当たり前って何だっけ?

救命士のこぼれ話

病院の駐車場

医療機関に到着、傷病者を処置台に移しました。 隊員、機関員は ストレッチャーの消毒や資器材の点検など次の出場体制を整えます。 隊長は医師に引き継ぎ中です。

機関員「熱っぢぃ~…夕方だっていうのにまだ30℃超えてるぜ」
隊員「ええ、だからこの忙しさですね…、一度は署に戻りたい…」

炎天下であったこの日、交替直後から出場し、連続出場を繰り返した救急隊はほとんど消防署に戻ることができず夕方になってしまいました。もう8時間ほど、ほぼ消防署に待機できていない状態です。休憩も昼休みも返上、昼食はいつものように病院の駐車場の救急車内で流し込むように食べたのでした。救急車の無線が鳴り響きました。


無線呼び出し

機関員「おいおいおい…またかよ、まだ病院到着から10分も経ってないぜ…」
隊員「まだ引き継ぎが終わってないと言っておきます」
機関員「ああ、頼むよ、消毒だってまだ終わらない」

本部「救急隊、〇町で入電です、出場できませんか?」
隊員「隊長が戻っていません、まだ医師引継ぎ中です」
本部「そうですか…、どうにか出られませんか?次は〇救急隊なんですよ」
隊員「〇救急隊!…いやぁ、すみません、 再出場体制がまだできていません 」
本部「…了解、救急出場がひっ迫しています、早期に再出場体制をお願いします」
隊員「了解しました」

機関員「どうにか出られないかって?」
隊員「はい、救急出場がひっ迫しているって、我々が出られないと〇町に〇救急隊を運用しないといけないって」
機関員「そりゃすげえな、10キロ近くあるんじゃないか…、でも俺たちだって今の現場、〇町だもんな、どの隊も同じってことだな…」

隊長が医師への引継ぎを終えて救急車に戻ってきました。

隊長「ふう…疲れたな…」
隊員「お疲れさまでした」
機関員「今日も朝から出ずっぱり、昼休みなしですからね、下手すると夕食も署では摂られないかも…」
隊長「今、医師に言われたよ、何で〇町の救急隊がこんなところまで来るんだって…、最近、とんでもないところの救急隊がやってくるのが日常茶飯事だってさ」
機関員「でしょうね、今日もほぼ待機できていないじゃないですか、帰署できても数分でまた出場だ」
隊長「やれやれ、今日も夜まではこんな感じかな…」
機関員「さっき〇町に出られないかって呼び出しがありました、早期に出場可能体制をとってくれとのことです」
隊長「はは…〇町に出ろって?帰れそうにないな…」

救急車の無線機が鳴り出しました。

機関員「はぁぁ…せめて受け持ち区域にしてほしい」
隊長「〇救急隊ですどうぞ」
本部「〇町で救急入電です、再出場願います」
隊長「〇町…了解です」
機関員「〇町!これまた遠いなぁ」
隊員「ふぅ…ますます署が遠くなりますね…」



やっと帰署、でもまた出場

消防署に戻ることができたのは夕方の点検時間の後でした。救急隊以外の隊はみんな夕食を済ませていました。

出場の繰り返しで、使った資器材の補充、AEDのバッテリーの充電など、まず再出場体制を整えます。体制を整えたなら食事です。ここでどうにか食べないとまた出場がかかってしまう。とにかく食事を…早く食事を…、そんな願いも空しく出場指令が鳴り響いたのでした。

結局、救急隊が食事を摂れたのは22時を回った頃でした。この時間になると周辺の出場状況も少し落ち着いてきました。やっと、食事ができる。でも急がないと…、繁華街をかかえる隊はこれからが忙しい時間になります。


消防署の食堂、やっと食事

機関員「…良かったどうにか食えた」
隊員「オレもです…せめて30分、待機したいですね」
機関員「そうだな…、オレは少しだけでも休憩したい」
隊長「悪いな…、こんなのおかしいよな?」
隊員「いや、隊長が悪いことなんて何もないですよ、命令で出場しているんですから」

