眠れなくてね…

緊迫の現場

1分1秒を争う緊迫の現場において、相談している暇はありません。だから現場は封建的で隊長の命令が絶対です。その代わり隊長は現場でのすべての責任を背負うのです。頼りになる隊長はいつも堂々としていて、強くたくましい、だから隊員たちも危険な現場でも迷わず従うことができるのです。でも、弱いところがない人間なんているのでしょうか。


出場指令

「救助活動、〇町〇丁目…〇駅2番線、人と電車の接触事故、電車の下敷き要救助者が1名」

との指令に救助隊、消防隊、救急隊、指揮隊など複数の隊が指令されました。真っ先に消防署を飛び出していくのは救助隊、オレンジの先鋭たちは何をやっても迅速です。

機関員「救助隊はいつも迅速だなぁ~…、駅のロータリーに停めます」
隊長「了解、この時間だとそこまでの混雑はないだろうけど衆人に配慮、全身固定資器材を傾向、直近の救命センターも確認!」
隊長「了解!バックボードを準備します!」

「…出場中の各隊、現在〇線〇駅で発生した人身事故に伴い、〇線は上下線ともに運行を停止中、鉄道情報」

無線が現場の情報を伝えている。


現場到着

最先着した救助隊が重い資器材を携行して駅の階段を駆け上がる姿が見えた、流石に早い。救急隊も全脊柱固定資器材など高エネルギー外傷のための資器材を携行して指令先の2番ホームへと向かいました。ホームに停車した電車は運行を停止しており、救助隊が次々に軌道敷地内に降りていきます。

救助隊長「要救助者確認っ!車輪の挟まれ…なし!車両を持ち上げなくても救出できる!救急隊、バックボードは?」
隊長「準備できてる!救急隊も降りる!」
救助隊長「いや…そこで待機を!スペースがない!救助隊でバックボード上に救出してホームにすぐに上げる!」
隊長「了解!」
救助隊員「バックボードをこっちに!」
隊員「了解!足部側から渡します!」
救助隊長「よし!出るぞ、もう大丈夫です!頑張ってください、今あなたを助けますから」

救急隊はホーム上で待機、救助隊と数人の消防隊員が軌道敷地内に降りて要救助者の救出に当たりました。要救助者に必死に声をかける救助隊長の声が聞こえる。呼びかけに応答があるのか?傷病者は意識があるのか?

救助隊長「ホームに上げる!」
隊長「了解!みんな協力して、ホーム上に!」

出場隊員たちが力を合わせて傷病者をホーム上に引き上げました。

隊長「シートを!周りを囲って…」
消防隊長「了解…」
隊長「観察、評価…」
隊員「了解、呼吸…なし」
隊長「脈拍なし…心肺蘇生はやらない…社会死判断する…」
隊員「了解…」

本来、死の判断は医師しかできません。社会死とは社会通念上、誰が見ても死亡していると判断できる状態のことです。具体的には腐乱とか、ミイラ化しているなど。外傷の場合だと頭と胴体が繋がっていない状態の場合などです。この現場では社会死と判断し医療機関に搬送することはありませんでした。

「不搬送 社会死」


帰署途上

血みどろとなってしまった資器材、他の隊が引き揚げる中、救急隊だけは再出場態勢が整いません。医療機関に搬送すれば、病院の洗浄室などを借りて出場態勢を整えてから引き揚げるのですが、駅前のロータリーで血みどろの資器材を広げ洗う訳にもいかず、救急隊は消防署に戻り資器材の洗浄、消毒を行うことになりました。

隊長「本部には事情を報告してあるから、署に戻ってから良く洗ってな」
隊員「了解です」
機関員「はぁぁ…辛いな…オレの娘と同い年ですよ…」
隊長「ああ…遺体と対面する親御さんの姿を考えると…特にな…」

誰もが死亡していると判断できてしまう状態、警察署で対面する我が子に親御さんは正気でいられるでしょうか…いられる訳がない…。


深夜の消防署

資器材の洗浄、消毒を終えると、まるでそれを待っていたかのように救急隊には出場指令が入るのでした。感傷に浸る間もなく繰り返される出場指令。連続出場で消防署に戻ることもなく、いつの間にか日付が変わっていました。

