未成年だから許されないこと

溜息の現場

12月も後半になると忘年会の急性アルコール中毒がとても多くなります。これが管内に歓楽街を抱える救急隊ならなおさらです。

急性アルコール中毒のほとんどが一晩休めば治ってしまうようなものばかりです。そもそもさっきまでドンチャン騒ぎで飲んでいた人たち…、不眠不休で働いている救急隊たちよりずっと元気な人たちです。


出場指令

朝方5時を回った時間でした。消防署に救急指令が流れました。

「救急出場、○町交差点路上、男性は倒れているもの、友人のOさんからの通報」

との指令でした。この日もほとんど不眠不休で働いていた救急隊、横になれたのは3時過ぎ、1時間横になれたかどうか…。目を真っ赤にしているベテランの救急隊長、もうぐったりしている救急機関員、足取りの重い救急隊員が早朝の町に飛び出しました。

出場途上

通報電話番号に連絡、通報者Oさんに電話をかけた。

(119コールバック)

隊員「もしもし、Oさんですか?救急隊です、倒れている方の様子を教えていただけますか?」
友人O「はい、僕の友達なのですけど、ちょっと飲み過ぎてしまったみたいで路上で寝てしまっています」
隊員「…お酒を飲み過ぎたのですね?呼吸はしっかりできていますか?」
友人O「はい、寝息をたてています」
隊員「患者さんはおいくつの方でしょうか?ご病気とかは分かりませんか?」
友人O「僕と同い年なので17です、病気はないと思います」
隊員「え”…17歳、高校生ですか?」
友人O「はい…3年生です」
隊員「分かりました、もう少しで到着します、救急車が見えたら案内してください」

聴取できた状況を隊長と機関員に報告する。

機関員「未成年じゃないか…まったく…」
隊長「やれやれ…もうこの手の事案は慣れているだろ?任せたよ…」
隊員「了解です」

現場到着

傷病者は17歳の高校生でFくん、路上に寒そうに丸まって側臥位になっていました。それを心配そうに見守っている友人のOくんとやはり高校生であろう女の子がいました。町はうっすらと明るくなってきておりとても寒い。こんな中、アスファルトの上に寝ているのだからどれだけ飲み過ぎたのでしょうか?

隊員「救急隊です、どうされましたか?」
友人O「すみません、お願いします、飲み過ぎてしまったみたいで…」

年末の救急隊はうんざりするほどこの手の事案を扱います。パっと見てだいたいの重傷度が分かります。このFくんの場合、「アルコールで酩酊し倒れた」と言うよりは、「普段飲みなれないお酒を仲間たちと調子にのって飲んだら、呑まれてしまってどこでも良いから寝たくなった」というのが相応しい表現だと思います。

隊長と機関員は傷病者の観察を隊員にまかせてストレッチャーに汚れ防止のカバーをかけています。

隊員「Fくん、Fくん!こんなところで寝ちゃダメだよ!ねえ、大丈夫?」
傷病者F「うぅ~…」

呼吸も脈拍もしっかりしていますが、身体は冷え切っていました。こんな中で寝ているのだから当たり前です。

隊長「寒いからとにかく車内収容しよう」
隊員「はい、了解です」

車内収容

通報者のOくんが同乗することになりました。身体が冷え切っているFくんのために救急車内の暖房を最高にし、しっかりと毛布で保温しました。さらに換気扇を回した、それにしてもかなり酒臭い…。Fくんは別に嘔吐がある訳でもなく眠り込んでいたのもアスファルト上だったので衣服も汚れていません。服装はこの寒い中にしてはかなり薄着でした。バイタルサインはまったく異常なし。

隊員「どうしてこのようになったのか、経過を教えてもらえますか?」
友人O「はい、昨日の夜8時くらいから仲間と飲み始めて、さっきまでカラオケにいたのですけど…彼が帰り道にここで休みたいって言い出して路上で横になってしまって…」
隊員「昨日の夜の8時からずっと?8、9時間ずっと飲んでいたの?その間もずっとお酒は飲んでいたの?」
友人O「いいえ…カラオケの時は寝ていたので飲んではいないと思うのですけど…でも歌っている時もあったから…」
隊員「かなり飲んでいるかもしれない?」
友人O「はい…」
隊員「それは飲み過ぎだね、だからこんなことになったんだよ」
友人O「はい、すみません…」
隊員「それでは、Oくん、ここにFくんの名前や住所を書いてください、病院に連絡しますから」
友人O「はい分かりました」

