サイレンを鳴らしてもらって大丈夫です
政治家を名乗る人から救急車のサイレンに関しての要望があったと言うお話を紹介させていただいたところ、ずいぶんとたくさんの反響がありました。緊急車両のサイレンに関しての要望、苦情などは白黒つけ難い難しい問題です。今日は現場で経験したサイレンに関する傷病者の家族からの要望について紹介します。やっぱりどうしてもただのわがままとしか思えない要望だったのです…。
夕方の点検を終えた夜間の体制に入った消防署にいつものように出場指令が鳴り響きました。「救急出場、○町○丁目Sさん方、男性は腰部の痛み動けないもの、通報は家族女性から」との指令に私たち救急隊は消防署を飛び出しました。
出場途上
現場までは10分弱ほど、119番の通報電話に連絡を入れることにしました。
隊員「もしもし、Sさんのお宅ですね、救急要請をされていますね?ご通報いただいたご家族の方ですか?」
母親「はい、母親なのですが、ご近所迷惑になると困るのでサイレンを止めて来てください」
隊員「申し訳ありませんね、救急車は緊急車両ですからサイレンを止めてそちらに駆けつけることはできません、患者さんのご様子を教えていただけますか?」
母親「はぁ、そうですか止めてはもらえませんか」
隊員「ええ、できません、申し訳ありませんね」
母親「いえ、私の息子なのですが、夕方から急に左の腰の辺りが痛いと言い出しまして、今は痛みで動けないって、救急車を呼んでくれと言うので」
隊員「そうですか、ご本人は激痛を訴えている状態ですが、救急車を呼んでほしいと訴えることができる訳ですね」
母親「はい、話はできます、とにかく痛いって苦しんでいます」
隊員「そうですか、分かりました」
通報者である母親から発症に至った簡単な経過、傷病者の年齢やかかりつけ医療機関がないかなどを聴取しました。内容を隊長に報告します。
隊員「…という状況です、結石っぽいですね」
隊長「そうだな、既往はないって?」
隊員「ええ、特にこれといったものは何もないそうです」
隊長「そうか、了解」
現場到着
Sさんのお宅は大通りから細い路地を入って100m以上入った静かな住宅街の一角にありました。救急車は大通りまではサイレンを鳴らして走行、路地に入ってからはサイレンを停止しSさんのお宅の前に停車しました。案内に出ていたのは電話に出た60代くらいの母親でした。
隊長「先ほど電話に出ていただいたお母さんですね?」
母親「はい、こっちです、お願いします」
隊長「はい、案内をお願いします」
傷病者接触
傷病者は30代の男性でSさん。今日の夕方から左の腰部が痛みだし、夜になって激痛にかわったとのことでした。苦悶の表情、腰部に手を当てうっすらと汗をかいてじっとしていられない様子でした。
隊長「こんばんはSさん、救急隊です」
Sさん「どうも、お願いします、お世話になります」
隊長「ずいぶん痛まれるみたいですね、痛いところを教えてください」
Sさん「ええ、ここです、ここが痛むんです」
隊長「ちょっと申し訳ないけど痛むところを叩かせてもらいますよ、これは響きますか?」
Sさん「うぐぅ、痛い!ものすごく響きます」
隊長「今日はおしっこはちゃんと出ていますか?色は気になりませんでした?」
Sさん「おしっこの色?」
隊長「そうです、血液が混じっていたとか、いつもより赤い色をしていたとかありませんか?」
Sさん「う~ん…言われてみれば少し赤っぽかったかもしれません」
隊長「そうですか」
隊員「隊長、バイタルとれました」
隊長「了解、それじゃあ車内収容して選定しよう」
車内収容
Sさんのバイタルは特に問題なし、痛みの部位、発症の状況などはじめの見立ての通りこれはまず尿管結石の症状で間違いないでしょう。尿管結石は腎臓から膀胱におしっこを運ぶ管、尿管に石が詰まってしまうものです。このSさんのように腰背部の激痛を訴え、じっとしていられないことが多く、時にはのた打ち回っていることもあります。Sさんは車内収容したストレッチャー上でもとにかく痛みでじっとしていられませんでした。
Sさん「あの…とにかく痛いんです、早く、早く病院に行って下さい」
隊長「Sさん、今、病院に連絡を取っていますからもうちょっと待ってください」
車内収容と同時に病院選定を開始、こんなに痛がっているし私たちも早く病院に連れて行ってあげたいのです。ところがこの活動はすぐに受け入れ先が決まりませんでした。
隊員「隊長、○病院は対応できないそうです…、次に近いのは…○病院です、連絡取りますよ」
隊長「ああ、選定を続けて」
隊長「Sさん、お母さんも聞いてください、今、救急隊で○病院に連絡を取ったのですが対応できないとのことで断られました、今○病院に連絡していますから」
Sさん「あの…本当に痛いんです、早くどうにかしてください」
隊長「ごめんなさいね、ものすごく痛いのは良く分かります、受け入れ先が決まらないことには私たちも出発できないのですよ、もう少し辛抱してください」
Sさん「はい…」
