救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
救急救命士のため息現場報告 case38

パラメディック119ため息現場ふぅ…間に合った up data 2008.5.27

ふぅ…間に合った

 私たち救急隊は言わずと知れた通り、緊急の方を早く病院の医師の管理下に搬送してあげることにあります。だから法律で緊急走行が許されビュンビュン病院に向かって走行できる訳です。ここから一番近い内科が診察可能な病院はA病院…ここから5分、B病院にはいつも通院していてしかも診察可能、ここから10分、ではB病院に運ぼう。搬送先の選定には現場の救急隊にある程度の裁量があり、それを決める要素として傷病者の希望、現在の状態、病院までの距離などがあります。搬送距離が長ければ長いほど私たち救急隊の管理下に長くいる訳でリスクも高くなる。基本的には直近、一番近くから順に選定するのが一般的です。そんな大原則、「関係ないわよ」のおばちゃん、救急車を通院に使ったであろう困った困った救急活動事案を紹介します。

 この日は深夜の出場は1件、多少の仮眠は摂れていたと思います。交代まであと1時間を切った朝の7時代の出場指令…一番泣ける時間の要請です。「救急出場、○駅北口交番前からの要請、女性は腹痛にて歩行できないもの、警察官からの要請」との内容に私たち救急隊は出場しました。

 現場到着
交番の前には警察官に付き添われ小奇麗にした服装にハンドバックを持った初老の女性が立っていました。歩けないとの通報内容でしたが立って救急車を待っていた方です。歩けないと言うことはなさそうです。
救急隊長「救急隊です、到着しました。そちらの方ですか?」
警察官「はい、こちらの方です、お願いします」
救急隊長「車内収容、観察を実施して」
救急隊員「了解、おはようございます救急隊です、私が付き添いますからあそこの救急車まで歩けますか?救急車の中でお話を聞かせてください」
傷病者「はい、それくらいなら歩けそうです」
救急隊員が傷病者に付き添いまず車内収容、救急隊長は警察官から申し送りを受けていました。

 車内収容
傷病者は50代の女性Jさん、腹痛がひどくなり○駅で途中下車し北口のこの交番に救急車を呼んでほしいと助けを求めたとのことでした。Jさんには救急車内でメインストレッチャー上に寝てもらいました。
救急隊員「そうですか、ちょっとおなかを触らせてもらいますよ、痛いのはここですか?押すと痛みますか?」
Jさん「えっとそっちは大丈夫、いたたた、そこです、その辺が痛みます」
救急隊員「右の下腹部ですね、盲腸をされたことはありますか?」
Jさん「ないです」
救急隊員「何か婦人科系のご病気になったことなんてありませんか?」
Jさん「ありません」
救急隊員(50代だし妊娠の可能性ってことはないしな…内科、それから婦人科もある方が良いのかな?)
警察官から申し送りを受けた救急隊長が救急車に乗り込んできました。
Jさん「あの…私、今日は9時からD病院の予約がしてあるんです。D病院に向かう途中だったんです」
救急隊員「D病院は何科で何の病気を診てもらっているのですか?」
Jさん「循環器で不整脈を診てもらっているんです、K先生が9時から診察してくれることになっています、これが診察券です」
ここまでの観察結果と状況を隊長に報告する。この辺からJさんの狙いがなんとなく見えてきました。Jさんは不整脈をお持ちのかたでD病院にかかりつけ、他に病気はないとのことでした。診察券までパっと私たちに出してD病院に行きたいのが明らかでした。
救急隊長「Jさん、循環器で診察してもらっているとのことですが、今は腹痛ですよね?しかも歩けなくなるくらいの。D病院はここから救急車で向かっても30分はかかりますよ。近くの病院で腹痛を診てもらわないとD病院には行けないんじゃないですか?」
Jさん「いえ、もう大分落ち着いてきたしD病院で大丈夫だと思います」
救急隊長「でも痛いのは右の下腹部でしょ?もう一度触りますよ、この辺が傷むんですよね?」
Jさん「いいえ、今は何かこの辺りが…」
Jさんが指差すのはみぞおちよりやや下…
救急隊員(さっきは右下腹部が、しかも激痛を訴えていたじゃないか!)
救急隊長「…それではJさん、D病院に予約も入っているみたいだし連絡してみましょうか」
Jさん「ええ、お願いします」
救急隊長「でもね、Jさん、今のあなたの状況を先生に説明して、先生が近くの病院で診てもらった方が良いっておっしゃったらそのようにしますからね、あなたのかかりつけの先生がそう言うならその指示に従いますからね、よろしいですね?」
Jさん「ええ、それでけっこうです」
仕方がないのでD病院に連絡してみることとしました。D病院はここから緊急走行して30分、朝の混雑の時間です。帰りはきっと1時間はかかるでしょう。この傷病者は直近病院で診てもらえば良い状態です。かかりつけじゃなくちゃ対応できない珍しい病気なら仕方がないにしてもD病院まで行くなんておかしい、そもそもこの腹痛だって怪しいものだぞ…。

