救急救命士のため息現場 case25
とっとと運べよこの野郎〜
このため息現場と切っても切れない救急隊にため息をつかせてくれる困った人たち、酔っ払い。酩酊状態で「おぇ〜ゲェ〜…すみません…おぇぇ〜」って言っている人もたいへんなんですけど、一番困っちゃうのが元気ね酔っ払いです。酔っ払うとずいぶん気が大きくなって好戦的になっちゃう人っていますよね?みなさんもそういう人に1度や2度困らされたことがあることでしょう。救急隊はこの手の人たちに手を焼き、中には殴られそうになったり、下手すりゃ殴られちゃうなんてこともあります。今日はこの手の困った酔っ払いを扱った時のお話です。
「救急出場、タクシーと歩行者の交通事故、怪我人が1名いる模様、要請は警察官から」との指令に私たち救急隊は出場しました。もう終電も終わって大分経つ時間、深夜の3時を回っていました。眠たい目をこすってこすって私たち救急隊は消防署を飛び出しました。
現場到着。こんな時間だって言うのに街は人で溢れています。ここは繁華街の真っ只中で、ネオンが街を照らしている。どこの店も開いていて酔っ払いたちがあちこち千鳥足でふらふらしています。こういう繁華街に出場する時には酔っ払いから受けるトラブルを回避するためにも警察官のいるところに救急車を停車します。今日もパトカーのすぐそばに停車しました。現場にはすでに警察官が到着しており何やら男性と口論をしていました。普通の交通事故とはとても思えない警察官の数、20人近くいたんじゃないでしょうか。
男性G「だから俺たちが被害者だろうがこの野郎〜!跳ねたヤツを探すのがお前たちの仕事だろうこの野郎っ〜!」
中年の男性が警察官に食ってかかっている。(嫌だなぁ、アレに巻き込まれたくないなぁ…)
救急隊「救急隊です、到着しました、患者さんはどちらにいますか?」
警察官「お待ちしていました。こちらの方が車に跳ねられたと言うことです」
男性G「やっと救急車が来たじゃねえかこの野郎、怪我人の手当てが先だろうがこの野郎〜!」
警察官「そうですね、ほらだから救急隊に来てもらったんですよ、さあ病院に行きましょう!捜査も大事だけど怪我の方がもっと大事ですもんね。」
救急隊「(この人が怪我人なの?嫌だなぁ…、警察官相手にこの野郎を連呼できるくらい元気じゃないか…)
救急隊「怪我したのはあなたですか?ここでは何ですから救急車の中で詳しいお話を聞かせてください。」
男性G「オレじゃねえよ、この人だよ、怪我したのは、ほら、救急車来ましたよ、行きましょう!」
そう男性Gが声をかけたのはすぐそばで座ってこっくりこっくりしているやっぱり中年の男性Kさん。
傷者K「ん?え…ああ救急車来たの…」
ムクリと立ち上がったKさんはさんは歩行可能、臀部、おしりの痛みを訴えていました。
車内収容。傷者Kさんは自力歩行で救急車に乗り込みました。続いてGさんも救急車に乗り込む。KさんとGさんは同じ職場で大騒ぎしていたGさんは傷者Kさんの部下にあたるそうです。なんでもGさんとKさんとで一晩中、散々飲んでとっくに終電も終わって、さあ帰ろうとタクシーに乗ろうと思ったら、何やらタクシーの運転手さんと口論となったそうなのです。私の推測ですが、このGさんがきっと運転手さんに何やら言ったんじゃないかと思います。タクシーの運転手さんは乗車拒否、ドアをバタンと閉めて走り去ろうとしたようなのです。それを「待てよこの野郎!」とふたりで捕まえようとしたみたいです。タクシーを人間が止められるはずもなく、Kさんがドスンとしりもちをついたみたいです。跳ねられたというよりもタクシーに逃げられてしりもちをついたって言うのが真実のようです。酔っ払いの二人はこのタクシーに激怒し110番して「ひき逃げにあった」と言ったようです。だから普通の交通事故ではあり得ない20人近くもの警察官が現場にいたのです。
