マジでこの国はどうなっているんだ

溜息の現場

新型コロナウイルスが猛威を振るう中、医療機関には患者が溢れ疲弊している。ただでさえいつもひっ迫状態の救急隊の運用率はさらに高まり、救急車が30分以上も駆け付けられない事態、そもそも向かわせる救急車がない状態まで起こっています。

マスコミもこの状況を伝え、全国各地の消防本部もこの危機的状況を発信しています。しかし、問題を引き起こしている大きな要因は、こんな情報が届き1秒だけでも考える人ではないのです…。


出場指令

交替した直後の本日1件目の出場指令が消防署に鳴り響きました。ポンプ隊やはしご隊など他の車両はまだ点検している。救急隊は今日も点検する時間もありません。きっと今日も夜になるまでここに戻ってくることはできないのでしょう…。

「救急出場、〇町〇丁目…〇号室、S方、男性本人からの通報で発熱、動けないもの」

隊長「これまた遠いなぁ…何キロある?」
機関員「10キロくらいかな?この時間帯だと…現着まで20~30分ってところだな」
隊員「了解、傷病者によく伝えておきます」
隊長「1件目からこれか…また発熱、搬送先は決まるだろうか?」


出場途上

朝一番の出場指令から10キロも先の現場です。緊急走行する救急車内から隊員が119番通報のあった電話に連絡します。

(119コールバック)

隊員「そちらに向かっている救急隊です、ご通報いただいたSさんでしょうか?」
Sさん「はい…そうです」
隊員「発熱があり動けないとのことですが間違いありませんか?」
Sさん「ええ、昨日から熱が出て、今は喉の痛みがひどいです」
隊員「そうですか、救急隊は〇町からそちらに向かっています、到着までまだかかりますのでお話を聞かせて下さい」
Sさん「分かりました」

傷病者のSさんは20代の男性、昨夜から発熱し、今朝起きたら39度代まで上がっており喉の痛み、倦怠感が酷くなった。職場に休むと連絡、同僚にも複数名の新型コロナウイルス罹患者が出ており、くれぐれも受診し、検査を受けるよう指示された。

スマホで調べ、〇病院、△病院に連絡、いずれも発熱外来が溢れており今日の受診はできない、□病院は受診できるが午後の診察となり、しかも3,4時間は待ってもらうことになるかもしれないとの回答だった。そんなに待てないから救急要請に至った。

隊員「…とのことでした」
隊長「やれやれ…□病院は診察できないとは言われなかったんだろ?
隊員「ええ、午後の診察でしかもかなり待つことになると言われたから119したって言っていました」
隊長「そんなのどこの病院だって同じことだよ…で?動けないって?」
隊員「いいえ、トイレには行けていたとのことだったので歩けないことはないと思います、保険証、戸締りなど身支度を整えて待っていてほしいと伝えたら、道路まで出ていくからサイレンを止めてくれと言うくらいだったので…」
機関員「はぁぁ…今日もこんな感じからのスタートか…」


現場到着

指令先のアパートの前にはだるそうに立っている若い男性の姿がありました。Sさんは、しっかりとした足取りで自身で救急車に乗り込みました。

隊長「…と先ほど電話で伺ったのですが間違いないですか?」
Sさん「ええ、間違いないです」
隊長「〇病院と△病院は今日は受診できないと言われたのですね?」
Sさん「ええ、明日の予約になるとか」
隊長「□病院はかなり待つと…」
Sさん「そうなんですよ、こんなに具合が悪いのに何時間も待てないじゃないですか?」
隊長「…」

隊長が傷病者からの状況を聴取している間に、隊員がバイタルサインを測定します。体温は39℃代、それ以外はいずれも正常範囲内でした。

隊長「それでは一番近くの救急病院に連絡します、ここからだと、Sさんが連絡した□病院が一番近いので連絡を取ります」
Sさん「分かりました、救急車ならすぐ診てもらえるんですよね?」
隊長「緊急性がある方の場合、すぐに診察して処置に入らなければなりませんが、緊急性が低いとなれば、救急車で行っても外来で順番を待って診察になる場合もあります」
Sさん「なるほど、でもオレの場合、こんなに具合が悪いんだから先になりますよね?」
隊長「どうでしょうね…、ご存じのとおり、今はこの状況ですから、発熱している方はどの病院にも溢れています…順番を待っている方の中にもSさん以上に具合が悪い方がいる可能性はあるかと思いますよ」
Sさん「はあ、まあそうか…」
機関員「隊長、□病院なんですけど、診察は可能とのことです、ただ…」

□病院に連絡し収容可能の回答が得られました。ただし、病棟は満床であるため入院はできない状態であること、そのバイタルサインであれば発熱外来で順番に診察になる可能性が高いこと、とても真っ当な回答です。

隊長「…とのことですが、□病院が受け入れてくれるとのことです」
Sさん「は?すぐに診てはもらえないってことですか?」
隊長「そうは言っていませんよ、病院でまず医療スタッフがSさんの状況を確認して、それからの判断になります、ただ、我々が伝えたバイタルサインであればそうなる可能性が高いとのことでした」
Sさん「それじゃ自分で行くの変わらないじゃないですか?救急車で行く意味なくないですか?」
隊長「そういうことなら、ご自身で□病院に行かれると言うことですか?」
Sさん「は?いや、そうじゃないでしょ、早く診察しなきゃ救急車で行く意味がないじゃないかってことですよ」
隊長「…」

う~ん…話になりません。まさに噛み合わない…。運転席で電話を保留にして待っている機関員のイライラが伝わってきます。もちろん隊員もイライラ…。落ち着いた口調で淡々と説明を続ける隊長はさすがベテラン、大人です…。

