チェンジだチェンジ!

溜息の現場

このサイトでも何度も何度も紹介させて頂いている酔っ払いにまつわる現場のお話。救急隊員として活動する限りきっと話は尽きることはないのでしょう。いつもため息の現場、今日も酔っ払いにまつわるお話です。

出場指令

夜の消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町○丁目、○通り上、自転車と乗用車の交通事故、男性の怪我人が1名、110番からの転送、現在警察官が扱い中」

との内容でした。

これから深夜にさしかかろうとする夜中に救急隊は現場に急行します。


現場到着

指令先の○通りを走行していくとパトカーの赤色回転灯が見えてきました。この現場は既に警察官が活動しています。警察官から申し送りを受けて状況を聴取する、情報収集に関しては難のない現場のはずです。ところが…。

警察官「だから?どこで跳ねられたっていうの?」
男性「それを調べるのがお前たちの仕事だろうが!オレは被害者なんだぞコラ!」
警察官「本当にあの軽に跳ねられたの?あなたとぶつかったのは間違いなく軽乗用車だった?」
男性「ああ軽だった!絶対軽だった!オレは被害者だぞ、分かっているのか!?」

何やら路上に立っている警察官と明きらかに酔っ払っている男性が大騒ぎをしているのでした。救急隊長が他の警察官に声をかけます。

隊長「どうも、救急隊です、交通事故の怪我人がいると来たのですが…怪我人はどちらですか?」
警察官「いや…それが…あの方なのですよ」
隊長「あの方?」
警察官「そう…あの方です…」

警察官と大声で言い争っているあの酔っ払いの男性が怪我人なのだそうです。身体をよく見せてもらわないことにはどこをどんな風に怪我しているかは分かりません。

ただ少なくとも路上に立っていることが出来る状態、さらに警察官を相手に暴言を吐く程度に…

隊長「元気そうですね…」
警察官「いや…はあ…そうなんですよ…」
隊長「どんな事故だったのかまず状況を教えてもらえますか?」
警察官「はい…」
隊長「隊員は傷病者に接触して観察、怪我の状況を観察してくれ、オレは警察官から状況聴取するから」
隊員「了解」


傷病者接触

隊員「こんばんは、救急隊です、お怪我されているのはあなたですか?」
男性「オレだオレオレ!車に跳ねられたんだ!」

傷病者は50代の男性でFさん、相当に酔っ払っていました。まさに酩酊状態です。

隊員「そうですか、どちらをお怪我されていますか?頭は打ってはいませんか?」
Fさん「頭は打ってない」
隊員「そうですか、痛いところはどこですか?」
Fさん「それを調べるのがお前の仕事だろうが!」
隊員「いや…ですからどこをお怪我しているのか、どこが痛いのかをお聞きしているのですよ」
Fさん「そんなの見て分からないのか?それが分からなくて何が救急隊だコラ!」
隊員(ダメだこりゃ…相当にたちが悪いぞ…)
警察官「なあFさん、軽乗用車に跳ねられて怪我したんだろ?どこが痛いっての?」
Fさん「お前は犯人を捜せって言っているんだよ!オレは被害者なんだぞ!オレを跳ねた犯人をとっ捕まえて来い!」
警察官「Fさんよ、どこで跳ねられたかも分からない、どんな車だったのかも分からない、いつだったのかも分からない、それじゃ探しようがないよ、それでどこを怪我したのかも分からないって…あなた事故に遭ったの?」
Fさん「何だとこの野郎!オレは被害者なんだぞ!いいから早く犯人を捜しに行ってこいってんだよ!」

はぁぁ…さてどうしたものか…。Fさんはどこを怪我しているかも教えてくれず何やら興奮しており、とても観察させてもらえる状況ではないのです。困っていると状況聴取を終えた隊長がやってきました。

隊長「どうもFさん、何でも自転車に乗っていたら乗用車に跳ねられたんですって?」
Fさん「ああそうなんだ!なのにこいつら捜査をしようとしないんだ!」
隊長「まあそんなこと仰らずに、捜査も大切ですけどあなたは怪我人なのですからまずは怪我の手当てをしないと、ねえ?ここは暗くてよく分からないですから救急車の中でお体をよく見せてくださいよ」
Fさん「ああ…そうか…分かった」

さすがベテラン、この手の酩酊者の扱いも慣れたこと…。ベテラン隊長のテクニックでこの現場は上手く回るはずだ

…なんて、このFさんはそんなに甘くはないのでした。


車内収容

隊長が警察官から聴取してきた情報によると、Fさんは夕方からかなりの酒を飲み自転車で帰宅途上に乗用車と接触、怪我をしたとのことでした。相手の乗用車はFさん跳ね飛ばし怪我をさせたにも関わらずそのまま立ち去ったのだそうです。

激怒したFさんは起き上がり自転車にまたがって乗用車を追跡しました。信号待ちしている乗用車を発見、窓を叩いてドライバーを怒鳴り散らしたようです。運転していたのは若い女性でした。

いきなりかなり酔った男性に怒鳴り散らされどうやら「すみません…」とか言ったようです。

Fさん「オレを跳ねて逃げて申し訳ないってあの姉ちゃんも言っていたじゃないか、悪いと思ったからすみませんって言うんだろ?」
警察官「いやねぇFさん、あのお嬢さんはいきなりあなたに怒鳴られて驚いてすみませんって言ったみたいだよ」
Fさん「ふざけるな!あの女、オレをなめているのか!」
隊長「まあまあ、ねえFさん怪我をしているところを見せてくださいよ、あなたはどこを怪我されているの?」
Fさん「そんなことも分からないのかコラ!お前らそろって役立たずだな、この税金泥棒!」

