続・インフルエンザのやせ型男性、実は…

ケーススタディ

インフルエンザの痩せ型男性、実は…の続きです。

自身で119番通報し、救急隊到着時には身支度を整えて自宅前で待っていた若い男性です。緊急性の乏しい軽傷傷病者と思っていたのに、隊長はまさかの3次医療機関の選定を判断したのでした。

医療機関到着

救命医「バイタルサインは悪くなさそうだね?」
隊長「ええ、意識も晴明で自宅前で待っているような状況でした」
救命医「3次選定の理由は?」
隊長「緊張性気胸を疑ったからです」

緊張性気胸とは、気胸の一種で患側の肺が萎んでしまい胸腔内圧が異常に上昇し閉塞性ショックなどの重篤な状態を招く疾患です。早期に高まってしまった胸腔内圧の脱気をすれば助けられるため、緊急度はとても高いですが重症度はそこまでは高くない疾患です。

救命医「痩せ型、長身、高校生の時に気胸になったことがあったって話でしたっけ?」
隊長「はい、それから左肺の呼吸音の減弱、あと一番引っかかったのが喉の痛みの増悪です」
救命医「ふ〜んそうですか、なるほど、レントゲンを見ていきます?」
隊長「ええ、お願いします」

半信半疑の医師、救急隊が緊張性気胸を疑った傷病者を搬送してくる。救命センターの処置室にはスタッフが待ち構えており、すぐに胸部のレントゲンの検査が行われました。ざわつく処置室。

救命医「さすがですね…すぐにドレナージして脱気します」
隊長「ああ、良かったこれで助かりますね」
救命医「ええもちろんです、素晴らしい判断でした」

「緊張性気胸 重症」

帰署途上

隊員「痩せ型、長身、若い男性、そこから気胸は分かるけど緊張性気胸か…」
機関員「呼吸器の選定で良いって思ったよな?」
隊員「はい、正直一択でした、あのバイタル、何より重症感も全くなかったし…どうして分かったんですか?」
隊長「確信があった訳じゃないよ、ただ何か引っかかったんだよ、一番は喉の痛みだな」
機関員「だって彼はインフルエンザだ、喉が痛いなんて別に違和感ないでしょ?むしろそれが普通なのでは?」
隊長「緊張性気胸の症状の特徴って覚えているか?」
隊員「救命士国家試験の定番でした、えっと…頻呼吸、呼吸苦、胸痛、呼吸音の減弱とか消失、あとは…気管偏位とか…」
隊長「そう、それそれ!」

気管偏位とは、今回のケースの場合、喉仏が右にずれてしまう症状)

隊員「気管偏位ですか?いや…傷病者にそんな症状はなかったですよ」
隊長「テキストには書いてあるけど、体表から気管が偏位しているって分かるほどの症例ってあまりないのだって」
隊員「そうなんですか?だって患側の胸腔内圧はどんどん上がっていって縦隔を圧迫する訳だから気管も潰されるように押されてって勉強しましたよ」
隊長「ああ、理屈は分かるよな、ただそんな風になる前に心肺停止になってしまうんだって、いつだか救命医に教わったんだよ」
隊員「ふ〜ん、そうか、体表から喉の偏位が分かるくらいなら、縦隔はもっと圧迫されて心臓は拡張できなくなってしまうってことか」
隊長「うん、そこまで進行したら閉塞性ショックが進んで心臓が拡張できなくなってしまう」
隊員「なるほど〜」
機関員「難しいな…でも左の肺は萎んでしまっていた訳でしょ?と言うことは左の胸腔内圧は上がって右に圧力がかかるんだよな?」
隊員「だから、その圧力で喉とか前胸部の痛みが出ていたってことですよね?」
隊長「多分ね、それなら辻褄が合う、体力のある若い男性が療養を続けて熱も下がって軽快に向かっている、それなのに喉の痛みだけが急に増悪したって言うのがどうも引っかかった、むしろ重症感のなさに違和感があったんだよね」
機関員「深いですね〜凄い」
隊員「本当…さすがです」
隊長「いや、実はそんなことなくて経験なんだよ、傷病者は今みたいな若い男性でクリニックから救命センターへの転院搬送、やっぱり気胸からの緊張性気胸だった、それで転送先の救命医にさっきの話を聞かされたんだよ」
隊員「隊長も半信半疑だったってことですか?」
隊長「うん、ただ病院前救護はオーバートリアージを容認することになっているだろ?だから良いんだよ、傷病者が大したことなかったらそれが一番良いじゃない?」
隊員「でも、大したことない傷病者を救命センターに運び込んだら、先生たちにお叱りを受けるじゃないですか?」
隊長「それはそうだけど、救急救命士が診断することなんてできないのだから、推定した病態の判断理由をしっかり説明できれば大丈夫だよ、仮にハズレでもしっかりした説明はできると思っていた」
機関員「ふ〜ん…お前ならできるか?」
隊員「いや…とても無理です…」
機関員「そうだよな?おい、へっぽこ救命士って、そんな風にがっつり怒られる絵が浮かぶよな?」
隊員「はい、むしろその絵しか浮かびません…」

家の前に立っていてバイタルサインも悪くない人たち。不適切な救急車の利用者たち。多くのそんな事案の中に、ひとかけらの本物の事案があります。過去の経験を未来に活かすことは実は難しいこと。今回の事案は過去を活かして若者を生かした。救急隊として本当に大きな仕事だったのかもしれません。ベテラン隊長の大きな仕事に脱帽でした。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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