献身的な医療機関の評判

救命士のこぼれ話

救急隊をやっていると「この辺りで評判の良い病院ってどこ?」などと聞かれる事があります。評判の良いねえ?ところで評判の良い病院とはどういう事でしょうか?今回は救急隊の頼みの綱になってくれている献身的な医療機関についてです。先日、危険な状態の高齢者を扱い16医療機関に受入れを断られた事案でもどうにか受け入れてくれた献身的な病院の評判と言えば…。

評判の悪いH病院への連絡しようとすると

隊長「それではここから一番近くの病院から連絡を取ります」
傷病者「お願いします」
隊長「一番近くだと…H病院です」
傷病者「あぁ〜ダメダメ、H病院だけはダメだ!」
隊長「H病院はダメですか…どうして?」
傷病者「あそこに運ばれて帰ってきた人なんていないんだよ、みんな殺しちまうんだ」
妻「そうそう、H病院はダメよね?向かいのおじいちゃんも亡くなったのよ」
隊長「はぁ、そうですか…」
傷病者「前だってほら、向かいのおばあちゃんだってH病院で死んだだろ?」
妻「そうだった、あそこに行くとみんな助からないのよね〜」
隊長「分かりました…それではもう少し遠くなってしまいますがR病院に連絡してみます」
傷病者「R病院?」
妻「ほら、○通りの先の病院、あそこなら良いわ、お隣の奥さんも先生も看護師さんもみんな親切だって言っていたわ」
傷病者「そうか、それならそこが良いな」
隊長「では、R病院に連絡します」
傷病者「ええ、お願いします」

はぁぁ…。H病院に行ったら帰ってこないって?みんな亡くなってしまうって?それは違います。この病院は亡くなってしまうかもしれない程に危険な状態の患者、どこの病院も受けれ入れる事を躊躇うほど重症度の高い患者でさえも受け入れているのです。

そうなるリスクの高い方を受け入れているのだから亡くなってしまう事も多いことでしょう。「崇高な意志で救急病院としての使命をまっとうしている医療機関」そういう評価にならないのです。

一方でご近所の奥さんがとても親切だと言う評判の良いR病院、この病院もH病院と同じく救急病院なのですが、以前こんな事がありました。

評判の良いR病院への連絡すると

傷病者は30代の男性でかなり体格の良い方でした。体調が悪く嘔吐が続いていたことから、奥さんが一番近くのR病院に連絡をしたところ連れてくるよう言われたとの事でした。さあ行こうと思ったら立ち上がれず、奥さんが連れて行ける状態ではないと救急要請に至ったとの事でした。

隊長「連絡は付いているとの事ですが確認させてください、確認が取れたらすぐに向かいます」
奥さん「はい、お願いします」
機関員「…という患者さんです、先ほど奥さんから連絡が付いているはずです、向かってよろしいですね?」
看護師「救急車で来るなんて聞いていないのだけど?」
機関員「ええ、奥さんの運転する車でそちらに向かうつもりだったようですが、とてもそれができる状態ではないからと救急要請になりました」
看護師「そう…少しお待ち下さい、今から医師に確認しますので…」

この雰囲気、はぁぁ…これは嫌な予感がするぞ…。

医師「お電話替わりました当直医です」
機関員「先生、お世話になります、向かってよろしいでしょうか?」
医師「救急車で来なくてはならないほど悪いのではうちでは受け入れられません、他に行ってもらえませんか」

救急病院が救急車で来るなら受け入れられないと言っている…。

機関員「先ほど奥さんから連絡しているはずです、受け入れてくださるってお返事を頂いているとのことだったのですが…」
医師「確かに連れてくるように言っていますけど救急車で来るほど悪いのでは無理ですよ、うちは今、ベッドがありませんから」
機関員「はぁ、そうですか」
医師「悪いけど、他を探してください」
機関員「ご本人と奥さんにその旨を説明します、今の患者さんのご様子だと入院の必要性があるかもしれないから、ベッドのある病院に搬送した方が良いと言うことですね?」
医師「ええ…まあ、そう言うことです」
機関員「少しお待ち下さい」

医師からの指示を傷病者と奥さんにこの旨を説明しました。

奥さん「他の病院と言うと遠くなりますよね?」
隊長「そうですね、次に近いところだと○病院、その次だと△病院になります」
傷病者「入院するほどではないと思うんです…前にもかかったことがありますしR病院でどうにか診てもらえませんか?」
隊長「ただ、先生も仰っている通り、入院の必要があった場合はベッドがないとのことですよ、その時は他の病院に行かなくてはならなくなるかもしれません」
傷病者「ひとまず…それでも良いです、R病院に診てもらいたいです」
隊長「そうですか」

