこういうような立場でもありません。そういった方が救急車を利用することもありますが、もちろん「ふざけるなよ」なんて思ったことはありません。今回のお話はこの生活保護っていう制度を蝕む人のお話です。どんな素晴らしい権利でも制度でも必ずそれを悪用する人がいるんです。私たち消防官も信頼の置ける職業として高い評価をいただいていますが、中には痴漢行為や万引きなどなど恥ずかしい行為で逮捕されるバカもいます。本当に一握りなんですけどこういうのがいると消防全体の信頼を損ねます。生活保護を受けられている方の中にも一部、この制度を悪用し救急車を何度も何度も何度も悪用する連中がいるのです。今回はそのひとつのケースを紹介します。
「救急出場、F警察署に急病人、女性は血糖値が低下し歩行困難になったもの、覚知は警察電話」との指令、夜中の1時を回った頃、私たち救急隊は出場しました。F警察署の前に現着すると40代の女性がスタスタと救急車に向かって歩いてきました。歩行困難では??
救急隊「あなたですか?」
傷病者E「そうです」
救急隊「ではこちらから乗ってください」
救急車のリアを開けてEさんを車内収容。警察署からの要請だってのに警察官の引継ぎもなんにもありゃしない…。隊長が警察署に事情を聞きに向かった。
車内収容。傷病者のEさんは40代の女性で雰囲気から言ってなんていうのでしょうか?私たち救急隊は嫌な感じを感じ取っていました。
救急隊員「どうされましたか?」
傷病者E「血糖値が下がっちゃってフラフラしちゃうんです」
救急隊員「どちらかの病院に掛かられているのですか?病名を教えていただけますか?」
傷病者E「私、糖尿病なんです。さっきもインシュリンを打ってもらいにT病院に行ってきたんですけど帰されたんです。このD病院への紹介状を貰いました」
(…ああぁ始まった。病院帰りに救急車呼んでどうするの?)
救急隊員「さっきって何時くらいですか?」
傷病者E「12時くらいに帰されちゃって私、お金もないし帰れないんで…。私、生活保護を受けているんです」
救急隊員「…。おうちに送っていってくれっていうんじゃないですよね?救急車は病院にお連れするのが仕事なんですよ」
傷病者E「それは分かっています。T病院の先生がお金がないって言ったら近くの交番に行くように言われたんです。交番に行ったらこちらに連れてこられて」
Eさんが連れてこられたF警察署はT病院近くにある交番の本署でした。T病院の医師に診察してもらい処置してもらい、帰って大丈夫と夜中の12時に帰されちゃったEさんは、お金を持っていなかったので交番に助けを求めたようなんです。で、F警察署にパトカーで送ってもらって朝を待っていたようなんですね。朝になればバスが走り出します。生活保護の方はパスを持っているのでバスも無料で利用できるんです。
救急隊員「12時に帰されたって言うことはまだ1時間ちょっとですよね?先生が診察して大丈夫だからって帰されたんですよね?他の病院の先生もそれなら大丈夫って言いますよ、何を診てくれるよう頼めばいいんですか?」
傷病者E「いや、でもフラフラするから、やっぱりT病院に診てもらいたいんです」
警察署に事情を聞きに行っていた隊長が戻ってきた。どうやら警察署でEさんはフラフラすると言い出し、警察官たちが「それは大変だ!」とか言っちゃって病院に行くよう勧めたようなんです。警察からしてみれば厄介払いができたんでしょうね。警察官もせめて呼んだんだから事情くらい説明に来いよってすごく思いましたね。
病院連絡。Eさんの希望するT病院に連絡しました。
救急隊「もしもし、先ほどまでそちらで治療されていた患者さんです。糖尿病をお持ちでそちらでインシュリンの注射を打っていただいたとの事です」
T病院医師「まさか…Eさんじゃないですよね?」
救急隊「…先生、そのとおりです」
T病院医師「困ったねえ…。お金がないっていうんでしょ?交番に行くように行ったんだけどなぁ」
救急隊「先生、今、F警察署の前からかけています」
T病院医師「ああ、そうですか…。あのね、Eさんにはインシュリンを打ちました。だけどね、本来打つ量よりもずっと押さえています。血糖値に関しては角砂糖を持たせました。それを2,3個食べれば問題ないですよ。うちじゃもう診れませんね、診察の必要がないですね、その方大丈夫ですよ」
救急隊「先生、ご本人がフラフラするって言うんです。診ていただきたいのですがお願いします」
T病院医師「悪いけど無理だね、他当たってください」
救急隊「…分かりました。ありがとうございました」
さてと困りました。T病院の医師が診察の必要がないというこのEさん、他の病院の先生が「じゃあうちで診ましょう」って果たして言うでしょうか?言うわけないよなぁ…。