はぁぁ…もう言いたい放題やりたい放題、Fさんは救急車内でもわめき散らし警察官と救急隊をののしり続けたのでした。

警察官「Fさん、分かったよ、私たちもあなたが車に跳ねられたと言うなら一生懸命捜査するから、だからあなたの知ってることを教えてくださいよ、あなたが跳ねられたのはどこ?」
Fさん「だからここをまっすぐ行った、え~と…あっちの角のところだ」
警察官「さっきはそこじゃないって言っていたじゃない」
Fさん「言ってない、オレはあそこの角で跳ねられたんだ」
警察官「…そう、それじゃあね、少なくともあの女性が運転している車はそこを通っていないみたいだよ」
Fさん「そんなこと知るか!とにかくオレは被害者なんだ!」

激怒し続けるFさん、言っていることは支離滅裂、いつ、どこで、どのような車に、どんな風に跳ねられ、どこを怪我したのか、その全部が分からないのです…。

私たちが身体に触れることも断固拒否、活動は一向に進みませんでした。はぁぁ…どうしたものか…。

警察官「ねえFさん、私たちにも救急隊の人も困っちゃうんだよ、あなたの話は全然分からないよ、自転車にも傷なんてないし…、あなた酔ってひっくり返っただけってことはない?」
Fさん「何だとこの野郎!お前じゃ話にならない、お前誰だ?ふざけるな!お前どこの者だ?」
警察官「私は○警察の者ですよ」
Fさん「バカ野郎…上等だよ…ふざけるなよ…」

ぶつぶつとつぶやいているFさんは携帯電話を取り出して何やら電話を始めました。

Fさん「オレ?Fって者だけどなぁ、話にならないんだよ!担当を替えてくれるか?は?だから担当を替えてくれって言っているんだよ!」

…おいおいおい、これは…どこに電話しているんだ?

Fさん「だからさっき電話してやってきたまではよいけどな、話にならないんだよ!チェンジだチェンジ!担当を替えてくれ!…だからなぁ、え~とお前何警察だっけ?」
警察官「○警察の○ですよ…」
Fさん「そうだ、○警察の○ってのが来ているんだけど全然ダメなんだ、チェンジだチェンジ!」
警察官「ねえ、Fさん、あんたどこに電話しているの?」
Fさん「110番に決まっているだろう、お前すぐにチェンジだからな」
警察官「はぁぁ…」

大きなため息をついた警察官はパトカーの方に行ってしまいました。救急隊だけにしないで~


まだ救急車内

いっこうに進まない活動、110番に電話しているFさんはまだ何やらしゃべっています。不適切な119番をしないでと当サイトでも訴えていますが、110番への不適切な通報はどうやら119番よりも相当に酷そうです。先ほどの警察官が数名を引き連れて救急車に戻ってきました。

警察官「隊長さん、ちょっとよいですか?」
隊長「ええ」
警察官「どうですか?怪我はしていますか?」
隊長「それがね…あの様子ですからね、私たちの観察もすべて拒否、身体を見せてもらえないのですよ、どうにも判断できませんよ」
警察官「はぁ…そうですよね」
隊長「困りましたね…」
警察官「うちで連れて行きます、よろしいですか?」
隊長「ええ、そちらで保護していただけるなら」
警察官「そうですか、ご迷惑お掛けしましたね」
隊長「いえ、どうも、それではお願いします」
警察官「Fさん!Fさんよ!もう電話はいいだろ?詳しく話を聞くから行こう!」
Fさん「何だ?お前誰だっけ?」
警察官「だから○警察の○ですよ、もう分かったから一緒に行こう、ねえ?」
Fさん「何でだ?オレは被害者だぞ!何で連行されなくちゃいけないんだ!」
警察官「連行じゃないよ、詳しくお話を聞くためだよ」

Fさんは大声を出して騒ぎはしますが暴れることもなく意外と素直にパトカーに乗り込み警察官に連れて行かれました。自宅に連れて帰られたのか?それとも警察署で保護になったのか?

この活動「傷病者なし」…だったのでしょうか?警察官の保護で活動は終了しました。

「怪我があったかどうかも不明…?」


帰署途上

本部に報告し引揚げる救急車、もうすっかり深夜に突入し日付が替わろうとしていました。

機関員「チャンジだってさ?あの人オレたちを何だと思っているんだろうな?」
隊員「本当、やりたい放題ですね、でも警察官は動じないですね、あの人が119番してチェンジだチェンジだって連呼したらどうしていました?」
隊長「冗談じゃないよ!そんなの本当にたまらない!」
機関員「報告だ何だでオレたち3人、朝までかかりきりになるかもな?警察はその点すごいよな?本当に全然動じてない様子だったもんな?」
隊長「あんなの慣れっこなんだよ、不適切な110番通報の内容は119番の比じゃないって話だぞ、相当に酷い通報がかなりあるんだって」
隊員「あの人を家まで連れて行くのか、それとも警察署で朝まで保護するのか、どちらにしても警察官も本当にたいへんな仕事ですよね」
隊長「本当だな、税金泥棒とか言われて、こんなに一生懸命やっているってのにな」
機関員「はぁぁ…とにかくもう疲れた…帰署したら誰か替わってくれないかな…」
隊員「それは無理ですよ、今夜は救急機関員ができる予備隊員はみんな乗っていますから、代わりはいませんよ」
隊長「そうそう、朝までチェンジなしだな」
機関員「はぁぁ…オレもチェンジしたいなぁ…」

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