緊迫の救急現場
前回の記事では劇的な救命だけではないやりがいのある現場の話(この国には希望がある)を紹介しましたが、今回はまさに救命劇、これぞ救急隊のやりがいというお話です。
出場指令
晴天の温かい日、消防署に緊急指令が鳴り響きました。
「〇救急出場、〇町〇丁目…、〇運動場、男性は息苦しいもの、通報は友人男性から」〇運動場は受け持ち区域、待機していた一番近くの救急隊に出場指令が下りました。
(119コールバック)
隊員「もしもし、そちらに向かっている救急隊です。通報いただいた患者さんのご友人ですね、患者さんの様子を教えてください」
友人「ええ、よろしくお願いします、仲間たちとフットサルをしていたのですが、プレー中に息苦しいと言い出して…」
通報者は傷病者の友人、フットサルのチームメイトでした。傷病者は40代の男性で地元の仲間たちとフットサルをしている最中、息苦しいと訴えたためプレーを中断しベンチで休んでいました。息が上がったのだろうと様子をみていましたが、いつまで経っても改善しないため119番通報に至ったのでした。特に持病もない元気な方とのことです。
隊員「分かりました、では今もベンチに横になっているのですね、意識もしっかりしていて、呼吸が荒いこともありませんね」
友人「ええ、みんな帰ろうと支度していたのですが、何かおかしいって、歩くのが怖いだなんて言い出したものですから要請しました、よろしくお願いします」
隊員「間もなく到着できます、サイレンが聞こえたら大きく手を振ってください」
聴取できた内容を隊長と機関員に報告、共有します。
隊長「なるほど、フットサルをする40代男性となると、もちろん元気な人だな、息苦しい以外に訴えはないって?」
隊員「はい、意識もしっかりしているそうです」
現場到着
指令先の運動公園の入り口に大きく手を振る男性の姿が確認できました。案内人は傷病者のチームメイト、彼の案内で現場に向かいました。傷病者はFさん、体格の良い方で概ね身長170センチ、90キロくらいでしょうか。通報者の友人が付き添っていました。
隊長「こんにちは、救急隊です、分かりますね?」
Fさん「はい、お世話になります、よろしくお願いします」
隊長「電話でお話は簡単に聞いています、どうされましたか?」
Fさん「ええ、さっきまでフットサルをしていたのですが…」
Fさんの意識はしっかりしており、自身の状況を説明できます。フットサルの最中に息苦しくなったのでベンチに横になり休んでいた。もう大分休んだというのにいつまで経っても息苦しさが改善しない、何やら胸まで苦しいような…何かおかしい。
隊長「なるほど、息苦しさから始まって、今は胸も苦しい感じがする?」
Fさん「はい、そうです」
隊長「痛みはありませんか?」
Fさん「痛くはないんです…何というか苦しいというか…変なんです」
隊長「そうですか、分かりました、心電図モニターと酸素の準備も」
隊員「了解です、隊長、バイタルなんですけど…」
Fさんは意識もしっかりしており、息苦しさを訴えていますが呼吸状態も問題なし。SPO2値も血圧も正常数値でした。ただ、脈拍が60代と徐脈傾向、救急隊長は酸素投与と心電図モニターを指示しました。
隊員「Fさん、ユニフォームをめくります、心電図をとらせていただきます」
Fさん「はい、分かりました」
先ほどまでフットサルをしていたはずですが、汗はすっかり引いており、胸部を清拭する必要はありません、冷汗もありませんでした。救急隊のAEDに心電図波形が表示されます。これは…
隊員「隊長…これってSTが…」
隊長「う~ん…上がっているよな」
隊員「レートは60、橈骨動脈とも同期しています、ST上昇、徐脈ですね」
隊長「循環器、急ぐぞ、除細動パッドに切り替えろ!」
機関員「了解、CCUがある直近は〇病院です」
現場の空気が変わります。CCUとは心筋梗塞や狭心症など重症な心疾患に対応できる病室のことです。隊長はFさんを循環器系疾患の重症と判断しました。ST上昇とは冠動脈疾患の際に現れる心電図波形です。疑っているのは心筋梗塞、緊急度・重症度大。
