だって可哀想じゃない
地域防災の標語のひとつに「自助・共助・公助」と言う言葉がります。これは震災などの大規模災害に見舞われた際、まずは「自助」自分の身は自分で守り、次に「共助」地域の人と助け合い、最後に「公助」公の助けがあると言うものです。大規模災害の際には私たち消防官に代表される公の助けも機能低下または不能に陥る訳です。まずは自分の身は自分で守り、地域で助け合う、それには日常から地域でのコミュニケーションが大切です、そんなメッセージが込められています。大都市部でこそ忘れられている地域の繋がり、助け合いの心、有事の際にはそれがものを言うのです。
大都市部でこそ失われてしまっている共助の輪、自治会や地元のコミュニティー、そんな中のひとつにボランティアも含まれるのでしょう。ボランティアにも様々なものがありますが、無報酬で町や人のために汗を流す人たち、本当に頭が下がる思いです。きっとこういう方たちの活動の積み重ねがいつか大きな力となるのでしょう。私の勤務する町にも様々なボランティア活動をする人たちがいます。
いつものように消防署に出場指令が鳴り響きました。「救急出場、○町○丁目付近○川左岸、男性は倒れているもの、通報は通行人女性のFさん」との指令に私たち救急隊は出場しました。
隊長「○川の左岸ね…」
隊員「ホームレスですかね?」
隊長「かもね」
現場到着
指令番地の○川の堤防入り口に停車しました。こちらに向かってくる50歳くらいの女性がいました。彼女が通報者のFさんでしょう。
隊長「あなたがFさんですか?」
通報者Fさん「ええ、私がFです、お願いします、こっちです」
隊長「案内してください」
資器材を携行してFさんの案内で川の堤防を進みます。
隊長「どうされましたか?倒れている方のご様子は分かりますか?」
Fさん「ええ、何かベンチに倒れこんでいるみたいです」
隊長「ベンチで?お話はできるのですか?」
Fさん「さあ?話かけてはいないから分からないわ」
隊長「はぁ、そうですか…」
Fさんの案内のままに進んでいくと…
Fさん「ほら、あの人です」
Fさんの指差す先にはベンチに倒れている…?寝ている…では?パっと見てそれと分かるホームレスがいました。
隊長「え?えっと、どの方ですか?あのベンチに寝ている方?」
Fさん「そうです、寝ているかどうかは分からないじゃない、具合が悪いかもしれないわ」
隊長「…分かりました、ご通報ありがとうございました」
Fさん「いいえ、よろしくお願いします、どこか病院に連れて行ってあげて」
隊長「…」
隊長と隊員が堤防を下って川のすぐほとりにあるベンチへと向かいます。
機関員「ご通報ありがとうございました。恐れ入りますけどあなたのお名前と通報に至った状況を教えていただけますか?」
F「ええ…私が河川敷を歩いていたら…」
傷病者接触
隊長「旦那さん、こんにちは」
傷病者?「は?何?」
傷病者は60代のホームレスYさんでした。見た目にも明らかにホームレスと分かる姿でした。
隊長「旦那さん、具合悪くないかい?」
Yさん「具合?別に悪くないけど」
隊長「そうだよね~、いえね、あなたがこのベンチに具合が悪くて倒れこんでいるんじゃないかって心配した人がいてね、それで119番通報を受けて私たちが来たの」
Yさん「そりゃあご苦労さん、とんだ勘違いだな、今日は暑くも寒くもないしここで昼寝していただけだ」
隊長「そう、それは良かった、それでは病気でも何でもないね」
Yさん「ああ」
隊長「それじゃあ私たちは必要ないね、昼寝していたところ悪かったですね」
Yさん「どうもご苦労様です」
引き揚げ準備
救急車に戻った救急隊員たち、本部に内容を報告して引き揚げることとなりました。資器材を片付けて次の出場の準備を整えます。
隊長「はぁぁ…なんだってあのFさんは?」
機関員「ええ、何でもあのFさんはこの辺りの河川敷に住んでいるホームレスを支援するボランティア活動をしているとかで、今日は活動の日ではないらしいけど、河川敷を散歩していたらベンチのいるホームレスが目に入ったから救急車を呼んだんですって」
隊員「何だそりゃ…、だって寝ていただけじゃないですかね?ひと言、旦那さんどうしたの?具合悪いの?って声を掛ければ済んだ話じゃないですか」
隊長「ひとりでホームレスに声を掛けるのは嫌だったんだろう、だからオレたちを呼んだんだよ」
機関員「あの方は具合が悪いのではなくて寝ているだけかもしれませんよって言ったら、それでもどこかに連れて行ってあげて、だって可哀想じゃないだってさ…」
隊員「はぁぁ…やれやれ…」
機関員「自分は関わらないようにしてオレたちを呼ぶって、こう言うのってボランティアって言うのかね?」
隊員「そうですね…、旦那さん今日はいい天気だねって話掛けるところから始まるのがボランティアなんじゃないかって気がしますね」
隊長「あの人には十分なんじゃないの?何かをしたって気持ちを得るには…」
機関員「あっ!…」
隊長「ん?」
救急車に向かって歩いて来たのは通報者のFさんでした。隊長が救急車のウインドウを開いた。
Fさん「病院は決まったのかしら?」
隊長「いえ、先ほどの方なのですがね、やっぱり寝ていただけだったんですって、ご病気などではなかったそうですよ、救急隊はこれから引き揚げるところです」
Fさん「そうなの…大丈夫なのかしら?」
隊長「ご本人が寝ていただけだと仰ってますからね」
Fさん「どこかに連れて行ってあげた方が良いんじゃないかしら」
隊長「ご本人が病院での治療を希望されないと私たちは搬送できませんし、ただ寝ていただけですからね…」
Fさん「そう…病院じゃなくても何かないのかしら」
不満そうなFさんの言葉を遮るように機関員と隊員が割り込みます。
機関員「ご通報ありがとうございました!」
隊員「案内して頂いたから助かりましたよ、ありがとうございました!」
Fさん「いいえ、どうもご苦労さまでした」
隊長「それでは私たちは失礼いたします」
帰署途上
走り出した救急車内
隊長「納得してなかっただろう」
機関員「でしょうね」
隊員「Fさんはどうしてほしかったのですかね?」
隊長「さあ?」
機関員「何でもいいからどこかに連れいていけばよかったんじゃないの?」
隊長「そんなことはできないけど、できたのならあのおじさんにもいい迷惑だろうなぁ」
機関員「何かをしてあげたいって気持ちは分かるけど、何か違うよな?」
隊員「本当…何か思いっきりズレている気がしますね…はぁぁ」
と、今日は何かちょっと違う気がしてしまうため息現場のお話でしたが、ボランティア活動をきっかけにして社会復帰を果たしていくホームレスの方もいるのです。ボランティア、NPOなどの支援でホームレスの社会復帰を支援する活動、その先にある社会復帰施設の入居者であった元・ホームレスのお話を紹介しています。合わせて読んでいただけると幸いです。
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