救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
ありがとうの救急現場 vol.3

パラメディック119ありがとうの救急現場父も歩けるまで回復しました up data 2008.6.11

父も歩けるまで回復しました

 私たち消防官にとって多大な影響を与えるのが隊長です。特に拝命当初、消防署で右も左も分からない状態の時にはじめて組んだ隊長や先輩は将来進むべき道すら決めることとなるほど多大な影響を与えることが多いです。尊敬できる隊長の下、厳しくも暖かく訓練や指導をしてもらえる環境にあれば新人消防士としてこれほど素晴らしいことはありません。私も消防士としてはじめはポンプ車の隊員として消防官の道を歩み始め、救急資格を得て救急隊員、そして今、救急救命士となりました。もちろんはじめて組ませていただいたポンプ隊長には暖かく厳しい指導をしてもらいたいへん感謝していますが、私にとって最も印象深く、私に最も多大な影響を与えたのは初めて組ませていただいた救急隊長です。私は駆け出しの救急隊員の時、素直に尊敬できる救急隊長の下、のびのびと仕事をさせていただいたことで、その後、迷うことなく救急の道、救急救命士への道のりを歩んできました。今回のお話はもう数年も前のお話です。救急正隊員となったばかりの私が「やっぱりこの隊長すごい!」と改めて隊長のすごさを痛感した事案です。ずいぶんと前のお話なので記憶にちょっと曖昧なところがありますがお許し下さい。

 「○町○丁目Sさん方、怪我人、男性は自宅にて転倒し動けないもの」との指令に私たち救急隊は出場しました。

 現場到着
 指令先のSさんのお宅は一戸建てで玄関先に50歳くらいの女性が案内に出ていました。
奥さん「こっちです、夫が部屋で転んで腰が痛くて動けないと言うので」
救急隊長「分かりました、案内してください」
奥さん「あっ!よろしくお願いします」
この時は分からなかったのですが、隊長の顔を見るなりこの奥さんはずいぶんとかしこまっていました。
傷病者のSさんは50歳代の男性で、自宅の廊下で転倒し腰部の痛みを訴えていました。
救急隊長「こんにちはSさん、救急隊です、どうされましたか?」
Sさん「転んじゃってね、腰を打ったみたいで…とにかく動くと痛くて痛くてどうにもならないんだ」
救急隊長「私たちが肩を貸しますから玄関の救急隊のストレッチャーに横になれますか?」
Sさん「どうだろう…」
救急隊員「Sさん、私が手を貸しますよ」
Sさん「痛い痛い!いたたたたたた!!!」
転倒して腰部痛こんな事案はいつもあるのですが、この時は少しでも動かすとSさんは激痛を訴え救急隊のみではとても搬送できる状態ではありませんでした。
救急隊長「ダメですね、とてもじゃないけど玄関まで行けそうもないね」
Sさん「ええ、そうですね」
救急隊長「全身固定資器材を用意、それから消防隊も応援要請して」
救急隊員「了解です」
救急隊長「Sさん、これからあなたの身体を固定してなるべく痛くないようにします、それでも搬送する訳だから痛みはありますよ、頑張ってください」
Sさん「申し訳ない」
Sさんの受傷部位は腰部のみ、救急隊はSさんの腰部に少しでも衝撃が加わらないように全身を固定し、さらに愛護的に搬送できるように消防隊を応援要請してそ~っとそ~っと搬送しました。

