救急救命士のため息現場 case22
あんたもオレみたいになるよ
1年を通して私たち救急隊を遠慮なく利用する路上生活者、ホームレスたち、それでもやっぱり寒い季節に119することが多いように感じます。というのも寒い季節はやっぱり暖かいところが恋しくなるのでしょう。あの寒い中、路上で生活しているのです、どうにかこうにか入院して暖かいベッドと食事にありつきたい、だから119番するのです。季節は2月、暖かい日には少しずつ春の兆しが見えてきましたが、天気が悪い、風が強ければ真冬です。早朝、外にいたら震えがくるような寒い中、「救急出場、○駅前交番に急病人、男性の方は腰部痛」との指令が鳴り響きました。仮眠中だった私たち救急隊は眠い目をこすりながら出場しました。
現着。○駅交番前に停車、交番の前にはおまわりさんが数人立っており難しい顔をしていました。おまわりさんの足元にでっかいバックがふたつほど、傷病者らしき人は見当たらない。駅前交番といえど早朝、まだ人はまばらでした。
救急隊「救急隊です。おまわりさん患者さんどちらですか?交番からの要請とのことだったんですが…?」
警察官「いいえ、警察からの要請じゃありませんよ。これ(足元の大きなバック)の持ち主なんですけどね、腰が痛いから救急車を呼べって交番に来たんですよ、迷惑だからよせって言ったんですけどね、そうしたらほら、あそこの公衆電話で119番したみたいですよ。分からないけど多分(住所)不定者です。」
救急隊「…そうですか。患者さんはどちらに行ったんですか?」
警察官「救急車のサイレンが聞こえたらまだ荷物があるからってどこかに行きましたよ、あ!来た来た、あの人です。」
傷病者F「ああオレです。腰が痛くってさ。」
傷病者Fは60歳代の男性で両手に紙袋を下げてこちらに向かって歩いてきました。
警察官、救急隊「はぁぁ…」
救急隊「了解しました。おまわりさん扱い(本件を担当してくれた方)を教えていただけますか?
警察官「私たちは迷惑だからやめろって言いましたよ。勝手に119番したんです。誰も扱っていませんよ」
救急隊「…そうですか」
警察官もこんなやつ知らねえよとさじを投げられてしまいました。
救急隊「Fさん、では救急車に行きましょう。ずいぶんと荷物がいっぱいあるんですね。あなたの大切な荷物ですからあなたがしっかり管理してくださいね。でもこれ全部持つのたいへんだね、この大きい荷物は私が持っていくからあとはあなたが持ってね。」
傷病者F「分かった!」
救急隊「ん?Kさん何これ?すっごい重たいじゃないの!?何が入っているの!?」
傷病者F「オレの全財産が入っているんだよ」
このFさんの荷物、大きなバックは20キロ以上あるんじゃないでしょうか。それにさらに大きなバックがひとつ、紙袋が二つ、全部で40キロくらいあるんじゃないかと言うほどの重さです。この重い荷物をよいしょと持ち上げたくましい足取りでFさんは救急車に乗り込みました。
警察官「あれで腰が痛いんだって、救急隊さんもたいへんですね」
救急隊「…そうですね」
車内収容。
救急隊「どうされましたか?」
傷病者F「腰が痛くってさ、動けないんだよ」
救急隊「…そうですか。Fさんどちらにお住いなんですか?」
傷病者F「ああオレ、ホームレスです。」
救急隊「そうですか。腰が痛いのにこの大きな荷物持てるの?大丈夫なの?」
傷病者F「痛いんだけどさ、オレの全財産だからさ」
救急隊「腰はいつから痛いんですか?どこかで治療はしているんですか?」
傷病者F「そうだなぁ、かれこれ20年になるかなぁ?前いた町の病院で薬貰ってたんだけどねこっちに来たから入院できる病院に連れて行ってもらいたいんだ」
救急隊「(…やれやれ)あのね、Fさんね、まず、救急車は緊急の方を搬送するためにあるの、20年前から痛いんじゃもうず〜〜っとでしょ?緊急じゃないね、それと入院できる病院なんてのはありません。入院治療が必要かどうかは先生が診察して判断することですから」
傷病者F「そうなの?オレが前にいた町じゃ入院できるところに連れていってくれたよ」
救急隊「うん。ここはあなたの前いた町じゃないからね、Fさんいつこっちに来たの?この辺りでかかっている病院はあるの?」
