救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
救急救命士のため息現場報告 case50

パラメディック119救急救命士のため息現場奥さんの誕生日は忘れてしまっても… up data 2009.11.3

奥さんの誕生日は忘れてしまっても…

 いつか紹介したいとずっと思ってきたお話です。彼は周辺の救急隊員たちにはもちろんのこと医療機関にも超有名人です。私たちには”常習者”と呼ばれ、周辺医療機関には”ブラック”と呼ばれています。ブラックとは…

 町もうっすらと明るくなり始めた早朝、消防署に出場指令が鳴り響きました。「救急出場、○町○丁、○駅前交番に急病人、Aと名乗る男性は気分が悪いもの、通報は本人から○駅前の公衆電話」との内容でした。飛び起きた救急隊員たちは車庫に向かいます。
隊長「Aだ…、まただよ…」
機関員「これで2回目ですよ…、あの後、また酒を飲んだんじゃないですか?また長期戦ですよ、これは…」

 昨日の夜、今から6、7時間前と言うところでしょうか、やはり○駅前からAさんというホームレスを搬送していました。彼は常習者、いつも酒をたらふく飲んで気持ちが悪いと救急車を呼びます。医療機関で受診し、時には点滴などの治療を受けてまた○駅前に戻ってきては再び酒を飲み救急車を呼ぶ、そんなことをずっとずっと繰り返しているのでした。昨夜にもいつものようにたらふく酒を飲んだAさんをずいぶんと遠くの医療機関へと搬送していたのでした。○駅前は私たち救急隊の受け持ち区域です。恐らく私たちが最も彼を扱っていると思いますが、周辺の救急隊で彼を知らない者などいません。ここ最近は特にひどく1日に2回は救急要請をしていました。このままでは年間で数百件の救急要請を繰り返す事になるであろう大常習者です。そんな有名人を知っているのは私たち救急隊だけではなく…

 現場到着
救急隊は指令先の○駅前のロータリーに停車、この辺りでは最も大きな駅である○駅、昼間はたいへんな人ごみとなるこの辺りも、始発が動き始めたばかりのこの時間はまだ人もまばらでした。
隊員「いた!ほら隊長、交番の前に座っていますよ」
隊長「間違いないな、またAさんだ」
つい先ほど搬送したばかりのAさんです、すぐに分かりました。交番の前に座り込み警察官と何やら口論をしていました。Aさんはこの駅前を根城にしているようでいつもここにいます。私たちが関わることのないトラブルも多いようで、この交番の警察官も彼を知らない人などいないのでした。

 傷病者接触
交番の前には数人の警察官が腕組みをし難しい顔、ひとりの警察官がAさんに話しかけていました。Aさんは40代男性でホームレス、座り込んでいました。
警察官「Aさん、ほら救急隊が来てくれたよ、あんたもういい加減にした方がいいよ!私たち警察官も救急隊もあんたのためにいる訳じゃないんだよ!」
Aさん「気持ちが悪いんだよ!仕方がねえじゃねえかこの野郎!おえ…気持ち悪い…」
これもいつものこと…。警察官を相手に暴言を吐くほどに元気は元気なのでした。ただ、いつもたらふく酒を飲んでいるので気持ちが悪いというのは本当です。隊長が他の警察官に声をかけます。
隊長「どうもお疲れ様です、救急要請がありましてね…Aさんですよね?」
警察官「ええ…どうもお疲れ様です…またなのですよ…、また交番に気持ちが悪いから救急車を呼べって来ましてね…、昨夜にも来ていただいたばかりじゃないですか、こちらでもいい加減にしろと言ったんですけどね、そうしたら自分で公衆電話から…申し訳ありませんね」
隊長「いいえ…お疲れ様です」
まずは隊員が声をかけます。
隊員「どうもAさん、また気持ちが悪くなりましたか?先ほど私たちで○病院にお連れしたばかりじゃないですか、先生には飲みすぎだって言われていたじゃないですか、あの後どうされたんですか?」
Aさん「…点滴を打ってもらって、さっき帰ってきたんだ」
隊員「そうですか、点滴を打ってもらって大分良くなられたんじゃないですか?」
Aさん「ああ…」
隊員「それで…良くなったからまた飲んだのですか?」
Aさん「そうだ…」
隊員「ふぅ…それでまた気持ちが悪くなったの?」
Aさん「ああ、気持ち悪い…」
警察官「お前、いい加減にしろよ!この人たちも暇じゃないんだよ!命の関わる人を助けるためにいるんだ、分かっているのか!?」
Aさん「うるせえな!気持ちが悪いって言っているだろうが!」
隊員(はぁぁぁ…元気だなぁ、やれやれ…)
隊長「分かったよAさん、詳しい話は救急車の中で聞かせてよ、ほら行こう」
警察官「ほら立て!歩けるんだから甘ったれてんじゃねえ!ほら!」
Aさん「なんだとこの野郎!」
警察官2名に抱えられたAさん、ふらふらとしていましたが救急車に自ら乗り込みました。まさに千鳥足、あの後またどれだけ飲んだのでしょうか?
隊員「Aさん、後ろのドアが閉まりますよ、もう少し奥まで入ってくれます、閉めますよ」
バタン、救急車のリアドアを閉めた。
警察官「本当にいつもすみません、お疲れ様です、はぁぁ…」
隊員「本当、お互いたいへんですよね、お疲れ様です、はぁぁ…」