傷病者も奥さんも近く受診歴のあるR病院への搬送を強く希望します。

機関員「先生、診察だけでもと患者さんと奥さんからの希望があるのですが…」
医師「だから、うちではそんなに状態の悪い患者さんは受け入れられませんって」

断ろうとする医師、診てほしいと訴える傷病者、まさに板ばさみの救急隊です。確かに既に自分たちで連絡し、受け入れてもらう確約を取っているのです。さらに過去の受診歴まであるとなると…傷病者も奥さんもR病院への搬送を強く希望しました。

機関員「先生、ご家族にも説明したのですが、診察だけでもお願いしたいとのことなのですが…」
医師「だって入院になったら困るのは患者さんでしょ?」
機関員「まあ、そうですよね…それでは先生、奥さんに説明をしてはいただけませんか?」
医師「は?何で?」
機関員「いえ、もともとは奥さんから連絡して受け入れてくださるというお話でしたから、先生から他の病院に向かった方が良い旨の説明を頂ければ奥さんも納得して頂けると思いますので、お願いします」
医師「はぁぁ、分かりました…それでは搬送してください、ただ入院はできないことをしっかり説明しておいてくださいよ」
機関員「え!?よろしいのですか?」
医師「ええ、どうぞ…」

ガチャ…電話が切れた。

機関員「受け入れてくれるそうです…」
奥さん「そうですか、良かった」
隊長「それでは、R病院に向かいましょう」
傷病者「お願いします」

これは病院でチクリチクリとやられるぞ…。

病院到着

事務員「奥さま、こちらで受付していただけますか」
看護師「受付が終わったら奥様はこちらでお待ちくださいね」
奥さん「はい、分かりました」

受付のスタッフも看護師もとても親切で丁寧な対応です。

医師「うちで受け入れても入院になれば、あなたのご負担になるでしょ?それが心配だったのですよ」
傷病者「すみません、先生」
医師「いえ、まあ点滴を打って少し安静にすれば帰れるでしょう」
奥さん「先生、ありがとうございました」
医師「いえいえ」

医師はとてもにこやかで優しそうです。

隊長「先生、こちらにサインをお願いします」
医師「うちは2次指定かもしれないけど、状態の悪い方は無理ですから」

救急隊にはずいぶんと愛想が悪い医師、チクリと嫌味を言われサインを貰いました。救急隊は何か悪いことをしたのでしょうか?なるほど…スタッフの愛想はとてもよい、住民ウケするはずだ。スタッフがとても親切で愛想よく患者や家族に接する、それだってとても大切なことでしょう。ただ救急病院が救急車で来るなら診られないって…「救急病院としての姿勢」はどうなのか疑問に感じてしまう。

「嘔吐 軽傷」



症状の重い患者を受け入れればリスクは高まる。受け入れて容態が悪くなればトラブルになる可能性も高まる。患者が亡くなれば風評被害が出る。回避しようとする医療機関がある一方で、それでも救急病院としての使命と正面から向き合って戦っている医療機関もあるのです。

「評判の良い医療機関」とは救急隊からの視線と住民からの視線とではかけ離れたところにあると感じます。こんな現状の中、救急病院としての使命を貫いている医療機関は疲弊しています。他が回避しようとするツケが流れて行っているからです。そしてまた、それを運んでいるのも救急隊だったりもします…。

献身的に頑張ってくれている医師が「救急隊がとんでもない事案ばっかり運んでくる」とこぼすはずです…。献身的な医療機関の頑張りでどうにか繋がっているギリギリの現場、いつかそれも壊れてしまうのではないか、それがとても心配です。

救急隊が通報を受ければ何をしていても真っ先に傷病者の下の駆けつける事を使命としているように、医療機関にも果たすべき使命があります。この使命にどれだけの姿勢で取り組んでいるか、救急隊にはそれが良く見えるのです。

救急医療体制の崩壊が危惧されている今、頻発する受入れ困難事案により、救急隊が迅速に医療機関に搬送できない事案が問題化しています。そんな中、どこの病院も受け入れるのが難しいと断った傷病者を受け入れてくれるような献身的な医療機関が頑張ってくれています。

「精神科」「高齢者」「アルコール中毒」などが難航のキーワードであることが明らかである中、そんな患者さんも受け入れてくれる献身的な医療機関の報われない評判と言えば酷いものです。「この辺りで評判の良い病院ってどこ?」評判の良いねえ…?救急隊の目線と町の人との目線はかなり乖離している。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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