隊長「いや、そうなんだよ、それはそうなんだけどさ…、隊長は部下の安全や健康を守るのも仕事なんだよ…それがまったくできていない…」
機関員「いやいやいや…、それは現場レベルの問題じゃないですよ、他の救急隊だってみんな同じだ」
隊長「でも、労働者に休憩も食事も与えないで働かせたらいけない、それは守らなければいけないことだ」
隊員「それはそうですけど…、この仕事は仕方がないですよ」

隊長「確かにこの仕事を選んだ以上、それは仕方がない、でも、それが毎日毎日ずっと続いているのは絶対におかしい」
機関員「それは…、そうですね、もう休憩も食事も定時に摂れない、それが当たり前になってる、前はこんなんじゃなかった…」
隊長「俺たちもイカれちゃってるのさ、何が異常か分からなくなっている…、この仕事を選んだ以上、休憩中も要請があれば飛び出すのは当たり前だけど、四六時中、休憩も食事も返上はやっぱり異常事態だ」
機関員「…確かに、昼休みなんていつからとってないだろう?」

隊長「何より申し訳ないのが、救急車を本当に必要としている傷病者だ」
隊員「それは…間違いなくそうですね…」
隊長「オレはずっとこの仕事をやってきたけど、昔は消防隊も救急隊も町を守るのが仕事だったんだ、でもどうだい?今日は何回この町のために働いた?」
隊員「今日は…どうでしたっけ?」
機関員「1件、朝の出場だけ、オレたちの受け持ち区域に出たのは…」
隊長「おかしいって思わないか?この町のために働いていない救急隊なんて?」
隊員「おかしいです…、迅速に駆け付けることなんてできないですから、近くにいないんだから…」

隊長「オレたちが本来出るべき区域にどれだけ出たかって、価値がある数字だと思わないか?」
隊員「そんな統計あるんですか?」
機関員「聞いたことないな…でも、それってヤバイ数字になるんじゃないですか?今日だけでみれば、少なくともこの隊は…20%を切っていますよ」
隊長「直近隊稼働率?受け持ち区域部隊運用率?担当区域出場率?言葉が分からない…聞いたことないよな?どこかの消防本部で出しているところがあるのかな?町の人が知るべき、価値のある数字があると思うんだよな…」

隊員「それは、確かに知りたい、改善しなければいけないきっかけにも繋がりそうですね」
機関員「それは…難しいんじゃないか?」
隊員「何でですか?」
機関員「はは、そりゃ、お前が言った通りさ、改善しないといけないきっかけになっちまったら困るじゃないか、課題程度で済む数字なら良いけど、ヤバすぎる数字はみんなひいてしまう」

隊員「なるほど、確かに…」
隊長「繁華街の救急隊なんてひくじゃ済まない数字になるかもな…」
機関員「わざわざそんな数字を出す消防本部なんてないんじゃないか?」
隊長「もう、この町を守るのが当たり前だなんて認識が間違っているのかもな、そんな数字に意味はないか、時代が変わったってことかな?」
機関員「いやいや…そこは変わっちゃいけないところじゃないですか?町の人たちもそこは当たり前であったほしいと思っていると思いますよ」


出場指令

消防署に出場ベルが鳴り響きました。

機関員「おっと、またお呼びだ」
隊長「今回は守るべき場所に、といきたいものだな…」

「救急出場、〇町〇丁目…」

機関員「〇町だって…」
隊長「さらに数字低下…」
機関員「またこの町を守れない…15分以上はかかりますよ、今やこれが当たり前…」
隊長「やれやれ…、当たり前って何だっけ?」


少しの間、コメントを解放します。救急隊の方々からのご意見を頂けると嬉しいです。最も近くの隊が出場した比率を公開している消防本部はあるでしょうか?ご存じの方がいたら是非ともコメントをお寄せください。みなさんの隊はどの程度、本来出場するべき場所に出場できていますか?

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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