熱中症、疑わなかった炎天下

ケーススタディ

この時はまさに真夏、痛いほどの日差しが消防署裏庭のアスファルトを焦がしていました。

隊員「あぢぃ~…今日は蒸すしこんな日のこんな時間の出場は本当にキツイですね」
機関員「Tシャツがいくらあっても足りないよな、オレたちも熱中症に気をつけないと」
隊員「はい、救急隊だって気をつけていないと危ないです」
機関員「こんな日だって言うのに消防隊はこれから訓練だって?地獄だな?よく水分を取らないと危ないぞ」
消防士「はい、隊長にもよく言われています、ポンプ車にいつもより多く冷水を載せました」

この季節に気をつけなくてはならないのは熱中症です。消防隊員たちは約20kgもの装備と防火衣をまとい災害に対応します。鍛えている屈強な者たちでも、この炎天下に防火衣を着て炎と格闘を続ければ熱中症になり倒れてしまいます。消防車には冷水を載せて、隊によっては塩や梅干などを準備し熱中症対策をしています。

消防隊の防火衣ほどではありませんが、救急隊が出場時に身にまとう感染防止衣も通気性が悪く、まるでサウナスーツです。私たちも熱中症には気をつけており、こまめな水分補給に気をつけています。

出場指令

真夏の一番気温が上がる時間帯、消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町○丁目…、スポーツクラブ内に急病人、テニスをしていた男性は熱中症の模様、スポーツクラブ従業員からの通報」

出場途上

119コールバック、救急隊員が通報電話番号に連絡を取りました。

隊員「そちらに向かっている救急隊です、ご通報を頂いた従業員の方ですか?」
従業員「はい、私が通報しました、テニスをしていた男性のお客様なのですが、気分が悪いと訴えられまして、ご本人は熱中症だと思うと仰っています」
隊員「そうですか、ご本人はしっかりと話ができるのですね?今はどうされていますか?」
従業員「はい、コート脇のベンチに座って休んでいます、水分補給をしてもらって、他の従業員が冷えたタオルを当てています」
隊員「そうですか、日陰の涼しいところで安静にしていて下さい、脇の下などを冷やしてあげて下さい」
従業員「分かりました」

電話の内容を隊長に報告する。

隊長「そうか、本人が熱中症になったと訴えているって?」
隊員「はい、意識はしっかりしているそうです、この炎天下ですからね、従業員が冷やしたタオルをあてて手当てをしているそうです」

指令内容、さらに情報を聴取した従業員の情報、この炎天下、直射日光の当たるテニスコート、救急隊も熱中症なのだろうと現場に向かいました。

現場到着

救急車はスポーツクラブの駐車場に停車、従業員が案内に出ていました。案内しれくれた従業員によると傷病者は50代の男性でJさん、つい先ほどまでテニスを楽しんでいたとの事でした。汗をびっしょりかいて、休憩を摂り水分補給も充分のつもりだったが熱中症になってしまったようだとのことでした。

このスポーツクラブはテニスコート、各種トレーニング器具、プールなどもあるかなり大規模な施設でした。従業員の案内でテニスコートまで行くと、ベンチに座っている傷病者がいました。情報の通り従業員が付き添い、顔には冷えたタオルが当ててありました。テニスコートには強烈な直射日光、危険な暑さでした。

ん?タオルで見えずらいけど、ずいぶん顔色が悪そうだな…。

傷病者接触

隊長「こんにちは、救急隊です、どうされましたか?」
従業員「お願いします、テニスをされていたお客様なのですが、気分が悪くなられたそうです」
隊長「分かりました、患者さんのお名前は?」
従業員「Jさまと仰います」

隊長と従業員がそんなやり取りをしている間にも隊員は傷病者の観察を進めます。

隊員「お体に触りますよ、指先に機械を付けさせてもらいます」
Jさん「ああ、どうも、ハァハァ…お願いします」

まずは指先にサチュレーションモニターを付けて、脈拍を触知して…ん?あれ?何だこれは?ものすごく冷たい、それに…脈拍が…触れてはいるけど…とてもとりずらい。

隊員「Jさん、ちょっと顔のタオルを取らせてもらいますよ、どうされたのでしょうか?」
Jさん「ハァハァ…急に気分が悪くなってしまって…今は胸まで苦しくなってきてしまって、ハァハァ…」

Jさんの意識は声明、しっかりとした口調で自らの状況を説明しますが浅く早い呼吸をし、とても苦しそうです。それにこの顔色は尋常ではない、蒼白と言って相応しい青白い顔色でした。

隊員「あなたがJさんの顔にタオルを当ててくださったのですか?」
従業員「はい、そうです」
隊員「冷やしてくれたのは顔だけですか?腕や他は冷やしていませんか?」
従業員「ええ、顔だけです」
隊員「隊長、これは冷汗ですよ、腕がものすごく冷たい、それに頻脈です、早すぎてカウントできないけど…150くらいはあります」

外は炎天下、ここは日陰とはいえ気温は30度を超えていました。そんな中、Jさんの腕はまるで氷で冷やした後みたいに冷たく全身にびっしょりと汗をかいていました。これは運動でかいている汗ではない。SPO2は89~90%程度でした。

隊長「酸素投与、AED準備、パッドを貼れ!」
隊員・機関員「了解!」

これは心原性ショックだ!緊急度大!隊長が下命したパッドとはAEDの除細動パッドのこと、Jさんはこれから除細動を打つ可能性があるかもしれない、つまり容態変化し心肺停止に陥るかもしれない、それほどまでに危険な状態との判断です。

救急隊は直ちに酸素投与、AEDによる心電図モニターを実施し、Jさんをメインストレッチャーに収容しました。モニター上のハートレートは160回/分程度、ST上昇が著明でした。リザーバーマスクで10ℓ/分の酸素投与を実施したことでSPO2は99~100%となりました。Jさんはこの炎天下にテニスを楽しむほど元気な方です、これまでこれと言った病気など何もないとの事でした。

隊長「機関員は搬送連絡、3次選定するぞ」
機関員「了解です」

車内収容

車内収容し隊員は血圧測定、収縮期は80mmHg程度でした。搬送先医療機関は直近の救命救急センター、すぐに受け入れてもらえる事となりました。


クエスチョン編はここまでです。Jさんはショック状態、緊急度も重症度も非常に高い状態でした。救急隊は3次救命救急センターに搬送、もちろん3次選定で大正解、思った通りの傷病名でした。救急隊としてはけっこうな頻度で出会う事例です。傷病名は何だったでしょうか?現役の救急隊の方、また救命士の卵や学生さんなど、みなさまからのたくさんのご参加をお待ちしています。コメント、深い考察をお待ちしています。続・熱中症疑わなかった炎天下につづく。



119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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