救急救命士たちのため息現場 case31
あはは本当に来たよ…
少子化、子どもを育てやすい町つくり、環境作り、サポート体制、新聞紙面やニュース番組などでも良く取り上げられている題材です。小さなお子さんをお持ちの方を支えるひとつの行政サービスに救急サービスも含まれます。病気や怪我をしている大事なお子さんを迅速に適正医療機関に搬送する。私たち救急隊も小さなお子さんを持つご両親の心強い支えでありたいものです。でも今の社会、本当にこの人が子どもを育てて大丈夫だろうか?疑問に思ってしまう方にけっこう出会います…。
「救急出場、1歳の男の子は発熱及び痙攣、父親からの通報」との指令に私たち救急隊は出場しました。
救急隊長「1歳のお子さんか、きっと熱性痙攣なんだろうな」
救急隊員「きっとそうでしょうね」
この年代のお子さんの痙攣でたいへん多いケースが熱性痙攣と呼ばれるものです。1歳前後の乳児に起こるもので、発熱し体温が上がる際に起こる痙攣、通常1~2分で自然に収まるものとされています。痙攣の際に白目をむいてガクガクと全身性の硬直した痙攣を起こし、その際に呼吸困難を呈するために顔色が真っ青になるケースが多いようです。保護者がびっくりして救急要請、だいたい救急隊到着時には痙攣は治まっていると言うケースがほとんどです。
現場到着。
救急機関員「あれ?いたいた!あの夫婦じゃないのか」
指令先のマンションの前で母親は小さな子どもを抱きその横には若い茶髪の男性、タバコを吸っていました…。
救急隊員「こんにちは、救急隊です。通報されたKさんですね、抱かれているのが患者さんですね」
母親「はい、そうです、今は収まったんですけどさっきまですごく震えて大変だったんです」
救急隊員「そうですか、分かりました。今、救急車の後ろのドアを開けますから気をつけて乗ってください、しっかり抱っこしてくださいね」
母親「はい」
とても心配そうなお母さんは30歳くらいの女性です。1歳のお子さんをしっかりと抱いていました。そしてこの女性の旦那さんにしてはずいぶんと若そうな20歳そこそこにしか見えないこの男性が父親、茶髪でまだタバコを吸っています。そしてこんなことをつぶやきました。
父親「あはは本当に来たよ…」
カチ~ン!なんだと!?自分の子どもが痙攣起こして大変だから要請したんだろ!?何なんでしょうか?この人…。この若い父親はタバコを道に捨て救急車に乗り込みました。
車内収容。
傷病者観察、お母さんのお話からしても熱性痙攣で間違いないであろう内容でした。1歳の男の子はとてもかわいくお母さんが大切に大切に抱っこしています。今も発熱で苦しそうではありますが母親の腕の中、すやすやと眠っていました。
救急隊長「お母さん、それはとても心配でしたね、今は熱はあるけどよく寝ているみたいだしそんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ」
母親「そうですか…、もうガクガク震えだして…、私本当にびっくりしちゃって…、このまま死んじゃうんじゃないかって…」
救急隊長「そうだね、お医者さんの診断を受けないとはっきりとしたことは分からないけど、きっと熱性痙攣って言われるものだと思いますよ。みんなびっくりしちゃってよく私たちも出場するんですよ」
母親「そうですか、お世話になります、よろしくお願いします」
救急隊長「はい、今、病院と連絡をとってますからもう少しまってね」
救急車に乗り込み救急隊長との会話ですっかり安心してきた様子の母親、それに引き換えそわそわそわそわ落ち着きのない父親、救急車の中が珍しいようでキョロキョロの救急車の中を物珍しそうに見ています。病院はすぐに決定して出発することとなりました。
現場出発。
救急隊員「それでは○病院に向かいますからね。救急車も走行中は揺れますからお母さんお子さんをしっかり抱っこしていてくださいね」
母親「はい分かりました、お願いします」
これまでの態度があまりにも不愉快だったので心配そうな母親には優しい言葉をかける救急隊長と救急隊員ですが、父親にかける言葉はありません。サイレンを鳴らし赤色回転灯をつけて救急車は走行開始、そうしたらまたこの父親、今度はつぶやきじゃありません。運転席にいる機関員、助手席にいる救急隊員にもはっきり聞こえる声でこう言いました。
父親「あは~!鳴ってるよぉ~!」
このバカなお父さん、サイレンを鳴らして走行する救急車に大興奮です。
病院到着。
救急隊員「後ろのドアが開きますよ」
リアのドア付近に座っているのは父親です、いつもなら気をつけて降りてくださいと声をかけるところですがバカバカしいのでやめました。
救急隊員「…」
緊急走行してここまで来た父親はニヤニヤニヤニヤ大満足のご様子…、ぴょんと救急車を降りました。
救急隊員「お母さん、お子さんをしっかり抱っこして降りてください、気をつけて降りてくださいね」
母親「はい、すみません、ありがとうございます」
診断の結果は「熱性痙攣 軽症」思ったとおりでした。
帰署途上。
救急隊長「あの父親…、自分の子どもが痙攣起こして救急車を呼んどいて吹かしタバコだぜ…まったく」
救急隊員「お母さんは心配そうだったですけど父親はまったくそんなそぶりなかったですね」
救急機関員「だってあいつ救急車乗って喜んじゃってたじゃない、大丈夫なのかね?あの父親に育てられるあの子は…」
救急隊長「子どもは親を選べないからな…」
救急隊員「きっとあんな父親が幼児虐待とかにはしるんでしょうね」
救急機関員「子どもを育てる自覚とか覚悟とかなさそうだったもんな」
救急隊長「あのお母さんもしっかりしていたみたいだけど男を見る目ないよなぁ~」
消防署に帰る間の救急車内はワイドショーを見る主婦のような会話でした。少子化の時代、救急要請するご両親は大切な子どものピンチにとても心配そうです。搬送先病院がなかなか決まらないときも大変です。親は自分が痛いのは我慢できても子どもが苦しんでいるのは我慢できない。気持ちは大変よく分かります。しかし、今回のようなこういう親もたまにいるのです。子どもがのびのびとすくすく育つ環境、町作り、それはそれはとても大切な課題でしょう。けど、その前に私たち大人がもっとしっかりとしないといけないのかもしれませんね。
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