救急隊「そうですか、それでは痛いところはおしりですね。他に痛いところはありませんか?」
傷者K「手を突いた時にちょっと手をすりむいたけどこれはかすり傷だな。とにかくケツが痛いんだ。」
救急隊「この辺ですね」
傷者Kの痛い部分、おしりのところを触って観察する。変形などはない。
傷者K「いててててて、そうそう、いてて、ソコが痛いんだ。」
救急隊「分かりました。」
部下G「おい!ちゃんと診ろよこの野郎〜!そんなんで何が分かるんだよこの野郎っ〜!」
部下のGさんがまた騒ぎ始めた。(嫌だなぁ…)
救急隊「そうですね、でもおしりだからな…。Kさんもっとよく見せてもらってもいいですか?」
傷者K「はいはい、分かったよ!」
そういうとKはズボンを脱いだ。さらにパンツまで脱ごうとする。
救急隊「そこまででけっこうですよ!パンツまで脱がなくても分かりますから大丈夫ですよ!」
これだから酔っ払いは嫌なんだよ…。Kさんのおしりには打撲痕、ちょっと紫色になっているだけ、かすり傷です。
救急隊「分かりました。もうけっこうです、ズボンをあげていただいていいですよ」
部下G「はじめからそうすればいいんだよこの野郎!」
救急隊「それではKさん、血圧を測らせていただきますからね」
傷者K「はい。」
救急隊「それでは腕を失礼しますね」
部下G「…なんで血圧なんだよこの野郎〜!そんなのどうでもいいじゃねえかよこの野郎〜!早く病院に行けよこの野郎〜!とっとと運べよこの野郎〜!」
傷者のKさんは大人しいというよりもう眠たくてわずらわしいという感じなのですが、この部下のGさんが元気で元気でとにかく好戦的なのです。何をやっても気に入らない、なんでもいいからからみたい、そんな感じです。何を言っても最後に「この野郎」が付きます。
救急隊「血圧も脈拍も測らないで病院に連絡できませんからね、だから測っているんですよ」
部下G「そんなのどうでもいいだろこの野郎!とっとと病院に運ぶのがお前らの仕事だろうこの野郎!」
救急隊「ちょっとGさん、Kさんは怪我していて具合いが悪いんですから少し静かにしていただけませんか」
こういうときには「患者さんのために静かにしてくれ」といいます。あくまで救急隊は傷者の見方、傷者のためにのスタンスで注意します。これなら角も立たずGさんも…
部下G「血圧なんていいから早く病院に行けよこの野郎〜!」
全然分からないやこの人…。部下Gから罵声を浴び続けながらも測るべきバイタルを測定した。救急車のサイドドアが開いて若い警察官がムクリと顔を出した。
若い警察官「それじゃKさん、Gさん、先に病院に行って下さい。治療が終わったら警察署に来て下さい。詳しいお話はその時に」
くそう。おまわりさん、救急隊に厄介払いをさせようってんだな…。
部下G「なんだとこの野郎〜!俺たちは被害者なんだぞこの野郎〜!あのタクシーの運転手をとっ捕まえるのがお前たちの仕事だろうがこの野郎〜!」
そう言うとKさん、私たち救急隊の前をずんずん通って部下Gさんは救急車のサイドドアから外へ。またも警察官にからみはじめた。よしよし、今のうちに救急隊は仕事を進めようじゃないか。
病院選定。とはいうものの、病院が決まらない。傷者Kはとにかく酔っ払っていて、それだけで病院がなかなか決まらない。さらに電話しているのは救急車内だっていうのに、外で騒いでいる部下Kの声が響いている。
看護師「ねえ、救急隊さん、なんか騒いでいるの患者さんなの?」
救急隊「いえ、あの…、患者さんのお連れの方です。」
看護師「…そう、患者さんは騒いでないの?」
