喧嘩をやめて~二人を止めて~

仰天の救急現場

救急隊の活動に対して好意的に応援してくれている住民の方がたくさんいる一方で、お前らなんて税金泥棒、ただ邪魔なだけだ、そんな言葉を浴びせてくる人もいます…。

私たちも人間で、一生懸命やっているのになんでそんな事を言われなくちゃいけないんだと思うこともありますが、この時は特に最悪…。まさに活動中、傷病者を扱っている真っ最中であったからです。

ただ、こんな現場は時々あって…、いつもなら小さくなり、事を荒立てないように我慢我慢の活動をするところなのですが、この時は…


出場指令

まだ暖かかった昼頃、いつものように消防署に出場指令が響きました。

「救急出場、○町○丁目Aさん方、女性はめまい及び嘔気、立ち上がれないもの、通報は家族男性」

との指令に私たち救急隊は出場しました。消防署から直近の場所、数分で現場に到着しました。


現場到着

隊長「いたいた!案内人あり」
機関員「あれ?もう一本奥の道を入ると思ったんだけどな…」

大通りまで案内に出ていた家族、大きく手を振り救急車を誘導してくれました。

機関員「ちょっと狭いな…隊長、入りますけどギリギリですから」
隊長「了解」

現場であるAさん宅の前の通りは自動車が1台通り抜けるのやっとの細い道でした。救急車はAさんのお宅の前に停車、Aさんの家族、さらにご近所の人たちが案内に出ていました。


現場到着

隊長「患者さんはどちらですか?」
夫「こっちです、部屋で寝かせています」
隊長「お話はしっかりしていますね?」
夫「はい、大丈夫です」
機関員「隊長、もうちょっと隅に寄せてメインストレッチャーを玄関前に出しておきますから」
隊長「了解、先に行っているから!」

救急機関員を残して隊長と隊員が一足先に傷病者の下に向かいました。


傷病者接触

傷病者はAさん、60代の女性でした。今朝から目の前がグルグルと回ってしまい立ち上がれなくなってしまったとの事で救急要請、さらに嘔気を訴えていました。意識ははっきりとしており、お話はとてもしっかりとしていました。

隊長「そうですか、このようなことは初めてですか?」
Aさん「いえ、実は前にも同じような事があって…」
隊長「その時はどちらかの病院にかかられました?」
Aさん「あの時はI病院にかかって、メニエール病と言われました」
隊長「耳鼻科にかかられたのですね?今でも通院はされていますか?」
Aさん「2回ほど通院して、それからはかかっていません」
隊長「そうですか、分かりました」
隊員「隊長、バイタルです、脈拍は○、血圧は○…」

Aさんのバイタルサインに問題はありませんでした。

隊長「どうですか?Aさん、玄関の前に救急隊のストレッチャーが用意してありますから、そこまで支えますから行けますか?吐き気がひどいなら担架で搬送しますが」
Aさん「いえ、玄関くらいまでならどうにか」

隊長と隊員とでAさんを両脇から支え玄関まで出ることにしました。玄関まで出ると、機関員が用意してあるはずのメインストレッチャーが用意されておらず…

機関員「ちょっと待ってください!患者さんを乗せたらすぐに移動しますから」
運転手「オレは急いでいるんだ!そんなところに停めたら通れないじゃないか!どけよ、邪魔なんだよ!」
機関員「すぐに移動しますからちょっと待ってください、今、活動中ですから」
運転手「救急車ならどこにでも停まっていいってことはないだろ!すぐどけよ!」

救急車の後ろには乗用車が停車しており、救急車が停まっているせいで立ち往生していました。乗用車の運転手である若い男が降りてきて救急車をどけろと機関員に罵声を浴びせているのでした。機関員はメインストレッチャーを降ろして準備を始めました。

機関員「患者さんを乗せたらすぐに移動しますから、少し待ってください」
隊員「Aさん、私はちょっと離れますよ、少し頑張ってくださいね」

Aさんの身体を支えていた隊員は機関員の下へ、メインストレチャーを降ろして準備しました。

隊長「さあ、Aさんこちらにどうぞ、ここに横になってください」

そうやってまさに今、具合の悪い傷病者を扱っているその光景を目の前にしても…

運転手「早くしろよ!救急車が邪魔なんだよ!早くどけって!ずっと言っているだろコラ!」
隊長「すみません、すぐに動きますからもうちょっと待ってくださいよ、ごめんなさいね…」
運転手「ずっと待たされているんだ!ふざけるなよ!早くしろよコラ!」
隊員「すぐ移動しますからちょっと待ってください」
運転手「急いでるっつってんだろ!コラ!」
隊員「すみません、すぐに動きますから」

(傷病者があんたの家族や恋人でも、あんた同じこと言うのかい?あぁ…言いたい…言えない…)

救急隊を捲くし立てる運転手、この光景にAさんも旦那さんもだんまり、事を荒立てないように謝りながら活動する救急隊…。

大都市の住宅事情もあって、救急隊は狭いところに停車することも多く、実はこんな事がけっこうあるのです。公務でやっていることですが、トラブルになれば結局、自分の身に降りかかってくるのです。どんなに腹が立っても「すみません」を連呼して事を荒立てないようにしています。

