救急救命士たちのため息現場 case30
ちょ~恥ずかしぃ~!
救急車を要請する人にはいろいろな方がいます。傷病者自身が要請する場合もありますし、本人は要請できるような状態じゃないからと家族が要請する場合、見ず知らずの人なんだけど道に倒れているからと要請する人、世の中にはいろんな人がいていろんな考え方があります。「これは救急車じゃなくちゃダメだ」と感じる人も100人いれば100通りの考え方があるのですね。今回のお話は私たち救急隊はもちろんのこと、それはいつものことですが、周りの人もきっとみ~んな「なんで救急車なの?」、そして傷病者本人もそう思っていた事案のお話です。
「救急出場、○デパートに急病人、19歳の女性は発熱」との指令に私たち救急隊は出場しました。
出場途上。救急車内から通報電話番号に連絡を入れました。
救急隊員「もしもし、そちらに向かっている救急隊の者です」
デパート警備室「どうもお世話になります。当デパートの従業員が発熱で動けないとのことで要請しました。デパート裏の荷物搬入路に警備員の案内がありますのでお願いします。」
救急隊員「分かりました。患者さんの様子は分かりませんか?」
デパート警備室「申し訳ありません、私は連絡するよう言われただけなので分かりません。ただ話とかは普通にできるようです。」
救急隊員「分かりました。もう少しで到着できますからね。」
デパートの従業員で発熱か…。発熱している中、無理して出勤して動けなくなっちゃったのかな?若い女性だし婦人科系の疾患もあるのかな?詳しい状況が分からないだけにいろいろ考えます。
現場到着。デパートの荷物搬入路に手を振る警備員、案内のままに救急車を停車しました。
救急隊員「どうも誘導ありがとうございます」
警備員「どうもお疲れ様です」
救急隊員「救急車のこのベッド(メインストレッチャー)で患者さんのところまで行けますよね?」
警備員「はい、大丈夫です」
救急隊員「分かりました。患者さんのところまで案内お願いします」
警備員「はい!…ん?はい?もう一度どうぞ!」
何やら無線交信をやっています。
警備員「こちらに向かっている?こちらに来るんですか?どうぞ」
救急隊員(こちらに来る?)
そうこうしている間にデパートの従業員通用口から若い女性と中年の男性と女性、さらに他の警備員が出てきた。
他の警備員「あ!どうもお疲れ様です。こちらの方です、お願いします。」
救急隊員(へ?)
若い女性「もうやだぁ~!なんで救急車なのぉ~もう、ちょ~恥ずかしぃ~」
中年の女性「何言っているの!何かあったらどうするの!あなたはぁ~!」
今時のギャルって感じの派手目の若い女の子とそれを何やら叱っている女性…、ああその子ですか…。
救急隊長「こんにちは、救急隊です。患者さんはそちらですか?」
若い女性「あは、そうです…、もぅ~ちょ~恥ずかしい~」
中年の女性「あなたはいつまでそんなこと言っているの!この子です、お願いします、ほら早く救急車に乗りなさい!」
救急隊員「ご自分で救急車に乗れますよね?」
救急車のリアドアを開けた。ひょいと乗り込む女の子とそれに続く中年の女性。
救急隊員「ドア閉めますよ、気をつけてくださいね」
バタン。やれやれ…と。
車内収容。傷病者の若い女の子はAさん、デパートの従業員で19歳、アパレル系って言うんですかね?若い女性相手の服を販売するお店の店員さんだそうで、朝から微熱があったものの無理して出勤したものの、ダルくて仕事にならず、デパートの救護室で休んでいたそうです。同乗した中年の女性はAさんのお母さんでした。
救急隊長「…そう、それはたいへんでしたね。やっぱり休めないの?」
Aさん「人がいなくて休めないんです」
救急隊長「そうだよね、おじさんたち救急隊もさ、代わりがいないから風邪ひいても休めないんだよ」
Aさん「そうなんですか、お互いたいへんですねぇ~」
救急隊長「そうなんだよね~」
救急隊員(隊長、またほのぼのやってるよ…)
Aさん「あっ!鳴りました体温計」
救急隊員「そうですか、それではこちらにください」
…37.2℃。はぁぁ…。
お母さん「何度なんですか?」
救急隊員「37.2℃です」
お母さん「あら、たいした熱じゃないのね」