救急隊「ええ、今は眠そうにしています。騒いでいませんよ。」
看護師「ちょっとお待ちくださいね …今、先生に診られるか確認したんですけどね、病棟で急変があったんですって他の病院を当たってください。」
救急隊「…そうですか」
そんなにタイミングよく急変になるものかね…。外では「この野郎〜!俺たちは被害者だぞこの野郎〜!」この声聞いたら診たくないよなぁ…。5件6件断られ病院選定に15分ほどかかったでしょうか。やっと病院が決まりました。もうこの時には傷者Kさんは救急車の後部座席でぐっすり眠っていました。で、今だ外では部下のKさんが警察官にからんでいる。
救急隊員「隊長、あの人(部下K)乗せない方がいいですよね」
救急隊長「もちろん。このまま警察官に行き先だけそっと伝えてさっさと行っちまおう」
救急隊員「了解」
救急車のドアを開けて若い警察官にそ〜っと伝える。
救急隊員「おまわりさん病院決まりまいた。○病院に行きますから」
若い警察官「分かりました」
救急隊員「救急隊はこのまま患者さんだけ乗せて出発しますからね」
若い警察官「えぇ!あの方(部下K)同乗させてもらえません?」
救急隊員「…それはちょっと。あんな風に大騒ぎしているし、病院は具合の悪い方がいるところですから、怪我はKさんしかしていませんしね。」
若い警察官「…どうにか連れてってもらえませんか」
救急隊員「困りますよ、おまわりさんもGさんから詳しい話聞かなくちゃいけないでしょ」
救急隊員と若い警察官が厄介者をなすりつけあっていると、部下Gからまさに絡まれているベテランの警察官がこれに気づいてしまった…。
ベテラン警察官「おっ!病院が決まったみたいですよKさん、病院一緒に行くよね?」
部下G「病院?行くに決まっているだろうがこの野郎〜!」
救急隊員(えぇぇぇぇぇ〜…本当かよ…)
ベテラン警察官「それじゃほらほら救急車に乗ってほら!捜査も大事だけど一番大事なのは怪我の治療だよほら」
救急隊員「G、Gさん、お怪我しているのはKさんですから同乗していただかなくても大丈夫ですよ。ほら、私たちは責任持ってKさんを病院にお連れしますからGさんはおまわりさんの捜査に協力してあげたらいかがですか?」
ベテラン警察官「大丈夫!大丈夫!捜査は私が責任持ってするから!まずは怪我の治療だよGさん、なにかあったらたいへんだよ!」
そんなことを言いながらベテラン警察官は部下Gの背中を押して救急車に同乗させた。
ベテラン警察官「それじゃお願いします!Gさん、捜査は私がしますから、治療が終わったら警察署まで来てね、とにかく今は怪我の治療を最優先にしよう!」
救急隊員よりもこのベテラン警察官の方が1枚も2枚も上手です…。部下Gが同乗することとなってしまいました。救急隊長が恨めしそうに救急隊員を見る。すみません…。
現場出発。近くの病院から電話し5件も6件も断られたのです。病院までは10分以上の道のりがあります。搬送途上もGさんはたいへん元気で救急隊をののしり続けました。
部下G「なんだって出発するまでこんなにかかるんだよこの野郎」
救急隊長「病院が決まらないと救急車も出発できないんですよ」
部下G「病院に早く運ぶのが救急隊の仕事だろ?とっとと運べばいいだろこの野郎〜!」
救急隊長「先生が手術してたら診てもらえないでしょ?診てくれる病院を探してから救急隊は搬送するんですよ。」
部下G「救急隊には病院に診させる権利はないの?病院に許可取らないといけないの?だったら救急車の意味ねえじゃねえかこの野郎!」
救急隊長「Gさんの言うように連絡しないで搬送できれば救急隊もいいんですけどね、そうはいかないんですよ」