救急隊員「Eさん、T病院には断られました。血糖値もフラフラするのも心配しなくても大丈夫だそうです。角砂糖貰いましたよね?それを2,3個食べておけば大丈夫だそうなんですよ」
傷病者E「…でもフラフラするし」
救急隊長「次、当たろう次!!」
(こんなのまとも相手したって仕方ないでしょ!?)そんな感じで救急隊長がさっさと病院を当たるよう促した。
救急隊員が近くの病院から当たっていく、
傷病者E「あのぉ〜、D病院の紹介状を貰ったので」
救急隊長「Eさんフラフラするんでしょ?早く先生に診てもらいたいから救急車呼んだんでしょ?じゃあちょっとD病院は遠すぎるよ、早く診てもらえる近くの病院から当たりますからね」
紹介状先のD病院はEさんの家の近く、現場からは10キロ近くある場所です。T病院に断られたのでEさんは家の近くまで行ければと考えたようですが、隊長にキッパリ断られました。救急車はタクシーじゃないんだよ。どうにかこうにかすぐ近くのH病院に頼みこみ診てもらえることとなりました。現場から1キロ弱の病院です。私たちの病院搬送は原則、直近です。救急車ですから。
帰署途上。
救急隊「まったくとんでもねえなぁ。あれで生活保護、充分働けるよ。医療費もタダ、バスもタダ、救急車もタダだから何でもありだな、D病院に行きたいのだってオレたちをタクシーにしたいだけなんだよアレ、ホントとんでもねえよ」
生活保護って制度を悪用する傷病者Eさんに不平不満のオンパレード、消防署に帰り着いたのは夜中の3時頃、もう私たちは眠気と疲れで事務処理もとっとと済ませてトコにつきました。心肺停止の患者さんを救命センターに搬送する緊迫の現場、それはそれは疲れますけど、それは納得の疲れです。私たちはそういった患者さんを適切な処置と判断で救命するためにいる。こういうふざけた傷病者を相手にするのは本当精神的にやられます。…ああ本当に疲れた。おやすみなさい…。
「ビ〜ビ〜ビ〜!救急出場!」
もう明け方、5時ちょうどってところで消防署に出場指令が鳴り響きました。…ああまた2時間も寝られなかった…。飛び起きた私たち救急隊、指令の続きはこれ。
「H病院前からの通報、Eと名乗る女性は頭部の痛み」
救急隊長、救急隊員、救急機関員「アイツだぁ!…。」
出場途上、隊長が吠える。
救急隊長「今回はオレに任せとけ!何でもかんでも親切に丁寧に対応するのが救急隊の仕事じゃないってところを見せてやるから!」
救急隊員「了解しました!お願いします。」
現場到着。さっき搬送したH病院からすぐそばの交差点にEさんは立っていました。よく救急車を利用しているから分かったんでしょうね、さっき扱ったばっかりの私たち同じ救急隊だったので、「ついてないなぁ」みたいな顔をしていました。
救急隊員「Eさん、今度は頭が痛いの?今、H病院に行って来たばっかりでしょ?頭が痛いのならH病院の先生に言ってくださいよ」
傷病者E「…そうなんですけどぉ」(ッチ、さっきの救急隊が来ちゃった、ついてないなぁ)みたいな感じでした。
救急隊員が救急車のリアを開ける。
救急隊員「どうぞ、乗ってください」
まかせておけって言っていた救急隊長が待ち構えている。
救急隊長「ねえ、Eさん、救急車はあなたのためにあるんじゃないんですよ」
傷病者E「…」
救急隊員「後ろ閉めますよ」
救急隊長「今度はなんだっていうの?」
傷病者E「頭が痛いんです」
救急隊長「今、H病院に行ってきたばっかりじゃない。点滴打ってもらったんでしょ?」
傷病者E「それは血糖値が下がったからでしょ?フラフラするから行ったんじゃない。今度は頭が痛いから呼んだの」
救急隊長「…。H病院の先生には頭が痛いって言ったんですか?」
傷病者E「言いました。それは寝ていないからだって言われました。」
T病院に掛かり夜中の12時に帰され、F警察署へ、私たちを使いH病院に搬送、で、今に至るわけです。もう辺りはすっかり明るくなっていました。そりゃ確かに寝不足だわ。でもあなたより私たちの方がずっと眠たいですよ…。
救急隊長「だったら帰って寝ればいいじゃない。H病院の先生には寝不足だからって言われたんでしょ?寝ればいいじゃない、何を診てもらいたいっての?あのね、こうやっている間にも本当に救急車が必要な人がいるかもしれないんですよ、あなたのために我々はいるんじゃないんです。いい加減にしてくださいよ」
傷病者E「これT病院でもらった紹介状だから」
すかさず救急隊長が一喝する。
救急隊長「それは糖尿病のために書いてもらった紹介状でしょ?今は頭が痛いって言っているんでしょ?あなたは?その紹介状は使えないでしょ?」
傷病者E「…」
もうどうにかして救急車で自宅近くのD病院まで行きたいのはあからさまでした。D病院に救急車で行けばタダ、で生活保護を受けているから診察も医療費もダタ、それは日本国民として医療を受ける権利を有しているから…。