選定に10分以上はかかったでしょうか?3件目の連絡で受け入れ先が決定しました。連絡件数3件、選定時間10分程度など救急隊からとってみればいつものこと、もっと選定に苦慮し1時間以上も救急車が出発できないことさえもあるのです。しかしSさんにとってはこの10分程度の時間も途方もない時間に感じられたことでしょう。受け入れ先がすぐに決まる、傷病者にとって、そして私たち救急隊にとってもそれが何よりなのですが、現実がそうではないことはいつもこのサイトで紹介させていただいている通りです。
現場出発
隊長「それでは○病院に向かいますからね、救急車で10分弱程度かかると思います、Sさんもう少しですよ、もうちょっと辛抱してください」
Sさん「はい、すみません、よろしくお願いします」
母親「あの…近所迷惑になるのでサイレンをちょっと…」
まだサイレンの気にしている母親でした。
機関員「隊長、この通りは狭いですから通りに出てからサイレン鳴らしますからね」
隊長「ああ、しっかり安全確認して」
Sさんのお宅の前から続く細い路地を赤色回転灯だけで走行する救急車、母親からの要望があったからと言うことではなく、この狭い路地では緊急走行してもスピードを出すことはできません。私の隊ではこのような場所、特にこのような時間帯ではいつもこのような配慮をしています。ゆっくりと大通りに向かって走り出す救急車、すると…
Sさん「もういいじゃねえか!いいから早く行ってくれよ!痛いんだよ!サンレン鳴らして行ってくれよ!」
隊長「…」
母親「どうしたのよ!何大声だしてるのよ!」
Sさん「とにかく痛いんだよ!近所だとかそんなこと言っている場合じゃないくらい痛いんだよ、さっきからずっとそう言っているだろう!」
隊長「Sさん、救急車もこの狭い通りじゃ急げないから、通りに出たらもちろんサイレン鳴らして病院までお連れするから、本当にもう少しの辛抱ですよ」
Sさん「本当にお願いします、もう痛くて痛くて…」
母親「あの…もう家から離れましたからサイレンを鳴らしてもらって大丈夫です、サイレンを鳴らして急いでください!」
隊長「…」
隊員(やれやれ…お母さん、救急隊はいつだってサイレン鳴らして急いでいますよ、それを止めろと言っていたのはあなたじゃないの…はぁぁ)
病院到着
Sさんは私たちの見立ての通り「尿管結石 軽症」でした。
帰署途上
隊員「まったくあのお母さん、ずっと近所迷惑になるからサイレン止めろ止めろって、そればっかりでしたね」
機関員「息子は痛くてのた打ち回っているって言うのにな、尿管結石は本当にとんでもない痛みだっていうものな、なのに母親が近所の心配ばかりしているから怒っちゃったんだなぁ」
隊員「近所から離れたから今度はサイレン鳴らして急げって…近所以外の迷惑は良いって…もうただのわがままとしか思えないですね」
機関員「本当だよなぁ、救急隊なんてやっていると人間の本性がよく見えるよな」
隊長「でも、オレたちだってSさんの立場になれば早く病院にって思うだろうし、母親の立場になればサンレンは止めてくれってやっぱりなるだろうな、ただ口には出さないだろうけど」
隊員「まあそうですね、オレたちだって消防署の近くに住んでいれば、サイレンはうるさいって思うでしょうからね、…でもやっぱり口には出さないよな」
隊長「エアコンは使いたい、テレビだって見たい、でも自分の町に原発を作るって言ったらやっぱり反対するだろうし、ゴミは出すけどゴミ処理場を近所に作られたらやっぱり嫌だって、そういうことなんだよな、みんな少なからず誰かに迷惑をかけて生活していて、だからみんなが何かしら我慢をする、それが社会ってものだと思うけど…最近はその我慢ができない人が多いよな」
機関員「そうですね、この町の電気もゴミもみんな地方持ちだって言うのに、地方に支えてもらっているなんて誰も思って生活なんてしていないもんなぁ、オレもだけど」
隊員「そうですね、必要なのは分かっているけど自分に迷惑がかかるのは嫌だって、やっぱりそれが本音ですね、世の中にはそんなものってけっこうありますものね」
機関員「パチンコ屋とか、競馬場なんかもそうかなぁ、ほら、それからキャバクラとか、ラブホテル、風俗の店なんかもそうだ、お前も家の隣は嫌だけどなくちゃ困るだろ?」
隊員「いや…別に…困りませんけど…」
隊長・機関員「またまたぁ~アハハハハ」
隊員(ちぇっ…オヤジ共め)
有事の際になくては困るもの、住民にとってみれば私たち消防官そのものがそういう存在でしょう。サイレンの騒音に代表されるように、私たちの活動により様々な人たちに迷惑がかかっています。でもたくさんの人がそれを我慢してくれている、それはきっと自分が有事の際にはそうしてほしいと思っているからでしょう。私たちはお前らなんて必要ないと罵る人の下にだって要請されれば駆けつけます。迷惑はお互い様、我慢はいつかの自分のため、みんながそんな気持ちを持っていてくれるのなら、私たちの活動ももう少しやりやすいのかもしれないのですが…。
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