部下G「だったら重症の患者どうするんだよこの野郎〜!Kさんが死んじゃったらどうするんだよこの野郎!今は酒が入っているから痛くないかもしれないけど、酒が抜けたらすげえ痛いかもしれねえだろこの野郎〜!」
救急隊長「…そうですね〜」
部下G「そうですねじゃねえよこの野郎〜〜!」
救急隊長も本当にたいへんです。部下Gがこれだけ大騒ぎし続けている中、怪我をしているKさんはぐっすり、救急車の後部座席で気持ちよさそうにグ〜グ〜いびきをかいています。
病院到着。心配していたのはこの部下のGさん、病院に行ってからも騒ぐんじゃないかってこと。騒がれると病院から「救急隊が連れてきたんだから面倒見てくださいとか」とか言われちゃうのです。きっと病院でも騒ぐんだろうなぁ…。
レントゲン技師「それではKさん、レントゲンを撮りますからこちらに来て下さい」
傷者K「はい」
傷者のKさんはレントゲンの検査やら診察やらと別室に行ってしまいました。待合室にひとりになったGは、大人しくベンチに座っている。またいつ騒ぎ始めてもここは病院だからとなだめるように救急隊長と救急隊員で病院待合室に待機。10分、15分、 なかなか診察室から出てこないKさん、嫌だなぁ、また「なんだってこんなに時間がかかるんだこの野郎〜!」とか言ってGさん騒ぎ始めないだろうな…。なんて思っていると、Gが私たちの下へスタスタと向かってきた。
部下G「…あのぉ〜救急隊さん、診察が終わったら警察署に行くんですよね?警察署に電話してから行った方がいいですよね?」
(へ…どうしちゃったの?)
救急隊長「そうですね、さっきのおまわりさん(救急隊員を手玉に取ったベテラン警察官)に連絡した方がいいと思いますよ」
部下G「…あのう申し訳ないんですけど、警察署の電話番号教えてもらいたいのですが。それとさっきの警察の方の名前も教えてください。」
救急隊長「ええ、いいですよ。ちょっと待っててくださいね」
部下G「すみません。お願いします。」
すっかり大人しい人に豹変したG…。なんなんでしょうかこの人…。
帰署途上。
救急隊員「なんだったんですかね?あの人?」
救急隊員「病院に着くまで大騒ぎしてたんだけどな」
救急機関員「暴走族もひとりにしたら大人しいもんじゃない、それと一緒だよ、ひとりになって心細くなったんじゃないの。その程度のヤツだったんだって」
救急隊長「そうなんだろうなぁ。それにしてもあのおまわりさんにやられちゃったよな、まだまだ経験が足りないなぁ」
救急隊員「すみません…。完璧にあのベテランのおまわりさんにやられちゃいました」
酔いが抜ければ大人しい人なんでしょうね。この調子で警察署に行ってもGさんはきっと警察官相手に間違っても「この野郎」なんて言わないだろうし、警察署っていう警察官の本拠地に乗り込んでいきがる根性なんてこの人にはないでしょう。結局、酔っ払ってテンション高まって、さらに上司の手前いきがっていただけなのです。上手いことやったのはベテランのおまわりさん。治療が終わって大人しくなったこの二人が警察署にやってきたところでゆっくり事情を聞けばいい。でもこの程度の怪我だしひき逃げとはとても言えない内容、むしろこの二人が「おまわりさん、ご迷惑おかけしました。私たちが酔っ払って転んだだけですから捜査とか大げさにしないでけっこうです」なんて言うことになると思います。KさんもGさんもスーツを着た見た目はまっとうな社会人です。お勤めしている方なら面倒な事件になんてしませんよねきっと。泣いたのは私たち救急隊…。とっとと運べよこの野郎、あ〜あGさんが騒いでくれなければとっとと運べたかもしれないのにな…。
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