いつだか消防車にも同じ事を言ってきた人までいました。目の前で火災が起こっており、水を送っている消防車に「火事?オレには関係ない、いいからどけ」と罵声を浴びせ続けた人までいたくらいです。

くぅぅ、チクショウ!…なんでオレたちが謝らなくちゃいけないんだ、そんな事を思いながらも事を荒立てず穏便に穏便に…、すると…この光景を見るに見かねたのでしょう。

隣人の男性「オイ!お前、さっきから何言っているんだ!」
運転手「だから急いでいるつってんだろ!オラ!」

やめて~!いらないトラブルになんてならないように我慢しているんだからここで喧嘩なんて始めないでくれ…。傷病者が増えたりなんかしたらたいへんです。

隣人の男性「救急隊が急病人を搬送している最中だろう!分からないのか?」
運転手「救急車だからって人の通行を妨げていいのか!?えぇコラ!」
隣人の男性「なんだとこの野郎!」

ヒートアップするふたり…。けんかをやめて~二人を止めて~。隣人の男性にまで食ってかかる運転手、するとさらに…

初老の男性「お前、さっきから聞いていればいい加減にしろよ!」

あらら…あなた様はどちら様?それを見ていた隣人であろう初老の男性がさらに加わりました。争わないで~もうこれ以上~。

初老の男性「お前どこの者だオイ!ここは私道だぞ、あそこの入り口に私道だって書いているの見えなかったのか?ここの住人じゃないよな?」
運転手「そんなもん知らねえよ!」
初老の男性「お前、誰に断ってここを走ろうって言うんだ!?ここはこの辺りみんなの道だぞ、その私有地に救急車が停まっているんだ、分かっているのか?」
運転手「うるせえな!オレは急いでいるんだ!」
初老の男性「上等だバカ野郎!この道の持ち主を搬送しようって時に救急車がここに停まることの何が悪いって言うんだ?オレたちがオレたちの道に停まるのを許可しているんだよ!お前が通るなんて許可していない!」
隣人の男性「お前、文句があるならここにいろよ!今から警察を呼んでやるからな!白黒付けようじゃないかオイ!」
運転手「…」

隣人のふたりの男性のあまりの剣幕にすっかりとさっきまでの威勢がなくなった運転手でした。


車内収容

隊長「はぁぁ…行こう!広いところまで」
機関員「いや、隊長、それが…、なんかもう大丈夫みたいですよ」
隊長「へ…?」

さっきまで散々大騒ぎし、わめき散らしていた運転手、狭い道をかなりの勢いでバックしてあっという間にどこかに消えてしまいました。静かになった救急車内、ふぅぅ…、これでやっとまっとうな活動ができる。

それにしてもあれだけ大騒ぎしていたのに逃げ足の速いこと。以前に同症状でかかったことのあるI病院に連絡し、すぐに受け入れてもらえる事となりました。さあ出発です。

隊員「助かりました!病院が決まりましたから救急隊は出発します」
隣人の男性「ああ、どうも、救急隊もあんなのがいるとたいへんだね、頑張ってな!」
隊員「ありがとうございます!」
初老の男性「ご苦労さまです、よろしく」
隊員「本当に助かりました、ありがとうございました!」


病院到着

「メニエール病 軽症」


帰署途上

隊長「ふざけたヤツだったよな!」
機関員「ふたりが家に入ったあとすぐですよ、後ろにつけて、どけどけって騒ぎ始めて…救急車にはオレひとりだし最悪でしたよ」
隊長「あの運転手、世の中は自分を中心に回っていると思っているんじゃないのか?」
隊員「オレの進む道は誰にも止められないぜって感じ?でも、お前の道じゃないって言われてましたね」
機関員「だから地図に出てなかったんだな、地図にはあの道が表示されてなかったんですよ、私有地だったんだな」
隊長「今時珍しいよな、地域の繋がりがあって」
隊員「そうですね、救急車が来たら近所の人が出てきて一緒に案内するなんて、近所の助け合いが生きてますね」
隊長「震災が起こった時、あんな地域だけがしっかりやっていけるだろうなきっと」
隊員「そうですね、地域みんなで助け合って、それが大事ですよね」
機関員「あの若い運転手みたいのが一番大騒ぎするタイプだな、行政の対応が悪い、オレは被災者なんだ!分かっているのか?なんて言いそう」
隊長「言うね、間違いないね…」

私たちの活動を理解してくれる住民のみなさん、一方で今回の運転手のようにお前らなんて関係ないと思っている人、きっと住民の大多数を占めていると思われる前者の人たちのためにもっと胸を張って活動がしたいものです。

ところが後者のような人ほど何かと主張をするもので…、穏便に穏便にと小さくなって活動している。何かと窮屈な大都市の町並み、私たちの活動も何となく窮屈です。



119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。

すべては救命のために

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