車内収容
隊長「えっと、Aさんは名前も誕生日もこれで間違いなかったよね?」
Aさん「ああそうだ」
いつだか隊長がこぼしていました。数年前に一緒に勤務した同僚の名前がなかなか出てこない事があるっていうのに、常習者の年齢、さらに名前はフルネームで覚えてしまうと…。このAさんに関しては誕生日まで覚えてしまいました…。Aさんは特にバイタルサインにも問題はありませんでした。呼気からはいつものように相当のアルコール臭が漂っていました。
隊長「Aさん、あれからどうやってここまで帰ってきたの?電車もバスも動いていない時間だったでしょ?」
Aさん「歩いて帰ってきたんだ、3時間近くかかった」
隊長「そう、確かに歩いたら3時間くらいかかるね、それでまたここで仲間と酒を飲んだの」
Aさん「ああ、たくさん歩いたから喉が渇いたんだ」
Aさんはいつもこうなのです。要請理由はいつも飲みすぎての気持ちの悪さ、もうこれまで何十回も彼を扱ってきましたが一度たりとも酒の臭いがしなかったことはありません。つい先ほどまで3時間も深夜の町を歩いていた人です。40代で身体も大きく基本的には元気なのです。
隊長「ねえAさん、いつもじゃない、こうやって飲みすぎて病院に行って…少しお酒を控えることはできない?気持ちが悪くて救急車を呼ばなくちゃならないほど飲んでもあなただって楽しくはないでしょ?」
Aさん「気持ちが悪いんだ、仕方がないだろ!いいから早く病院に行ってくれ!帰りがたいへんだから今度は近くの病院にしてくれよ」
隊長「はぁぁ…近くの病院なんて無理なのはあなたが一番よく知っているじゃない、だからさっきもあんなに遠くの病院に行く事になったんでしょ?さっき行った○病院ではトラブルにならなかった?○病院はまたあなたを診察してくれますか?」
Aさん「…」
隊長「さっき診てもらったばかりで申し訳ないけどって○病院に連絡してくれ」
隊員「了解です」
隊長「ねえAさん、先ほど行った○病院に連絡してみるよ、○病院は診てくれるの?ちゃんと約束守って治療を受けたよね?」
Aさん「…」
何も応えないAさん、はぁぁ…こりゃまた何かトラブったな…。

