救急救命士のため息現場 case24
いいなぁプラズマテレビ
救急隊員をやっていると人の生活の場に入っていく機会がいたいへん多い。普段の生活では知りえないこと、また人には知られたくないことを知りえることもあります。誰にもプライバシーがあって、人に知られたくないことはあるものです。それは守られていて、だからこそ社会に知られていないこともあります。もちろん私たち救急隊も守秘義務があって、知りえたことを外でしゃべったりすることはありません。今回のお話は私が救急隊員になりたての頃、救急隊員だからこそ知りえる事案にぶつかった時のものです。これで良いのか悪いのか?みなさんはどうお考えになるでしょうか?
「救急出場、子どもは発熱で動けない模様」との指令に私たち救急隊は出場しました。
現場到着。現場は公営住宅の一室でした。この公営住宅はけっこう年季の入った建物で、お世辞にもキレイな住宅とは言い難い建物でした。玄関先に30代であろう母親が出てきて、私たちを傷病者のいる部屋まで案内しました。玄関に入ると部屋の中はすごくキレイに整頓されていて、とてもしっかりした生活をしている印象でした。
Sちゃんの母親「こちらの部屋です。お願いします。」
傷病者接触。傷病者は小学生の女の子でSちゃん、39度を超える発熱でぐったりしていました。リビングにひかれた布団に横になっていました。このリビングも掃除が行き届いており、大型のプラズマテレビがど〜んと置いてあって、少なくとも私などよりはいい生活をしている方のお宅という印象でした。
救急隊「大丈夫かな?熱があるの?」
Sちゃん「はい、咳もでます、ゴホ…」
熱と咳で辛そうではありましたが、意識もはっきりしている状態でした。
Sちゃんの母親「昨日も病院に行ってきたんですけど今日になっても熱が下がらないし動けないなんて言うので119番したんです。」
救急隊「そうですか、分かりました。お母さん保険証持って戸締りしてひとまず救急車に行きましょう」
母親「はい。でもうちは生活保護ですから保険証は…」
救急隊「そうですか、それならけっこうです。病院で診てもらえるよう準備して出かけましょう。Sちゃんは私が抱っこしてお連れしますから、先に救急車に行っていますよ」
このお宅はSちゃんと母親のふたり暮らしで生活保護を受けて暮らしている方たちでした。私たちはひとまずSちゃんを救急車に連れて行き病院に連絡することとしました。それにしてもこれだけしっかりした生活をしていてプラズマテレビまで置いてあって生活保護を受けているのか…。
車内収容、血圧等のバイタルを測定して、救急隊は病院に連絡、病院はすぐに決まりました。いつでも出発できる準備はできている救急隊、あとは母親です。
救急隊長「お母さん何やっているのかな?」
救急隊員「本当ですよね、もう病院も決まったっていうのに…」
病院が決まってから2,3分待ったでしょうか、母親が公営住宅の入り口から出てきました。携帯電話を片手に誰かと話しています。救急車に向かって歩いて来る母親に隊員が声をかけます。
救急隊員「お母さん、病院決まりましたよ!あとは出発するだけです。急いでください。」
母親「はい、すみません。だから私だけじゃなんかあったときに困るじゃない!とにかく早くあなたも来てよ、今、救急車家の前に停まってるから早く!」
まだ誰かとしゃべっています。救急車のリアを開けた。
母親「とにかく来てよ!Sのことあなたも心配しょ」
まだ携帯電話でしゃべっている。
救急隊員「お母さん!出発しますよ、急いでください!」
母親「とにかく来てね!待ってるから」
そういうと電話を切った。母親を救急車に乗せてさあ出発
母親「あの!もうちょっと待ってもらえますか」
救急隊長「待つ?」
母親「この子の父親が今こっちに向かっているんです。もう来ると思いますからちょっと待ってください」
救急隊長「あのね、お母さん、救急車は緊急車両なんですよ。もう病院も決まりました。」
母親「もうすぐです。あっちの棟に住んでるんです。すぐに来ますから」
出発したい救急隊に母親が「待ってくれ!待ってくれ!もうちょっと」を連呼、結局さらに5分くらい待つハメになりました。こちらに向かって走ってきたのは30代後半か40代前半くらいの男性、同じ公営住宅の別棟に暮らしているSちゃんの父親でした。結局、Sちゃんの母親と父親に同乗してもらいやっと現場出発。
病院への搬送途上。
救急隊長「同乗していただいたお父さんとお母さんのお名前を教えてください」
父親「え…はい。私はこの子の父親で○といいます。」
救急隊長「はい、分かりました」
Sちゃんとお母さんとは違う姓です。
母親「あの…私たちは離婚していますんで夫婦じゃありませんから」
救急隊長「はい、分かりました」
救急車内でも病院についてからもなんかコソコソしている元・夫婦でした。Sちゃんは結局、ただの風邪が悪化しただけだろうということで軽症、点滴等の治療も行うことなく帰っていいという診断が下りました。
帰署途上の救急車内。
救急隊員「なんかコソコソしている夫婦でしたね、なんか都合の悪いことでもあったんですかね?離婚した夫婦で同じ公営住宅のしかもすぐそばの棟に暮らすなんてなんか不自然でしたもんね。」
救急機関員「あれれ?お前分からなかったの?」
救急隊長「まだまだ救急隊員になったばっかりだもんな、あれはね、恐らく偽装離婚なんだよ」
救急隊員「偽装離婚??」
救急機関員「だからさ、実質夫婦の関係は継続しているってことだよ、籍だけ抜いて離婚しているってこと」
救急隊員「なんでそんなことするんですか?」
救急機関員「オレも詳しいことは知らないけど、生活保護っていうのは各世帯に支給されるんだよ、だからあの旦那に稼ぎがある場合はあの母親が受けている生活保護は受けられなくなっちゃうんだよ」
救急隊長「あの旦那も生活保護を受けているんだってさ」
救急機関員「じゃあ旦那と奥さんで離婚して二つの世帯、生活保護をダブルで取るんだよ、結婚していたら1つの世帯になっちゃうから」
救急隊員「そんなこと許されるんですか!?」
救急機関員「許されないからコソコソしてたんじゃないかよ」
救急隊員「だって、家にプラズマテレビかなんかありましたよ!」
救急機関員「あったよなぁ〜!あのでかいヤツ、あれ高いよな〜!生活保護ダブル取りなら買えるんだろうさ、お前なんかよりよっぽど貰ってるよ」
救急隊員「…そうなんですか。くぅぅ、プラズマテレビほしいなぁ〜、今度のボーナスで!…オレのボーナスじゃとても届かないや…。」
救急機関員「だろうなぁ、救急隊員やっていると世の中の不条理にいっぱい出会うんだぜ!でもさ、それが世の中なんだよなぁ」
この手のケース、救急隊員ならたまに出会うケースで、このご夫婦にこういった意思があるのか、それとも別の事情があるのかは分かりませんが、偽装離婚して生活保護を貰っている、またはダブルで貰っているなんて家庭は間違いなく存在します。バレてしまえば生活保護を取り消されてしまうかもしれない、だからコソコソするのです。救急隊員にならなきゃそんな事情のある人が世の中にいるなんて夢にも思わなかったことでしょう。世の中には働きたくても働けず生活保護を受ける方もいれば、働けないふりをして生活保護を貰う方もいるのです。
はあぁいいなぁプラズマテレビ、うちのテレビなんてNHK、めちゃめちゃノイズがはしっているのに…。
|