ローテーションは歪を生んで

救命士のこぼれ話

救急資格を取ってきたばかりの後輩が救急隊の予備隊員として救急車に乗車するようになりました。この日、正規の救急隊員の私は彼と入れ替わってポンプ隊の隊員を務めていました。

消防署の様々な隊の中でも出場件数、稼働時間がぶっちぎりの救急隊、隊員の労務管理やこれから救急隊を目指す者の育成のためなどの目的から、よく交替乗務が行われています。交替乗務とか、ローテーション乗務などと呼ばれています。

他の隊に乗車してみるとよく分かります。救急隊員の顔って朝しか見ない…。昼を過ぎて、夕食の時間を過ぎてもまだ帰ってこない。救急隊が帰署したのは20時を回った頃、すっかり冷めた夕食を温めました。


消防署の食堂

後輩「大変だとは思っていましたけど…」
「食事も休憩もなし、大変でしょ?早く食べないと次の指令がかかるよ」
機関員「そうだぜ、早く食べるのも救急隊の仕事だ」
後輩「了解です」

こんな会話をしていると、やっぱり出場指令が流れたのでした。可哀想に…。

「どうする?ラップしておく?」
後輩「いいえ、もう大丈夫です、すみません、お願いします」
「了解、片付けとく」
機関員「オレは食ったぞ、頼んだ、よろしくな!」

流し込むように夕食を摂った救急隊がまた出場していきました。これで朝から8件目の出場、ほぼ消防署に待機していない。もちろん休憩もゼロです…。救急隊が食事を済ませたので若い消防士たちを中心に食堂を片付けて事務室へと向かいました。


事務室

今日は救急から離れている、溜まりに溜まっている事務仕事を片付けられる。おや…大隊長のところに隊長クラスが集まっている…。嫌な予感…。

大隊長「今日も稼働時間、運行距離、どっちもダメだ、次に帰ってきたら救急隊員と機関員は交替させるぞ!」
当直「了解です、それではポンプ隊員を降ろして救急に、それからこっちの隊のこいつがこっちに乗って…」

当務責任者である大隊長は、連続出場、稼働時間、運行距離など労務管理の観点から救急隊のメンバーを交替させると判断したのでした。大変なのは当直、他の隊の資格者と交替させ、これからの各隊の構成を再編成しなければなりません。

当直「次、帰ってきたら救急に乗ってもらうから、準備よろしくな!」
「了解です」
当直「救急機関員はN士長がお願いします」
N士長「まったく…、またですか、オレだって仕事を抱えているんですよ、救急隊が大変なのは分かるけどさ…こんなの上の保身のためだけじゃないかって思っちゃうよな~…」
当直「まあそう言うなって、方針なんだから、仕方がないよ」
「すみません、よろしくお願いします」
N士長「お前が悪い訳じゃないけどさ、寄せ集めみたいなチームを作ってみたり、こんなの住民のためにもなってないよな?」
「まあ、そうですね…」
当直「気持ちは分かるけど命令だから仕方がないよ…よろしく」
N士長「はぁぁ…、了解です」

まあ気持ちは分かります。正規の救急隊員だって、こんな時間から救急車に乗ってなんて言われれば、事務ができなくなってしまうとがっかりしてしまう。しかし、ひとたび災害があれば何があっても現場に急行しなければならないのは、どの隊に乗っていたって同じことです。

予定していたとおりに自分のペースで仕事ができない、そんなことは災害に対応する消防官なら当たり前のこと。消防署にいられないのが当たり前の救急隊からすれば、待機しているのが当たり前と思っている方がおかしい。

ポンプ隊長「結局、これから救急車だって?」
「はい、間もなく帰ってきますので着替えます、よろしくお願いします」
ポンプ隊長「ああ、お疲れさん、それでも今日はちゃんと夕食までは摂れてよかったな?」
「はい、それは良かったです」
ポンプ隊長「でもそれって当たり前だから、休憩して食事を摂るのは普通のことだから、今夜も激務だろうけど頑張ってな」
「はい…ありがとうございます」

そうでした…。救急隊は休憩なし、早食いが仕事、連続出場が当たり前、やっぱりそれって当たり前じゃない。おかしくなっているのは救急隊か…。当たり前って何だっけ?それが分からなくなってしまう…。

いつかの事務室

この日も出ずっぱりの救急隊、大隊長が労務管理のためと交替乗務を判断しました。当直がバタバタと動き回っている。みんな大人だから口にはしないけど、何で救急隊ばかり、そんな風に思う人がいることも分かります。でも、中には忖度なしで口にする人もいたりして…。

「ちぇ…署にいる人間が遊んでいる訳じゃないっていうのに、仕事をしているのは救急隊だけじゃないってのによぉ」
「は?昼食も夕食も署で摂れているくせに文句ばかり言わないでもらえます?」
「や、止めてください先輩方~」

ローテーションは人間関係にも歪を生んだりもして…。


多数決は歪を生まないに続く。


119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。

すべては救命のために

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