思いやりの一言、それが大切

救命士のこぼれ話

生活の中でちょっとした気遣い、相手を思いやる一言がとても大切であると感じることがあります。そんな一言がある人とない人との差はけっこう大きいものです。

私も救急隊の活動の中で思いやりのある一言を大切にといつも意識しています。それは、私が見てきたデキる先輩たちはこの一言がさりげなく出る人たちばかりだったからです。そんなちょっとした思いやりの一言が傷病者やその家族には実はすごく大きなもので、その後の活動をスムーズにしたり、周りを協力的に導いたり、いらないトラブルを防いだりするのです。

今回のお話は傷病者の家族と病院の看護師さん、ここにもうちょっと、あと一言があったのなら…そんな風に感じた事案です。


出場指令

休日の昼間、外は晴天、真夏の日差しが降り注いでいました。消防署に出場指令が鳴り響きます。

「救急出場、〇町〇丁目…コンビニエンスストアの前、〇歳の女児は足部を受傷、通報は父親のKさん」

との指令に私たち救急隊は出場しました。指令先は受け持ち区域、消防署から1kmもない直近地域でした。出場途上に通報電話番号に連絡する暇もなく現場に到着できました。目標のコンビニエンスストアの前で大きく手を振る男性の姿が見えました。


現場到着

隊長「救急隊です、通報いただいたお父さんですか?」
父親「はい、Kです」
隊長「お怪我されているのはあなたのお子さんですね?どうされました?」
父親「ええ、○公園で遊んでいた際に足を怪我をしたんですよ、車にいます、お願いします」
隊長「分かりました、案内してください」

○公園はこのコンビニエンスストアから数百離れた場所にある公園です。親水公園になっておりちょっとした水遊びができる公園でした。休日なので娘を連れて水遊びをしていた際に怪我をしてしまったとのことでした。


傷病者接触

隊長「こんにちは、大丈夫かな?怪我したところを見せてね」
Kちゃん「は~い」

Kちゃんは小学校低学年の女の子、コンビニエンスストアの駐車場に停めてある父親の車の助手席に座っていました。左足の親指を受傷しており絆創膏が貼ってありました。
隊長「この絆創膏は?」
父親「私が貼ったんです、○公園からとりあえずこのコンビニまで車で来て買ったんです」
隊長「そうですか、せっかく貼ってあるけど一度はがすね、ちょっと見せてね」
Kちゃん「はい」

受傷部位は左足の親指、爪が割れており血が滲み出ていました。

隊員「これは痛いね、これはどうしたの?」
Kちゃん「水遊びをしていたら石みたいなのに引っ掛けたみたいです」
隊員「そっか、痛かったね、これからガーゼで覆うからね、またちょっと痛いよ、我慢してね」

ガーゼとテープで受傷部を覆う処置を行います。締め付けたりして止血をしなくてはならないほどの怪我ではありませんでした。

Kちゃん「痛い!イタイイタイ!」
隊員「痛い?ごめんごめん!すぐ終わるからちょっと我慢ね~」
Kちゃん「は~い、あはは」

…とまあ、救急隊員の処置が痛いと笑っているくらいの様子、他に怪我はありませんでした。

父親「W病院にお願いします」
隊長「W病院?お子さんは何かW病院でかかられているんですか?」
父親「昔、私がかかったことがあったので連絡したら、看護師さんが来てくださいと」
隊長「W病院で診ると言われたのですね」
父親「ええ、救急車で来てくださいと言われました」
隊長「そうですか、お子さんの血圧など測定させていただいてから救急隊からも確認させてください」
父親「分かりました、私はこの車で行きますからお願いします」
隊長「…」


車内収容

Kちゃんを救急車に乗せてバイタルサインを測定しました。もちろん異常なんてありません。それにしても…公園で受傷して数百m離れているこのコンビニエンスストアまで車に乗せてひとまず応急処置を行い、さらに搬送先の病院まで連絡してあり、さらにその病院が診ると言っている。

W病院はこの現場から直近ではありませんが数km、自動車であれば10分もあれば到着できるでしょう。119番して救急車が駆け付けてから、処置して搬送連絡してなどの経過を考えれば、自分で連れて行った方がどう考えても早い。さらにKちゃんはどう見たって軽症です。やれやれ…何で救急車なの?いつものため息現場だと思ったのですが…。

父親が連絡したW病院に連絡、連絡は間違いなく受けているのでどうぞ搬送してくださいと直ぐに回答が得られました。しかし、電話に応答した看護師からは救急車で来るようになんて言っていないとのことでした…。



病院到着

救急車が病院に到着して5分と経たずにお父さんも病院に到着しました。救急車でなくてよかったのに…。隊長はKちゃんと処置室へ、駆け付けたお父さんも受付を済ますと診察に立ち会うために処置室へと入りました。救急車に戻ろうとする隊員に看護師が声をかけてきました。

看護師「ねえ、お父さんは救急車で来るように言われたって?」
隊員「ええ、そう言っていましたよ」
看護師「私、そんなこと言ってないから、まったく…良いように解釈するわよね、自分で連れてくれば良いのに…、今日は休日だから救急外来で診るからどうぞって言ったのよ…」
隊員「あっ!…なるほど、そういうことか…救急外来で診るが、救急車で来たら診るになったんですよ」
看護師「え?そんなことある?いや…あぁ…確かに…確かにそう思っちゃったかもしれない、ごめん、もうちょっと分かりやすく言えば良かったね」
隊員「私たちは分かるけど、医療関係でない方には分からないかもしれないですね」
看護師「私もこれから気をつけるわ」

この日は休日でしたので通常の外来診察は行われていません。こういった時に訪れる救急外来は、外来診察が終了した夜間や休日に対応する部署です。病院によってこの呼び名が微妙に異なります。「救急外来」「救急部」「救急ER」などなど。

救急病院に指定されていない病院や診療所でも休日対応を行っているところもあり、やっぱりそこでも「救急対応」「休日診療」「日曜診療」などの言葉が使われています。

看護師が父親に確認してみると、やはり休日だから通常の診察はやっていない、救急車で来たら診る、そう思ったとのことでした。車で連れて行こうと思ったけど、そういう仕組みなのだろうと救急車を要請したのだそうです。

「左母趾挫創 軽症」


帰署途上

機関員「そういうことか…なるほどね、いつもの不適切利用って訳じゃなかった訳か」
隊長「あの看護師さんがもうちょっと、あと一言、説明してくれれば良かったんだよな」
隊員「そうなんですよね、でも確かに分かりずらいですよね」
隊長「医師も看護師もオレたちも専門用語を使わないのが基本だよな、分かりやすい言葉を使わないとね」
機関員「オレたちもよく住民の目線に立ってって言われるけど、患者の目線に立つって、やっぱり難しいってことだよな~」
隊長「思いやりの一言、それが大切ってことだな」


119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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