現場出発
Fさんをメインストレッチャーに載せ救急車に向かう間に機関員は直近のCCUを有する病院に連絡を取りました。すぐに受け入れ可能の回答をもらい、車内収容してすぐに現場を出発しました。通報者の友人が救急車に同乗しました。
隊長「それでは友人の方は搬送先を奥さんに連絡してあげてください、〇病院に急いで向かいます、救急車なら10分かからないで到着できます」
友人「分かりました、〇病院ですね、奥さんに連絡します」
Fさん「よろしくお願いします」
Fさんの意識状態はまったく問題なし、バイタルサインも変わりませんでした。一見重症度が高いようには見えませんが、疑っているのは冠動脈疾患です。突然の心肺停止だってあり得る。救急車の後部座席には隊長と隊員、2名で傷病者管理に当たりました。救急車は緊急走行で病院へと急ぎます。
Fさん「…オレ大丈夫でしょうか?重い状態なんでしょうか?」
隊長「Fさん、救急隊は心臓の疾患、心臓に血液を送る冠動脈という血管に何かが起こっているのではと疑っています。大丈夫、心臓の専門医がいる病院に急いで向かっていますから、頑張ってください。」
Fさん「はい…よろしくお願いします…」
友人「F、頑張れ、奥さんもすぐに来てくれるって、大丈夫だから心配するな」
Fさん「ああ、ありがとうな…、あの…救急隊さん」
隊長「はい」
Fさん「オレ…、小学生と幼稚園の子どもがいるんですよ、まだ死ぬわけにはいかないんです、よろしくお願いします」
隊長「分かりました、あと数分で病院です、心配なさらないでください」
40代、小さな子どもがいる。死ぬわけにはいかない、死なせるわけにはいかない。大丈夫、あと5分もかからないで病院に到着できる。
Fさん「うううぅうああうぅあぅああぅぅううぅぅうう」
隊長「Fさん、Fさん!!」
Fさんが突然、けいれんを起こし始めました。冠動脈疾患を疑いけいれんを起こすといえば最も疑うべきは…、緊急走行中の救急車内であるため 心電図波形に 乱れはありますが、不規則な波形が映し出されていました。
隊員「隊長、VF(心室細動)です!除細動を!」
隊長「待て!評価と安全確保があってからだ!機関員は安全なところに停車しろ、容態変化!」
機関員「了解、停めます!」
友人「F、F!おい、しっかりしろ、嘘だろお前、しっかりしろ!」
隊長「立ち上がらないで!呼吸、脈拍の評価だ、心電図は停車してからじゃないと正確な評価ができないぞ!」
隊員「了解!」
緊急走行する救急車内でFさんの心臓が止まりました。心臓には右心房、左心房、右心室、左心室、四つの部屋があります。この4つの部屋が連動し規則正しく拍動することでポンプの機能を果たします。心室細動は心室が非常に早く震える結果、ポンプ機能が失われる致死的不整脈です。
隊長「意識レベル300…」
隊員「呼吸、脈…なし、心マ開始します」
機関員「停車しました!後ろに行きますか?」
隊長「そのままでいい!すぐに出発できる準備を!心マ中断、心電図波形は…VF、解析するぞ!隊員は時間管理、タイマーを使え」
隊員「了解!」
隊長「友人の方、今のFさんの状態なのですが…」
心臓が血液を送り出せなくなるので全身を巡る血液の循環は停止します。脳にいく血流もなくなるためけいれんを起こすことがあるのです。Fさんのけいれんはすぐに止まり、CPA(心肺停止状態)となりました。心室細動に最も有効な処置は除細動、電気ショックです。
隊長「離れてください、電気ショックを行います」
友人「はい…お願いします」
隊長「充電完了、波形は…VF」
隊員「VF、間違いありません!」
隊長が通電ボタンを押しました。ビクンと跳ねるようにFさんの身体が動きます。
隊長「 除細動実施、〇時〇分 、出発しろ!」
機関員「了解!」
隊員はすぐさま心臓マッサージを再開しました。 再び病院に向けて走り始める救急車、あと数分で到着できます。
Fさん「いたっ!痛い!」
隊員「うわぁ!」
突然、Fさんの目が開き心臓マッサージをしている隊員の手を振り払いました。えっ!心拍再開!