 病院到着
全身固定を行い、さらに現場から消防隊を応援要請し、愛護的に搬送、車内収容して搬送した訳ですから活動には時間がかかっています。ただ、傷病者にとってなるべく苦痛がないようたいへん気を使っての活動でした。傷病者からもたいへん感謝された事案でした。傷病名は確か腰椎を圧迫骨折していたのではないかと思います。医師への引継ぎを終え救急隊は引き揚げます。処置室の外のベンチに座っていた奥さんに声をかけました。
救急隊長「奥さん、救急隊はこれで失礼いたします、お大事にしてください」
奥さん「本当にありがとうございました。今日もすごく気を使っていただいて本当に助かりました。ありがとうございました。」
救急隊長「いいえ、それでは失礼します」
奥さん「あの…これでうちは隊長さんに2度もお世話になりました。覚えていますか?」
救急隊長「??えっとSさんを以前にも搬送していますか?」
奥さん「いいえ、主人の父なんですけど、半年ほど前になるのですが」
救急隊長「そうですか、申し訳ありませんが私はちょっと記憶にありません。私たちも年間1000件も出場していますので申し訳ないです」
奥さん「いえ、とんでもない、おかげさまで父も大分回復しましてどうにか歩けるようにまでなったんですよ」
救急隊長「そうですか、それは良かった」
奥さん「あの時は他の隊員の方にもすごく良くしてもらって、一生懸命心臓マッサージしてもらったおかげです」
救急隊長「え!?心臓マッサージ?お父さんは心肺停止状態だったんですか?」
奥さん「はい、もうあの時はもうダメだって思って…B病院に搬送してもらって、今もリハビリに通っています」
救急隊長「そうですか…お父様にもよろしくお伝え下さい、お大事に」
奥さん「はい、ありがとうございました」

 帰署途上
救急隊員「隊長、さっきの奥さんの話、心肺停止から社会復帰じゃないですか」
救急隊長「そうだな…まったく覚えてないんだよな…」
救急機関員「奥さんが勘違いしているんじゃないのかね?」
救急隊長「そうだよな?社会復帰するかもしれないような事案は忘れるはずないもんな」

 帰署
消防署に戻ってから奥さんのお話の頃の活動記録を調べてみると…
救急隊員「あっ!隊長、ありました!Sさんの家に行っていますよ!B病院の救命センターに搬送してる」
救急隊長「本当!どれ?」
救急隊が活動した事案は事後検証と言うものにかかります。これはメディカルコントロールといわれるものの一環で救急救命士が行った処置や活動をその後、医師が検証しチェックすることで救急救命士が行う処置や活動の質を保持しようとするものです。とは言え、大都市の救急隊においては1隊当たり年間数千件もの活動があります、すべての事案に検証が行われることはありません。一定の基準が設けられ該当する事案が検証にかかることとなります。検証にかかれば救急救命士が処置を行った傷病者のその後の調査などが行われ、傷病者の予後を知ることもできるのですが、この時はその事後検証に漏れてしまう事案だったのです。これはなかりレアなケースです。
救急隊長「…この時はB病院にすぐ搬送してるんだな…早期搬送を判断…特定行為はやってないんだな」
救急隊員「隊長がやった活動ですよね?」
救急隊長「う~ん…なんとなく思い出した、でもまさか社会復帰とはね、特定行為をやってないから検証にかかってないんだな」
救急機関員「ただCPRを実施して社会復帰させちゃうんだから神の手だね!」

 私たち救急隊が傷病者を社会復帰させた事案を忘れるはずがありません。これこそ最もやりがいを感じるこの職についていて最も誇りを感じる時だからです。ただこんな事案は一握り、心肺停止状態の方の場合などほとんどのケースでお亡くなりになります。そんな残念な事案を忘れるのも私たちには必要です。そんな忘れた事案の中に社会復帰させた事案があったなんて。助けた自覚ないのに実は人を一人社会復帰にまで導いていた。この時の私は単純に「すごい隊長だな!」と関心したものでした。今、救急救命士となり振り返ってみると、特定行為を実施しないで早期搬送する。これはこれですごかったんだなと思います。この隊長には救急活動のいろはを教えていただきましたが、「傷病者にとって何がベストか」をいつも考えるよう言われていました。救急救命士だからできる処置に固執しないで早期に搬送する。救急救命士だからこそ逆にできないことです。今の私にこの判断ができるかどうか…。

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