Aさん「だからぁ~たいしたことないって言ったじゃない!なんで救急車の?もう本当ちょ~はずかしいから」
救急隊員(お嬢さん、もうそれいいから…)
もちろん血圧、脈拍等その他のバイタルも正常です。病院に連絡を入れると一番近い病院がすぐに診てくれる事となりました。
救急隊長「それではお母さんね、ここからすぐそばの○病院に行きますから」
お母さん「それってすぐそばですか?主人が来てるんで分かるかしら?」
救急隊長「さっきいっしょにいらしたのがご主人ですか?ここから数百メートルですよ、歩いても5分くらいで着く距離です」
お母さん「主人は車で後で来るから主人にも病院教えてもらえないですか?」
救急隊長「いいですよ、ご主人はどちらにいるんですか?」
お母さん「ほら、あの車です」
救急車のすぐ前に停車している車にご主人、Aさんのお父さんが乗っていると言います。
救急隊長「んじゃさ、お父さんに病院教えてきてあげて」
救急隊員「はい、了解」
救急車を降りた救急隊員、あれ?そう言えばAさんは仕事中に気分が悪くなって休んでいたって言っていたよな?なんでここに母親が??救急車の前に止まっているAさんのお父さんに病院の名前と場所を教えた。道を教えるのも簡単です。
救急隊員「ほら、ひとつ先の信号、○交差点を右に曲がって少し走れば病院です」
お父さん「ああそうですか、分かりました」
なんてたって歩いても5分ですから。さて、救急車に乗り込んで現場出発しよう。
警備員「病院決まりましたか?」
救急隊員「ええ、○病院に行きますよ」
警備員「分かりました、よろしくお願いします。」
救急隊員「あの、ところでAさんお仕事中に気分が悪くなったんですよね?ご両親が何でここにいるんですか?」
警備員「それがですね…。Aさんがご気分が悪いと言うので今日はお仕事を早退することになったんですね、家に連絡したらご両親が迎えに来るってことで救護室で休んでいたんですけど、お母さんが迎えに来たと思ったら救急車じゃなくちゃダメだって始まっちゃって…すみません。」
救急隊員「いえ…警備員さんが悪いことなんて何もありませんよ」
そういうことだったのか…。Aさんのお宅はここから電車で40分ほどのところにあります。気分が悪くなって、早退することになって、家に電話して、そうしたらご両親が迎えに来ることになって、ご両親は出かける支度をして、40分以上の道のりを車で迎えに来て、で救急要請…。どこに緊急性があるのでしょうか???
警備員「それではお願いします、本当すみません」
救急隊員「いえ、それでは出発しますからね」
現場出発、2分で病院到着。
看護師「救急隊さん、まだ外来の時間だからそちらで診ます、2番診察室にお願いできますか?」
救急隊長「はい」
まだ午後の外来が始まったばかりの時間です。病院の待合室を抜けてAさんを乗せたストレッチャーは進みます。この待合室で順番を待っている方の中には明らかにAさんよりもずっと具合の悪いであろう人がたくさんいました。ガラガラ、2番診察室のドアを開けます。
救急隊長「救急隊です、先生、お願いします、Aさんです」
医師「こんにちは…動けない…ってことはなさそうだね、この椅子に座ろうか」
Aさん「はい、全然座れます、お母さんが救急車じゃなくちゃダメだって言うから、私ちょ~恥ずかしかったです」
医師「…そうですか」
救急隊員「それでは失礼します」
Aさんとお母さん「ありがとうございました」
救急隊員「いえ、お大事にしてくださいね」
救急隊員はストレッチャーを引いて診察室を出ました。待合室には具合の悪そうな患者さんが溢れています。すみませんね…。ってなんで私が申し訳ない気持ちにならなくちゃいけないのでしょうか?
帰署途上。
救急機関員「あの子どこが具合い悪かったの?」
救急隊員「さあ?」
救急隊長「あのお母さんの様子見た?お母さんだけだよ大騒ぎしているの」
救急機関員「甘やかして甘やかして育てているんだろうな~」
救急隊もデパートの警備員も、そして傷病者本人も「救急車なんてちょ~恥ずかしい」って思っていました。お母さんだけは救急車が必要だったのです。はぁあああぁ~ちょ~バカバカしい!
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