傷病者F「昨日こっちに来たんだ。さっきもD病院ってところに行ってきた。」
救急隊「さっき?救急車でD病院に行ってきたの?」
傷病者F「そうそう。入院できなかったんだ。」
救急隊「あのね、Fさん、D病院で入院治療の必要がないって判断されたんだからどこの病院に行ったって同じだよ。」
傷病者F「オレが腰が痛いんだから仕方ないだろ、入院できるところ探してくれればいいんだよ」
あ〜あ…典型的たちの悪いホームレスだ。
救急隊長「ほら、じゃんじゃん整形で診てくれる所探そう!」
いくら話したって無駄なんだからほらほら!そんな感じで隊長が隊員に下命する。これまでのためいき現場でもお話してきたとおり、ホームレスの場合なかなか病院が決まりません。救急隊は病院を選定し連絡する過程でウソはつけません。これまでの経過を説明すればD病院帰りの患者を診てほしいって言ったって「D病院で大丈夫だって言われている方はうちで診たって同じです」ってまっとうな回答が返ってくる。そこを「どうにかどうにかお願いします。どうにか診てください!」そうやって頼み込むのです。救急のテキストにも研修でも教えてもらえない都心部の救急隊がいつの間にか現場で学ぶやりたくない仕事です。一生懸命救命のための勉強したのにこんなのバカバカしくって…。何件の病院に頼み込んだでしょうか??とりあえず診るは診てあげるけど、救急隊は診察が終わってFが病院を離れるのを確認するまで立ち会うこと、最後まで面倒をみることが条件でした。これもいつものこと。ホームレスを扱うと普通の事案の2,3倍もの活動時間を要してしまう理由がこれです。ともかくどうにか病院が決まった。
病院到着。D病院帰りのFの診察が始まった。
医師「そう、はるばるこちらまで出てきたんですか?この大きな荷物持って?たいへんだったね。ともかくレントゲン撮って調べてみましょうか」
傷病者F「そうしてください。もう腰が痛くってね。入院すれば良くなると思います。」
医師「うん。それは私がレントゲンを見て診察が終わって判断します。」
レントゲンを撮るのか…先生優しいな…。(レントゲン撮影が終わった)
医師「Fさんレントゲンの結果ですけど別に異常はありませんね。それだけ重たい荷物を持てるんだからたいしたものだよ。痛いのなら痛み止めをあげる今日は帰ってくださってけっこうですよ」
傷病者F「先生それは困るよ、入院させてくださいよ」
医師「それはできませんよ、入院治療の必要がないんだから」
傷病者F「ここは冷たい町だな、オレが前いた町なら入院させてくれたのになぁ…」
医師「そう。だったら前の町に帰りなさいよ。なんでこっちになんて来たの?この町にはあなたを入院させる病院なんてないよ」
傷病者F[…本当に冷たい町だ!(怒)」
救急隊員「ねえ、Fさんずっと言っているでしょ?先生が入院しなくても大丈夫だって言ってくださったんだよ、腰は大丈夫なんだって、痛み止めも出してくださるってさ。しっかり診察してもらったんだから迷惑かけないで帰ろうよ、ほら帰ろう、先生ありがとうございました。」
納得のいかないFを半ば引っ張りだして診察室から出した。
看護師「Fさん、今日は救急の診察だから1日分しか出せないけど痛み止めのお薬だすからあちらの受付の前で待ってて」
ブスーっと明らかに不満そうな表情を浮かべたFは別に騒ぐわけでもなく看護師の指示に従い受付の前のソファーに座った。
救急隊長「先生サインお願いします」
医師「はいはい。まったく問題ないよ、D病院でも異常ないんだもの当たり前だよね。たいへんだね救急隊は。」
救急隊長「本当そうなんですよ…、先生診ていただきましてありがとうございました。本当助かりました、もう全然診てくれる病院ないんですよ。また何とぞお願いします。」
医師「私もあまりどうぞとは言いたくないなぁ」
先生の傷病名「腰痛 軽症」医師に引き継いで救急活動は終了、引き揚げなのですが、ホームレスを扱った場合ここからがたいへんです。まあこのFの場合、医師や看護師にからむわけでも暴れるわけでもなかったので大丈夫かと思ったのですが、私のその思惑は見事に裏切られました。
痛み止めの薬を貰ったFは病院の外へ。隊長と機関員は救急車の中へ。ええ〜、最後まで面倒は隊員がみるの…。