機関員「…もう休もうぜ、本当に疲れた」
隊長「ああ…休もう、少しでも横になろう」
隊員「はい、これだけ事務室に持って行ったらすぐに休みます」
機関員「先に休むぞ」

車庫から階段を登って消防署の事務室へと向かいます。真っ暗な事務室、こんな深夜に事務仕事するのは救急隊しかいやしない…。おや?明かりが点いてる。

隊員「あれ?…お疲れ様です、戻りました」
救助隊長「お疲れ様…、今夜もこんな時間まで大変だな、早く休んでよ」
隊員「ありがとうございます、これから休みます、…隊長、どうされたんですか?こんな時間に」
救助隊長「いや…眠れなくてね…昼間の電車事故」
隊員「ああ…そうですか…確かに凄惨な現場でしたからね…」
救助隊長「ああ…横にはなるんだけど、何て言うのかな…瞼にあの光景が焼き付いてしまっている感じで…」
隊員「そうですか…隊長でもそんなことがあるんですね、以外です」
救助隊長「そりゃあるよ、オレだって人間だもの、実はオレ、凄惨な現場は苦手なんだ…特に若い子だったから…」
隊員「そうなんですか、救助隊はみんな慣れっこなのだと思っていました」
救助隊長「それを言ったら一番、慣れっこなのは救急隊だろ?」
隊員「それは確かに…そうかもしれませんけど…」
救助隊長「君は慣れたのかい?凄惨な現場でも辛くないのか?」
隊員「辛くないなんてことはありませんけど…食事ができなくなったり、眠れなくなったり、そんなことはありません…そうじゃないと務まりません」
救助隊長「そうか…それなら救急隊に向いているな、オレにはできないよ、血だらけの現場も糞尿まみれの汚れた現場も怯むことなんてないもんな、救急隊はすごいと思う」
隊員「何言ってるんですか、救助隊こそ選ばれたメンバーばかりじゃないですか、私にはあんな訓練も活動もとてもできません」
救助隊長「オレたちはこっちが向いているだけだよ、まあ、みんなそれぞれの特性、得意があるってことだな、オレにはできないことをやってくれている、お互いに大変だけど頑張ろうな、オレも横になる、次の現場に備えないとな」
隊員「はい、疲れました…、私はすぐに休めると思います…」
救助隊長「ハハハ…君は救急隊に向いているよ」

オレンジの精鋭、誰もが一目置く救助隊長、若い消防士たちの多くが憧れており、いつかあのオレンジを着て活動したいと目指している。そんな存在の人だって、実は同じ人間で苦しんでいる。着ている服の色は違くても目指すところは同じ、救命…。遠い存在と思っていた人が、実は近い存在な気がした夜でした。

強い、万能、そんな風に思える人だって、苦手があって得意がある。誰かの苦手は誰かの得意、だから助け合ってチームが生きる。消防官なら憧れるオレンジの精鋭たち、及ばないことばかりだと思っていたのに、オレにできないことをやってくれているなんて…。なるほど、だからあの隊長は尊敬されているのか…。


救急寝室

凄惨な現場でも眠れなくならないなんて嘘…。凄惨な現場だからといって、食事も睡眠も摂れなくなっていたら務まらないけど、簡単に眠れる訳がない、辛くない訳がない。でも、少しでも眠らないといけない、どうせ次が待っているのだから。そういえば先輩、辛いって、娘と同じ年って言っていたな…。隊長と機関員に遅れること数分、救急寝室に入ってみると…

隊長「zzz zzz」
機関員「zzz コォー zzz コォー zzz コォォー」

この域までいかないと務まらないか…。それにしたって…たった数分なのに…。隊長も機関員もすっかりと眠っているのでした。

隊長「zzz zzz」
機関員「zzz コォー zzz コォ~ォォ zzz コォォー」
隊長「zzz zzz」
機関員「zzz コォー zzz コォー zzz ピィィ」

あぁぁ… ピィィって何だよ!いびき、うるせえ!眠れない…。


119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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救急隊とプライバシーの問題
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