オレに家族なんていないよ

仰天の現場

人は必ず老いていきます。老いていけば病気のひとつやふたつと付き合っていくことになるものです。年を重ねていく過程を過ごすのが夫婦でなのか、子供たちとか、家族たちか、いつの間にかひとりになっているのか…。


出場指令

温かい日差しの午後、消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町○丁目S方に急病人、男性本人からの通報で発熱、動けないもの」

いつも最初に気が付くのは地図を確認する機関員です。

機関員「あれ?ここ行ったことあるな…」
隊員「○町のSさん…そうですか?」
機関員「ほら確か…透析をやっているはずだよ、いつだか透析日に具合いが悪いって呼ばれただろ?」
隊員「ああ!あのおじいさんですか、そうだそうだ!行ったことある!」

過去に搬送したことのある方でした。119番通報のあった電話に連絡するも応答はありませんでした。


現場到着

救急車はSさんの家の前に停車しました。

隊長「そうだそうだ!確かに来たことあるよな、確か一人暮らしだったよな?」
機関員「ええ、○駅前のクリニックで透析をしていたはずです」

Sさんのお宅は古い木造の一軒家、広い庭には木々が生い茂っており手入れがされている印象はありません。駅までも近い地域にあり、周りはマンションばかり、何か浮いている印象があったためよく覚えていました。


傷病者接触

隊長「こんにちは!Sさん、救急隊です」
Sさん「こっちだ…上がってきてくれ~」

部屋の奥から声が聞こえました。声の聞こえる奥の部屋に入っていく私たち、Sさんは80代の男性、1階の部屋の布団上に寝ていました。

隊長「通報いただいたSさんですね?どうされました?」
Sさん「ああ、申し訳ないね、身体がだるくて動けないんだ…」
隊長「そうですか、それはいつからでしょう?」
Sさん「もう2日前から」
隊長「そうですか、Sさんは確か人工透析をしてましたよね?透析はどうされてますか?」
Sさん「2日前に透析を受けて…帰ってきてからもうずっとだるくてだるくて動けないんだ」

腎臓は血液をろ過し、老廃物を除去して綺麗にする機能があります。人工透析とは、腎不全などでこの機能が低下してしまった人の血液を人工的にろ過する治療です。週3回に透析病院に通院していることが一般的です。

隊長「そう…この2日、食事もほとんどできていないですか?」
Sさん「そうだな…どうにかトイレは行っていたんだけど、食事はほとんどしていないな…」
隊長「と言うことは、今日が透析日?」
Sさん「ああ、そうなんだよ」
隊員「隊長、バイタル測れました」

Sさんは38度台の発熱がありました。2日前に人工透析の治療を受けて帰宅してから身体がだるくて動けない、そして発熱、意識や他のバイタルは特に問題はありませんでした。高血圧、糖尿病、慢性腎不全などの既往症があり週3回の人工透析を受けている方、この日は人工透析を受けなければならない日でした。直近の内科で選定…とはいきません。

隊長「Sさん、今日が透析日ならまず透析を受けないといけないですね、かかりつけに連絡しましょうか?」
Sさん「ああ、そうしてくれ、頼むよ」
隊長「それでは○駅前の〇クリニックでしたね?連絡してみます」

人工透析を受けなければ命に関わります。かかりつけのクリニックに連絡するとすぐに受入れてもらえることとなりました。


搬送途上

隊長「先生がすぐに来てくれって、〇クリニックに向かいますよ」
Sさん「ああ、悪いね、よろしく頼みます」
隊長「Sさん、一人暮らしみたいですが、ご家族は?誰か駆け付けてくれる方はいませんか?」
Sさん「妻が死んでからはずっとひとりだ、オレには家族なんていないよ、ははは」
隊長「そうですか、分かりました」
Sさん「身体もあちこち悪いし…こんな調子じゃそろそろ妻が迎えにくる頃だろうよ、ははは」
隊長「…」

Sさんは妻が亡くなってからはずっとひとり、いろいろと患っているしもう長くはないさ、そんな風に言って笑うのでした。


医療機関到着

救急隊は救急病院に搬送することがほとんどですが、このような事情の場合、かかりつけのクリニックに搬送することもあるのです。

「発熱 軽症」


帰署途上

隊長「この前、行った時よりずいぶんと弱ったよな?」
機関員「ええ、オレもそう思いました、この前はもう少し足腰もしっかりしていましたよね?」
隊長「もうずっと透析を受けているんだろ?高齢だし弱っていくのは仕方がないよな…」
機関員「あの調子だと近いうちにまったく動けなくなっちゃうかもしれないな…」
隊員「家族はいないんですよね…誰も助けてくれないからな…」

搬送後に入院になった場合など、その準備が必要になります。搬送先の病院もその心配をしています。家族がいれば着替えなどを準備して病院に駆け付けることになるのですが、Sさんにはそんなことを頼める家族はいないとのこと。一人暮らし、家族はいない、慢性疾患がある、今後、何事もなければ良いのですが…。

オレに家族なんていないよ、Sさんはそう言っていました。何とも胸に引っかかる続きのお話があります。それはまた来週。すぐに建ったマンションにつづく。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。

すべては救命のために

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