病院連絡
隊員「○病院ですね、救急隊です」
看護師「はい、どうもお疲れ様です」
隊員「患者さんのお願いなのですが、先ほど私たちの隊でお連れした方です、Aさんなのですが、また同症状で要請されまして」
看護師「ダメです!Aさんに関しては当院ではもう受け入れることはできません」
隊員「はぁぁ…やっぱりそうでしたか、何か問題がありましたか?」
看護師「ええ、点滴を終えたら帰っていただく約束になっていたのに、こんな時間じゃ帰れないって、朝まで入院させろって大騒ぎしましてね、私たちも先生もたいへんだったんです、もうAさんを診察することはできません」
隊員「はぁぁ、そうですか、…それではもうブラックですね」
看護師「ええ、そうです」
隊員「分かりました、ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした、他を当たってみます」
看護師「お願いします、大変ね」
隊員「ええ、どうも…またお願いします」
隊長「ダメだって?」
隊員「はい…、ねえAさん、○病院でも先生や看護師さんにずいぶん迷惑かけたんですって?もう○病院も診てくれないって言われましたよ」
Aさん「オレは朝まで入院させてくれれば良かったんだ、朝になったら帰るって言ったのにあいつらダメだって言うから」
隊長「いつも入院するかどうかは先生の判断だって言っているじゃない、さっきも応急処置をしてもらったら病院に迷惑をかけるようなことはしないって約束したじゃない」
Aさん「ふん、あんな病院、オレだって行きたくねえよ」
ダメだこりゃ、話にならない…。
隊長「はぁぁ…さっきも聞いたけど教えてくれる?診てくれない病院を、A病院はダメだろ、B病院、C病院、D病院、E病院、それからF病院もだめだったよね?」
医療機関からは”ブラック”と呼ばれるAさん、ブラックとはブラックリストのこと。医療機関で何らかのトラブルを起こし診てもらえない状態になっている人のことです。診てくれないことが分かっている医療機関に連絡してもとても非効率です。Aさんは自分のことを診てくれない医療機関を教えてくれました。
Aさん「G病院、H病院、I病院、J病院、K病院それから…L病院もそうだ、それから…」
隊長「Aさん、R病院も診てくれないんじゃなかったっけ?」
Aさん「そうだR病院もダメだ、それから…」
信じられない…挙げられた医療機関は20を超えていました。その中にはとてもじゃないですが歩いて帰ってこれるはずのない医療機関も含まれていました。このリスト以外の医療機関を選定…、すごい!まさにこの町、隣の町の医療機関は全滅です。隣のさらに隣の町と遠くから選定を開始することとなりました。こんな早朝、医療機関だってスタッフが手薄な時間帯、トラブルを起こすことが約束されているようなAさんを受け入れてくれる医療機関を選定するのは至難の業です。何十件選定したでしょうか?途方もない時間をかけてずいぶんと遠くまで搬送することとなりました…。

病院到着
「急性アルコール中毒 軽症」

帰署途上
もう辺りは完全に朝、出勤や通学に急ぐ人たちが町には溢れていました。
機関員「本当どうにかならないものかなぁ」
隊長「どうにもならないよな…、オレ達は要請されれば何があっても駆けつけなくちゃならないからな…、本人が受診を希望すれば搬送する以外に道はないよ、まさにやりたい放題だ」
機関員「もう今月だけで何回扱った?」
隊員「さあ?もう分かりませんよ、今日だけで2回目ですからね」
隊長「もうオレなんてあの人の名前も誕生日まで覚えちゃったよ…」
隊員「オレもすっかり覚えてしまいましたよ」
機関員「オレさ…昔から誕生日とか記念日とか全く覚えられないんだよ…今年も結婚記念日を忘れてて…この前なんて娘の誕生日も言われるまで忘れてて大ひんしゅくだよ…」
隊長「なのにAさんの誕生日は覚えちゃったって?」
機関員「そう…昭和○年○月○日4×歳…オレより年下ですよ…まったく…」
隊員「あれだけ酒を飲んで一晩中歩けて、夜中の寝られず食えずの救急隊や医者なんかより元気ですよね」
隊長「まったくだ…」

 このAさんは本当に大常習者であり、彼の話は語りつくせないほどあります。こんな事を繰り返し続けた中にあったお話、オレは訴えないよを紹介しました。このお話の続きとしてお読みください。この記事へのご意見・ご感想、追加、修正などなどをお寄せください。パラメディック119ブログ版・救急救命士の待機室にコメントを残すことができます。

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