 病院連絡
救急隊員「D病院さんですか?○救急隊です」
D病院看護師「○救急隊?それってどこの救急かしら?」
そりゃそうでしょう。ここから10キロ以上離れている病院です。めったな事じゃなくては搬送することなんてありませんからね。隊員が連絡している最中もそわそわ落ち着かないJさん、ちらちら時計を見ています…。
D病院看護師「分かりましたK先生の患者さんですね、K先生ならもう出勤されていると思いますから循環器科に繋ぎますね、少しお待ち下さい」
救急隊員「はい、分かりました」
直接、看護師さんからK先生に状況を説明してもらい、先生に繋いでもらえることになりました。先生お願いしますよ、「腹痛なら近くの病院でまず診てもらいなさい、落ち着いたてからまた私のところにいらっしゃい」そんな答えを待っていました。
K医師「代わりました医師のKです」
救急隊員「先生、いかがでしょうか?」
K医師「今のJさんの状態はどうなの?」
救急隊員「ご本人は今は大分落ち着いたとおっしゃっていて、激痛を訴えていると言うことはありません」
K医師「バイタルも変化ない?」
救急隊員「ええ、先ほど看護師さんにお伝えしたとおりです、変化ありません。モニターも不整脈が出ていると言うことはないようです」
K医師「そうですか、でしたらどうぞ、こちらで診察します」
救急隊員「え、よろしいのですか?」
K医師「ええどうぞ、30分くらいはかかるね?」
救急隊員「ええ、そのくらいはみていただかないと到着できないと思います」
K医師「では気を付けて」
救急隊員(先生~空気読んでよ…)
救急隊員「隊長、D病院OKです」
Jさん「あら~良かったわぁ~」

 搬送開始
朝の混雑した時間帯、それでも緊急走行する救急車、一般車両なら1時間はかかるであろう道のりを予定通り30分ほどでD病院に到着しました。搬送中もそわそわ落ち着かない傷病者、ちらちら時計を見ているのが見て取れました。

 病院到着
メインストレッチャーに乗せたJさんをD病院救急処置室の前まで搬送しました。8時57分。Jさんが誰にも聞こえないような小さな声でつぶやきました。
Jさん「ふぅ、間に合った…」
救急隊員(はぁぁやれやれやれ…)
私も誰にも聞こえない心のため息をつきました。
「腹痛 軽症」

 帰署途上
救急機関員「通院、通院だよまったくよぉ…」
救急隊長「搬送途上もずっとだよ時計ばっかり見て、もうそわそわしちゃってさ」
救急隊員「あの時間に○駅ですもんね、多分電車じゃ9時には間に合わなかったんでしょうね」
救急機関員「そうだな、D病院の最寄り駅は○駅だから2回は乗り換えないといけないから、間に合わないと思って閃いたんじゃないの?119番って、ったく…」
救急隊長「帰ろう…もう交代の時間とっくに過ぎちゃったよ」
救急機関員「オレは今日は娘と約束があるんだ、早く帰りたいよ」
帰署途上大渋滞…。ちらちら時計を見てはため息をつく機関員、お気の毒様です…。

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