救急隊長「…はぁぁ、脳外科で診てくれるところ探そう…」
救急隊員「…分かりました。近くの脳外科から探します」
いくら言っても無駄なので近くの病院から探すことにしました。私たち救急隊に搬送を拒否する権利はありません。救急車が必要と判断した人が病院に行きたいっていうんです。連れて行くのが仕事です。それが権利の濫用だって分かっていても、税金を蝕んでいるって分かっていても、ひょっとしてこの時もすぐそばで本当に助けを求めている人がいるかもしてないって思っていても病院に連れて行かなくちゃいけないんです…。本当にすごくバカバカしいですけどね。
救急隊員が脳外科で診てくれる病院を探し連絡している間にも救急隊長は諭し続ける。
救急隊長「あのね、Eさん。生活保護を受けられて大変なのかもしれないですけどね、なんでもかんでも生活保護だから誰かにやってもらおうじゃダメなんですよ。生活保護を受けられている方の中にも一生懸命自分のことは自分でされている方だってたくさんいるんですからね」
傷病者E「…」
まぁ聞く耳はない。病院は決まらない…。T病院にもH病院にもさっき救急車で行ったばかりの傷病者、私たち救急隊員はウソはつけません。コレまでの経過を説明すればどこのお医者さんだって「私に何を診ろっていうの?」だとか「その人頭の病院に連れて行った方がいいんじゃないの?」なんて答えが返ってくる…。
救急隊長「今夜にT病院、H病院で大丈夫って言われたんです、今、他の病院に連絡していますけど、それじゃうちで診ても大丈夫だよって言われています。Eさんも分かるでしょ?」
傷病者E「…私帰りたいです」蚊の鳴くような声で
救急隊長「えっ?何??」
傷病者E「もう私。病院に行かなくていいです。帰りたいです。」
救急隊長「大丈夫なんですか?」
傷病者E「途中でぶっ倒れるかもしれませんけど、なんかみなさんにとっても迷惑かけているみたいなんで帰りたいです」
(ふ・・・ふふふふふふふふふ・・・あなたの1億万倍帰りたいよオレたちはぁ!)Eさんにとってみれば充分皮肉を言ったつもりだったんでしょうね。
救急隊長「そうですね。T病院の先生もH病院の先生も大丈夫って言っているんだから間違いなく大丈夫ですよ。もうバスも動き出す時間だからバスで帰れますしね」
傷病者E「…はい。バスで帰ります」
傷病者Eを救急車から降ろした。
救急隊員「Eさん、一晩中あちこちの病院で点滴だの注射だのを受けていたんです。寝てなきゃ頭も痛くなりますよ(私たちもそうですあなたのおかげで)バスで帰ってよく寝てください。H病院の先生がそうおっしゃっているんですからね」
傷病者E「分かりました。すみませんでした。」
こういう人に限って「とんでもない救急隊がいました」とか言って投書したりするんです。最後は優しい言葉で締めくくります。…はらわた煮えくり返っていてもね!
帰署途上。もう何も交わす言葉もない。もう何もいうことない。消防署に帰ると起床時間を過ぎており消防隊が朝の掃除をしていました。
消防隊「お疲れ様でした。昨日も寝れずの救急隊だったみたいだね。何件出たの?」
救急隊「ええ、0時まわってから2件です。…1名に」
生活保護やホームレス、彼らにも人間らしい最低限の生活を営む権利があります。そしてその中の一部の方はそれをよぉ〜く知っていて徹底的に濫用します。きっと一部の人なんでしょうけど、私たち救急隊はその一部の人たちに振り回されます。そして一生懸命働いて働いて頑張ってきた人たちは本当に必要な時に救急車を呼んでもやってきません。近くの救急車はこういう人たちに振り回されているからです。助かったかもしれない頑張ってきた人たちはそうやって死んでいます、すっごくたくさん。頑張ってない人は一晩で2回も3回も救急車を使います。なんでそんなことするのか一生懸命働いている私たちには分かりません…。都心部で救急隊員をやっていると本当にこういった世の中の、制度の裏というか闇というかそういった膿の部分を嫌というほど目の当たりにします。今、こうしている時も制度を蝕むふざけたやつらが救急隊を引っ掻き回し、何十年も働いてきたお父さんが人知れず死んでいるかもしれないんです。都心部ではこれが現実です。
今回のこの40代女性Eさん、一晩で使った公的なもの。救急隊、一晩で2回(1回の利用で45000円の税金がかかるといいます)T病院医療費、H病院医療費、さらに往復の交通費、細かく言えばF警察署へ送ってもらったパトカーのガソリン代、さらにその運転をしている警察官の給料だって税金です。一晩で2,30万円は軽く使っているんだなぁ。Eさんが使った自分のお金、0円、だってはなっからお金なんて持ってないんだもん…。どうかしてるのかな世の中…。
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