救急救命士のため息現場 case13
食事をたいらげてから
「救急出場、居酒屋に怪我人、女性は階段で転倒し頭部を受傷したもの」との指令に私たち救急隊は出場しました。現場近隣の救急隊はすべて出場していて現場到着まで15分ほどの時間を要しました。小雨がパラつく視界の悪い中、私たち救急隊はもちろん緊急走行で現場に向かいました。
現着。現場の居酒屋は某有名チェーン店で地下1階にあり、私たち救急隊は資器材を持って居酒屋に入りました。救急要請は居酒屋の店員さんからでお客さんから「救急車を呼んでほしい」と言われたので状況はよく分からないとのことでした。
救急隊「こんばんは、救急隊です。お怪我をされた方はどちらにいますか?」
店員「ああ…こちらです。」
なんともやる気のなさそうな店員の態度にちょっとムッとしました。お客さんが怪我しているんだろ?
店員の後に続いて客席へ、
店員「あちらの方です」
店員の指差す先には今もまさに飲食している中年の男性と女性…。もう一度聞いちゃいましたよ。
救急隊「あの…どちらの方ですか?」
店員「…ですから、あの食事をされているあの女性の方です。
そんなやり取りをしている間にこの女性が私たちに気づいた。
傷病者女性「あっ!来た来た、こっちです。私です。」
救急隊「…」
店員「…」
店員さんもお客さんからの依頼だから救急車を呼んだけど、バカバカしくなっちゃったんでしょうね。
傷病者接触。傷病者は40代の女性でWさん、ご主人と食事をしていました。
救急隊「どうされましたか?」
傷病者「雨で床が濡れているでしょ?滑っちゃって頭をぶつけたんです。血が止まらないから救急車を呼びました」
傷病者本人が説明している間にもご主人さんはむしゃむしゃチャーハンを食べている…。
救急隊「…分かりました。傷口見せてくださいね」
怪我したという頭部を観察するともうすっかり出血は止まっていて約3センチの挫創が確認できました。Wさんが持っていたハンカチは止血に使ったようで血に染まっていました。が、まぁハンカチ一枚で止まる程度の出血でした。滅菌ガーゼを当てて三角巾で圧迫し応急処置は終了。私たちが処置している間にもご主人はまだチャーハンを食べている。
救急隊「それでは行きましょうか、歩くことはできますよね?」
傷病者W「はい。」
そういってWさんはお皿に一口残っていたチャーハンを食べた。
傷病者の夫「よし!行こう!」
旦那も最後の一口を食べ終えた。さぁこれで心置きなく救急車に乗れるって?
傷病者Wと救急隊は歩いて救急車に向かう。店を出て地上にでる階段、
傷病者W「ここです。ここで滑って頭を打ったの」
救急隊「それですぐ病院には行こうと思わなかったんですか?」
傷病者W「ええ、ハンカチで押さえていれば止まると思ってお店に入ったんです」
傷病者の夫「飯食べててもなかなか血が止まらないから救急車呼んだんだよ」
救急隊「…そうですか」
もうバカバカしすぎて何も考えるの嫌になりました。脳外科で選定、近くの病院に搬送しました。
言うまでもなく救急車は緊急車両です。緊急の方を急いで病院に搬送するのが仕事です。この傷病者の場合、救急車で病院に行くより優先すべきことは「出てきた料理をたいらげること」だったようです。早く病院に行きたい訳ではなく、救急車は食事をしながら待っているもののようです。注文したチャーハンのお金は払わなくちゃいけないけど救急車は119番すればただでやってきますからね。近隣の救急隊がすべて出場中だったから私たちは10キロ近くもの距離を急いで向かいました…。もうバカバカしくてバカバカしくて情けなくて情けなくて。
病院到着。傷病者を医師に引き継いだ後の救急車内。
救急隊員「はぁぁぁぁぁ〜…なんで救急隊員になんてなっちゃたんでしょうね…」
救急機関員「なぁ〜に言ってんだよ、あんなのばっかりだから俺たちがこんなところまで出場してきたんじゃないか、これからもずっとあんなの相手にしていくんだよ」
いつものことなんですけどね。救急車なんていくらあっても足りないはずですよね。ちなみに小雨はすっかり大雨に変わっており、時計も22時を回っていました。私たちが10キロ近くもの先に出場しなくちゃいけない訳です。近隣救急隊ももちろん私たちもてんてこ舞いで出場していました。夕食だってまだ摂れていない。…あのチャーハンうまそうだったなぁ。腹の虫が余計に情けない気分にさせてくれました。
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