救急隊員「さあFさん帰ろう、どこに帰るの?Fさんが救急車を呼んだ○駅はあっち(うちの隊の受持ち区域)だよ。でもここからなら向こうに○駅(他の隊の受持ち区域)ってのがあるからあっちの方が近いしいいんじゃないかな」
ホームレスF「帰るところなんてないよ、どこに帰ればいいんだよ」
救急隊員「知らないよ、それはあなたの自由でしょ。別に誰も強制しませんよ、好きなところへどうぞ」
ホームレスF「この寒い中、腰が痛いって言っているのに入院させないのか?」
救急隊員「先生が診察してそう判断したんだから仕方ないでしょ。なんでもかんでも面倒みてもらえるわけじゃないんですから」
ホームレスF「本当にこの町は冷たいんだな」
救急隊員「そうですかね?お金も払わないで診察してもらえて薬ももらえるんだから充分でしょ、日本は優しい国ですよ(外国だったらのたれ死んでいるよあなた)」
ホームレスF「あんたオレみたいの死ねばいいと思っているだろ」
救急隊員「なんでですか?そんなこと思ってないですよ」
ホームレスF「オレが事故にでも逢えば入院させてくれるんだろ?だったら車にひかれてやるよ!ほらこうすればいいんだろ」
そういうとFは車道に出て横になった。まだ早朝とはいえ大通り、車が何事かとFを避けて走っていく。とはいえ、もちろん本気ではねられる気なんてまったくありません、絶対はねられないであろう微妙な位置で倒れこみました。(あ〜あ最低だなこいつ)でもこれで本当にFがはねられたら運転手さんも私も本当にたまりません。
救急隊員「何やっているの!?Fさん、そんなことしないでよ。ほら!誰も死ねばいいなんて思ってないよ。」
そう言ってFを立たせてまた諭す。
救急隊員「ねえFさん病院の前でこんなことしていたらもう診てくれるところなくなっちゃうよ。今日はまだ帰っていいって言われたからいいんだよ。本当に大きな病気や怪我したときに診てくれる病院がなくなっちゃったら困るのあなたですよ。ちゃんと診察してもらったんだから今日は帰ろうよ。ほら荷物持ってあっちに(他の隊の受持ち区域)帰ろう!」
やっと諦めたFは痛いはずの腰にムチを打ったのか両肩に食い込むほど重いバックを担ぎ両手に紙袋をぶら下げて歩き始めました。
救急隊員「ねえ、Fさん、もう救急車呼ばないでよ、さっき先生が言ったように何度救急車呼んだって同じだよ。入院なんてできませんからね」
ホームレスF「…。ふん、また何度でも呼ぶよ」
救急隊員「…そうですか、どこにいるのもなにをするのもあなたの自由ですけど人に迷惑はかねないようにしてほしいんですけどね」
ホームレスF「あんたもオレみたいになるよ、この年になったら」
救急隊員「(ここまで我慢してきましたがこのひと言にさすがにカチンときました)私は年をとっても自分のことは自分でやって人に迷惑をかけないで済むように今、一生懸命働いているんですよ。あなたみたいにはなりませんよ。」
ホームレスF「ふん…」
そういってとぼとぼとホームレスFは去っていきました。
救急車内。ホームレスFを病院周辺から離すために20分くらいかかったでしょうか。
救急隊長「お疲れさん」
救急隊員「たいへんでしたよ…。道に倒れこむし帰らないし、最後にまた救急車を呼ぶって捨て台詞はいていきましたよ」
救急隊長「司令室に報告してもう救急車出さないように言っておこう」
本部に報告してやっと帰路につきました。2時間以上かかった事案でした。この間に救急車が本当に必要な方は救急車が使えません。
あんたもオレみたいになるよ。なるもんかよ!世の中のほとんどの人がそんな風にならないために歯を食いしばって働いているんじゃないか。なのに働く気もない、なにかあれば世の中が悪い。そんな人たちが大腕を振っている。Fみたいな人でも働かなくても病院に行けるし診察もしてもらえる。やっぱり日本って優しい国ですよね。彼らの診察代も薬だいも歯を食いしばって働いているほとんどの人たちが払っているんだけどね…。どっちが得なのかどっちが賢いのか…救急隊をやっているとふとそんなことも考えてしまいます。
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