隊員と友人Oとのやりとりをここまで黙って見ていたベテランの隊長が口を開きました。

隊長「ところでOくんよ、君はいくつからお酒を飲んで良いのか知っているのか?」
友人O「はい…いや…20歳からです」
隊長「そうだよな、君たち高校生だろ?飲んだらいけないのに何でこんな事になっているの?」
友人O「はい、それは…その…」
隊長「そこにFくんの名前や住所とそれから君の名前、学校名も書いといて、未成年だから許されることもあるけど、未成年だから許されないことだってあるんだよ!」
友人O「はい、すみません…」
隊長「機関員は直近の医療機関を選定、隊員は彼の親御さんに病院に迎えに来るよう連絡しろ!」
隊員・機関員「了解です…」

怒っている隊長、何やら隊員と機関員も叱られている気がしてしまう…。隊長に叱られてしゅんとしたOくん、友達を心配した上に学校への連絡まで臭わされ、固まっています。そんなOくんを露知らず、傷病者のFくんは暖かくなった救急車内で毛布に包まってスヤスヤと寝息を立てているのでした。

隊員が連絡を取るとお母さんは平謝り、病院が決まったらすぐに向かってくれることになりました。搬送先病院も親御さんが来てくれるならとすぐに決まりました。

病院到着

Fくんは病院のベッドに移され医師の診察が始まりました。待合室ですっかり硬直しているOくん、きっと頭の中は反省と後悔が渦巻いていたことでしょう。隊長がOくんに諭すように話しかけた。

隊長「なあOくん、さっきも言ったけど、お酒は20歳まで飲んだらいけないことになっているのだから飲んだらダメなんだよ」
友人O「はい…すみませんでした」
隊長「お酒を飲んでみたいって気持ちは分かるけどな、これは大人も同じことなのだけれど、誰かに迷惑を掛けちゃダメだよ、お酒を飲んで遊んだのなら誰にも迷惑かけないで自分で自分の家に帰らなくちゃダメなんだ」
友人O「…はい」
隊長「大分反省したみたいだから学校になんて連絡しないから、これからはもう絶対にこんなことにならないように、学校に知れたら停学とかになるのだろ?」
友人O「は、はい!ありがとうございます!」

さっきまでどんよりと暗かったOくんの顔がパァ〜っと明るくなった。診察室から医師が出てきた。

医師「ちょっと飲み過ぎただけだね、とにかく帰れないから目が覚めるまで病室で寝かせます、親御さんはまだ来ない?」
隊長「◯町から向かうと言っていたので間もなく来る頃だと思います」
医師「分かりました、親御さんが来るまでは君が付き添っていて」
友人O「はい、分かりました」
隊長「それではOくん、救急隊はこれで帰るからね」
友人O「はい!本当にすみませんでした、ありがとうございました」
医師「じゃあFくんの友達、病室に連れて行くから一緒に来て」
友人O「はい、分かりました」
医師「ところで君、お酒はいくつから飲んで良いのか知っているのか?」
友人O「え”…」

あ~あ、隊長から最後に優しい言葉をかけてもらって一安心していたOくんでしたが、今度は先生から叱られるのかな?

「急性アルコール中毒 軽傷」

帰署途上

隊員「隊長に怒られてOくんはすっかりびびっていましたね」
隊長「少しは反省させないとあの子のためにもならないだろ?大人が叱ってやらなくちゃいけないんだよ」
機関員「世の中、分かっていない大人ばかりなのだけどな…」
隊員「お酒を飲んだら誰にも迷惑かけないで自分で家に帰る…救急隊はそれができない人ばっかり扱っていますね」
機関員「ああ、本当にそうだな」

数日後の消防署の忘年会

幹事「それでは、これでお開きです、今年もありがとうございました」
機関員「おい!次だ!次行こうぜ!」
隊員「いや…先輩、これでお開きですって、隊長からも公安職としての自覚と節度を持てって…」
機関員「お前、硬いんだよ、だからモテね〜んだよ、もう一軒いこうぜ!」

まったく…これじゃいつかの高校生と何も変わらないじゃないか…。先輩も隊長に叱ってもらわないと…。

はしご隊長「ママオッケーですって、席はあるって、行こう行こう!」
隊長「分かった分かった、ワハハハ、いつものスナックな、了解、了解〜」

他の隊長たちと上機嫌で次へと向かっていきそうな救急隊長…、ダメだこりゃ…。Oくん、偉そうなことを言ってごめんなさい。説教できるような人間はいませんでした、大人も実はこの程度です…。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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