隊長「緊急かどうかは病院に着いてから医療スタッフが確認します、これをトリアージと言います、病院には、自身で来院する人の中にも命に関わる緊急の方がいます、救急車で来た方の中にも緊急でない方もいます、Sさんのバイタルサインは体温以外は問題がなかったので、診察の順番が後になったり、通常に外来に回ってもらったりする可能性が高いということです、これは特に今の状況ではどこの病院に行っても同じことです」

早く診てもらいたいとごねていたSさんもベテラン救急隊長の説得にしぶしぶ納得し、救急車は□病院へと向かいました。


現場出発

Sさん「ベッドがないって言っていましたけど入院になったらどうなるんですか?」
隊長「入院が必要と判断されてしまった場合には他の病院を紹介されるとは思いますが、今のこの状況ですから、それもかなり難しいとは思いますけど…」
Sさん「まあ、オレの場合、入院にはならないですよね?」
隊長「それは医師が判断することなので分かりませんが、Sさんの場合、入院に至る可能性は低いとは思います」
Sさん「もしコロナだったら、どうやって帰ったらいいんですか?」
隊長「我々は患者さんを引き継いだらすぐに引き揚げるので詳細は分かりませんが、家族が迎えに来たり、専門の介護タクシーなどの移送サービスを利用したりするみたいですよ」
Sさん「それってお金がかかりますよね?」
隊長「それは、そうでしょうね」
Sさん「高いですよねきっと、困るなぁ…」
隊長「防護服とか寝台とかの装備がありますから、きっとタクシーよりは高いでしょうね」


医療機関到着

救急隊が到着すると通常、傷病者を処置室まで連れて行き医師に引き継ぎます。こんな状況の中、この病院では防護服を着た看護師がトリアージをしに救急車までやってきました。トリアージとは「選別」を意味する言葉です。Sさんは通常の発熱外来で対応することになりました。

看護師「それでは、Sさん、あちらの発熱外来で対応することになりますからどうぞ、救急隊の方は先生が処置室にいますから申し送りをお願いします」
隊長「了解です、それではSさん、あちらに向かってください」
Sさん「ありがとうございました」


引き揚げ準備

隊長は感染防止衣を脱ぎ、手袋などを廃棄、消毒を実施した後に医師引き継ぎのために処置室へと向かいました。Sさんは看護師の案内を受け屋外にある発熱外来へ。救急車は病院の緊急車両待機位置へ移動し、隊員と機関員が救急車の窓、ドアを全開にし、あらゆる資器材を消毒しました。

隊長が医師への申し送りを終えて救急車に戻ってきました。

隊長「先生に言われたよ、検査目的で救急車で来る患者、どうにかならないかって?」
機関員「先生以上にオレたちが思ってますよね…」
隊長「要請されればとにかく駆け付ける、それが検査のための要請であろうと何であろうとだ、いよいよのところまで来たって気がするけどな…」

消毒作業を進めているとSさんが救急車までやってきて話しかけてきました。

Sさん「あの…すみません」
隊長「あれ?Sさん、どうされました?」
Sさん「いや、なんか発熱外来ってところに案内されたんですけど、屋外のテントがあって、このクソ熱い中、順番を待てとか言われてるんですよ」
隊長「そうですか…ご存じのとおりコロナウイルスが蔓延していますからどこの病院もそんな感じですよ」
Sさん「それで、コロナだったら公共の交通はダメだから歩いて帰れとか言われて…歩いて帰れる訳ないじゃないですか?マジでこの国はどうなっているんだって感じで、救急隊の方からちょっと言ってもらえませんか?」
隊長「言うとは?何を?」
Sさん「いや…だから、外で待つとかあり得ないし、歩いて帰れる訳ないだろって」
隊長「…すみません、我々は病院の方針については分かりません、それに診察はこれからですよね?帰って良い状態なのか判断がつくのは診察の後の話です、まだ、帰るように言われるか分からないじゃないですか?」
Sさん「まあ、そうですけど…」
隊長「救急車はこの世にいられるかどうかの方を搬送しています、帰って良いと判断されたら良いことじゃないですか」
Sさん「それはそうですけど…」
隊長「では、Sさん、救急隊はこれから引き揚げます」
機関員「お大事になさってください、水分を摂ってくださいね」
Sさん「え、ああ…ありがとうございました」


帰署途上

隊長「救急隊に早く診るよう交渉しろってさ…確かにこの暑い中、長時間の順番待ちが辛いのは分かるけど…みんな同じだ」
機関員「最近、こんなのばかりじゃないですか?検査を受けたいから要請したとか、どこも電話がつながらないからとか、救急車がいくらあっても足りる訳がないですよ…」
隊長「ある意味、彼の言っていた通りだよな?」
機関員「ええ、呼ばれたら検査目的でもタクシー代わりでもとにかく向かう、マジでこの国はどうなっているんだって感じ!」
隊長「そう、それそれ!これから社会を支える若者がこんなんじゃ、マジでこの国はどうなっているんだ!」
隊長・機関員「アハハハハハ…」
隊員(まだ朝一だから元気だなぁ…いつまで続くやら…)

この日も当然にように無線による呼び出しが繰り返され、救急隊は日が暮れるまで消防署に戻ることはできないのでした。元気を失っていく救急隊…。また無線呼び出し…。

本部「〇町で要請です、受信体制よろしいですか?」
隊長「了解、指令どうぞ」
機関員「ちくしょう~、オレの昼飯はどこにいったんだ?休憩なしでどれだけ運転するんだ?この国はどうなっているんだ!?」

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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