救急救命士たちのため息現場 case29
大丈夫、オレ生活保護だから
消防署の夕食は相当に早い時間に摂ることが多いです。消防署によって多少の違いはありますが、日夕点検(これも消防署によって時間は違いますがだいたい18時とか18時30分)前、17時くらいから食べ初めて17時30分には大体誰もが済ませています。これは昔、釜で米を炊いていたような時代、当然夕食の準備に火を使うわけで夕食の支度時間には火災が多かったのです。これから起こるであろう火災に備えて消防官たちは早めに食事を摂るのです。と言っても今は炊飯ジャーで米を炊く時代です。今は夕食の準備時間に火災の発生が多いなんてことはなくなってきましたが、この名残で未だに消防署では17時には夕食を摂っています。ちょうど夕食にしようかって時間、ですから17時頃の出場要請でした。「救急出場、○丁○通りの歩道、男性は転倒し受傷したもの、公衆電話より本人からの要請」との指令に私たち救急隊は出場しました。公衆電話からか、またホームレスだろうか…?
現場到着。歩道には座り込んでいる男性の姿がありました。
救急隊長「あの人だろ?別に出血なんてなさそうだよな」
救急隊員「そうですよね、キレイな服装だしホームレスってこともなさそうですね」
傷病者接触。
救急隊員「こんにちは、救急車を要請されたのはあなたですね?」
傷病者H「そうそうオレ、あっちで転んじゃってさ、腰が痛くなっちゃったんだよ。ここの公衆電話まではどうにか来たんだけどもう歩けないよ」
傷病者Hは40代の男性でHさん、腰部の痛みを訴えているものの変形や出血がある訳ではありませんでした。
救急隊員「Hさん私が肩を貸しますから私の補助で救急車に乗り込むことができますか?」
傷病者H「大丈夫、肩借りなくたって乗れるって」
Hさんは腰が痛そうにはしているもののしっかりした足取りで救急車に乗り込みました。
車内収容。
半座位にしたストレッチャーに横たわったHさん、私たち救急隊はバイタルサインのチェックなどなどの観察処置を行いました。別に異常はないが強いアルコールの臭いが。
救急隊長「Hさん、では転倒しちゃって腰を打ったんだね?他は痛くないね?」
傷病者H「ええ、腰だけ、とにかく腰が痛くってさ」
救急隊長「分かりました。ところでずいぶんとお酒臭いね、まだ昼間だっていうのにもう飲んじゃったの?」
傷病者H「ええ、すみませんね〜、ちょっと勝っちゃってさ、昼に祝杯あげちゃったんだよ〜!」
救急隊長「何?競馬で?」
傷病者H「そうそう、今日の午前のレースでさ、ズバリきたんだよなぁ〜ハハハ!嬉しくなっちゃってよぉ、昼に思わず飲んじゃったんだよ」
運転席にいた機関員がムクリと顔を出した。
機関員「お父さん、あれかい?今日の2レースじゃないのかい?」
傷病者H「そうそう!あれあれ!いい配当だったんだよ〜!はははっ!」
機関員「あのレースとった!?やるなぁ〜!オレ全然だめだったよ」
傷病者H「そうだろうよぉ、あれはなかなかとれないよ〜ハハハァ〜!」
救急隊長「だからHさんこんなにご機嫌なんだね、じゃあさっきまであっちの場外馬券場で競馬やってたの?」
傷病者H「そうそう、競馬の帰りに転んじゃってよ」
機関員「お父さん、いい事ばっかりじゃないね!?」
傷病者H「まったくだよ〜ハハハハハハァ〜!」
救急隊長・機関員「あはははははは」
ちぇっ、和やかにやりやがって。まあ暴力や暴言を吐く酔っ払いよりよっぽどいいけどさ…。和気藹々としている傷病者、隊長、機関員を尻目に救急隊員は病院への連絡をしていました。
病院連絡。
救急隊員「…という患者さんです。いかがでしょうか?」
看護師「診察は可能ですが腰が痛くて歩けないって言っているんでしょ?もし入院になったら個室しかないわ、差額ベッド代が出ちゃうお部屋になっちゃうんだけど患者さんそれで大丈夫かしら?」
救急隊員「そうですか、ご本人に確認をとりますので少しお待ちください」
傷病者H「でもさ、あのレースとったのはいいけど午後のレースが全然だめでよ、6レースから…」
救急隊員「ちょっとHさん、お話の途中で悪いんですけどね、もし入院になったら差額の部屋しかないんですって、それでもいいですか?今日のレースとったし大丈夫ですよね?」
傷病者H「ああ、ダメダメ!オレ金持ってないよ!」
救急隊員「えっ!?お金持ってないんですか?」
救急隊長「何でよ?Hさん今日のレースで勝ったから祝杯あげていたんでしょ?」
傷病者H「だから午後のレースでみんなすっちゃったんだよ」
救急隊長「すっちゃった…」
傷病者H「大丈夫!大丈夫!オレ生活保護受けているからさ、医療費かからないからOK!ははは」
救急隊員「Hさん、生活保護を受けている方の医療費も差額ベッド代までは出ないんですよ。お金ないんじゃ差額ベッド代払えないですよね…?」
救急隊長「無理だよ、他の病院当たろう」
救急隊員「看護師さん、差額ベッド代は難しいみたいですから他の病院当たってみます」
看護師「分かりました」
救急隊長「Hさん生活保護受けているんですか?競馬なんてやっていて大丈夫なの?すごく元気そうだけど何で生活保護なの?」
傷病者H「肝臓も腎臓も悪くてさ、働けないんだよね」
救急隊長「肝臓も腎臓も悪いんじゃお酒なんて飲んじゃダメじゃない!お医者さんにダメって言われているでしょ?」
傷病者H「そうなんだけどよ、これが止められないんだよなぁ〜はははっ!」
救急隊員3人(やれやれやれ…)
仕方がないので一応男性のベッドがあり整形外科で診察可能な病院を再び探しました。病院はすぐに決まり、結局Hさんは入院の必要はなしと診察のみで帰ることとなりました。「腰部打撲 軽症」
帰署途上。
救急隊員「競馬や酒に使うお金はあっても自分でした怪我の治療代は払えないって言うんですから困ったものですね」
救急隊長「それがさ、あの人金持ってたんだよ。病院で受付するときに医療権かなんか見せるって言うんで財布だしたんだけどさ、7,8千円ちゃんと入っているんだよ」
救急機関員「そりゃまた今夜も飲まなくちゃいけないんだろうからいくら競馬ですっちゃったっていくらかは持ってますよ。いいよなぁ、生活保護で金貰って、それで酒飲んで競馬して遊び歩いてるんだろ〜まったく羨ましいよな〜」
救急隊員「あの人肝臓も腎臓も治っちゃ困るんでしょうね?」
救急機関員「そりゃそうだよ〜!生活保護受ける理由がなくなっちゃうじゃない」
救急隊長「この仕事やっているといつものことだけど、人間って楽を覚えてそっちへどんどん流れていくともうがんばることってできなくなるんだよな」
はぁぁ…、私は一生懸命働いているのですがHさんから見たら「何一生懸命働いてるの?バッカみてえ」って感じなのかな…。
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