隊長「Fさん、分かります?分かりますか?」
Fさん「え…ええ、いた、痛たた…」
友人「F、F!分かるか分かるのか?」
Fさん「え…ああ、分かる、胸が痛い」
隊長「回復兆候、 〇時〇分 、バイタルを全部再評価しよう」
隊員「はい、了解、Fさん、また血圧を測らせてもらいます」
すごい。除細動一発で脈拍のみならず意識まで回復した。隊員がFさんのバイタルサインを再度測定しました。心肺停止前と変わらない状態、Fさんは胸の痛みを訴えていましたが…
隊長「Fさん、胸の痛みは先ほどのものではないでしょ?」
Fさん「ええ、あの…なんと言うか、普通に痛いです」
隊長「Fさん、あなたはね、つい先ほど心停止になったのですよ、我々が心臓マッサージをしたから痛いんです」
Fさん「ええ!心停止、大丈夫なんですかオレ…」
隊長「心配しないで、もう病院です、病院に着きますよ」
医療機関到着
医師「それじゃあ数分前に心肺停止に?」
隊長「はい、除細動から1分かからずに心拍再開、意識も清明です、これが波形です」
医師「…なるほど、心室細動だな、時間は…〇時〇分、また心停止あるぞ!AEDは?パドルがすぐに使えるように!」
若い医師「はい、準備できています!」
これまでの経過、概要などを申し送りしている中、Fさんが再びけいれんを起こし始めました。
隊長「先生、さっきもです、けいれんを起こしました!」
若い医師「VF!VFです!」
医師「除細動行くよ、パドルを!」
医師による除細動が行われました。若い医師が心臓マッサージを始めるとFさんは目を見開きその腕を振り払ったのでした。(パドルによる電気ショックYouTube)
若い医師「おわぁっ!」
Fさん「痛いっ!いた!いたたた!」
医師「分かるね?痛いなら良かった、意識がしっかりしている証拠だ、あなたはこのたった数分の間に2回も心臓が止まっているんだ、すぐに手術するからね」
Fさん「手術…あの…先生、お願いします、オレ小さな子どもがいるんです、よろしくお願いします」
医師「大丈夫、絶対に助けるからね、がんばろう」
「急性心筋梗塞 重篤」
隊長「それでは先生、よろしくお願いします」
医師「はい、お疲れ様でした、良い活動でしたね」
隊長「ありがとうございます、Fさん、救急隊はこれで失礼します」
Fさん「はい、あの…助かりました」
隊長「 奥さんも間もなく来ると思います、お大事に」
Fさん「あの…本当にありがとうございました…、あの…あなたたちは命の恩人です、他のみなさんにもよろしくお伝えください」
隊長「ありがとうございます、失礼します」
医療機関引き揚げ
機関員「まさに危機一髪だな、すぐに意識まで戻るなんてね」
隊員「驚きましたよ、脈拍が戻ってから徐々に意識が戻ることはあっても、あんな風に回復するなんて」
隊長「救急隊の目撃下での心停止だ、すぐに胸骨圧迫もしているし、除細動ですぐに心拍も再開している、脳血流がほとんど止まらないで済んだだろうから脳へのダメージはないだろうな、やっぱり除細動って効くな」
機関員「小さな子どもがいるって言っていたな、大丈夫かな」
隊長「すぐにオペするって、きっと大丈夫だよ」
機関員「今回は受け持ち区域でよかった、オレたちが駆け付けなかったらあの人は助からなかったかもしれませんよ」
隊長「ああ、そうだな、でも直近隊が駆け付けて助ける、これが本来あるべき姿だよな、救急隊は命の恩人だってさ、感謝の言葉をいただいたよ、良かったな」
隊員「はい、これこそが救急隊のやるべき仕事です」
当サイトで紹介させてもらっているように、かなりの活動が救急車でなくても問題のないような事案です。しかし、今回のように一番近くの救急隊が迅速に駆け、一番近くの適正な医療機関に搬送する、そんな当たり前が行われないと助けられない事案も間違いなくあるのです。
逆説的に言えば、一番近くの救急車が駆け付けられなかったことで助けられなかった命もあるはず…。キラリと光るやりがいのある一方で、本来あるべき当たり前が当たり前にできていない現実が重いです。
(受け持ち区域にまったく向かうことができない日の話、当たり前って何だっけ?)
119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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