何でもかんでも救命なのかな?

救命士のこぼれ話

もう随分と前の話です。同じ消防署の消防隊との連携活動、高齢の方の心肺停止事案から帰ってきた時でした。まだ駆け出しの頃、私は正規の救急隊員になったばかりでした。一緒に勤務していた消防隊の後輩は救急資格を取ってきたばかりの予備救急隊員でした。

消防署の事務室

後輩「お疲れ様でした、どうでした?」
隊員「死亡確認された…」
後輩「そうですか…」
隊員「現場で心静止だったし、下顎は硬直が始まってきている様子だったし、救命できる事案ではなかった」
後輩「そうですね…残念です…」
先輩機関員「もう80を超えたお年寄りだろ?しかも末期癌だったのだろ?心配蘇生をして可哀そうだったよな、もう楽にさせてあげなくちゃいけない…」

救命のために必死になるのが消防官の仕事です。楽にさせてあげなくちゃいけない?「この人はなんて不謹慎なことを言うんだ」そう思ったのは後輩も同じだったようで

後輩「末期とか高齢とか関係ないじゃないですか!CPAの人がいればCPRをして救命する、それがオレたちの仕事じゃないですか!」
先輩機関員「そうだな、その通りだけどさ…それは良い事なのかな?仮にあの人を救命できたとして、あの年齢でさらに末期癌だったのだろ?本人も家族も幸せなのかね?」
隊員「確かに…救命と言うより現実は延命なのかもしれないけど…」
後輩「それは…そうかも知れませんけど…そんなことをオレたちが考える必要はないですよ、人命救助を第一に活動するのは消防隊も救急隊もみんな同じことじゃないですか!」
先輩機関員「そうだな、それが仕事だからな」
後輩「仕事だからとか、そう言うことじゃなくて…」

何かと引っかかる言い方をする先輩に後輩も引きません、彼は熱い男です。

先輩機関員「ふたりともまだ20代だろ?あと何十年も消防官をやっていくのだろうけど、経験を積んでいけば必ず疑問に思う時が来るよ、何でもかんでも救命なのかな?ってな…」

そんなことはない。消防官の使命は人命救助、救命すること。それは消防隊でも救急隊でもどの隊にいたってみんな同じことだ。そこがブレてどうするんだ?不謹慎なことを言う先輩だ、まったく…。

数年後

あれから数年が経ち救急隊員としてのキャリアを積み、救急救命士になりました。

出場指令

消防署に出場指令が鳴り響きます。

「消防隊、救急隊出場、○町○丁目、介護老人福祉施設△に急病人、100代の方は呼吸困難」

との指令に同じ消防署の救急隊と消防隊がペアで出場しました。

現場到着

指令先の介護老人福祉施設に到着すると施設職員の案内がありました。職員の案内で傷病者のいる部屋へと急ぎます。

施設職員「ここ数日、体調を崩していまして…、昨日から昏睡と言うか、話もできない状態になっていました、もう危ない状態だからとご家族が集まっています」
隊長「危ない状態という判断はどなたが?」
職員「往診医です、家族を集めた方が良いと指示されていました」
隊長「その先生は今はこちらにはいないのですか?」
職員「はい、今日は往診の日ではないので来てはもらえません、提携病院に連絡が取れています」

傷病者接触

傷病者は100歳を超えた高齢女性でJさん、ベッド上に横たわりぐったりとしていました。Jさんの部屋には家族たちが数名おり、さらに小さな子どもたちがたくさん集まっていました。施設の職員が数名付き添っていました。傷病者に生気がない…。

介護師「つい先ほどまで苦しそうに呼吸をしていたのですが…」
隊長「観察実施!」
隊員「呼吸…なし」
隊長「脈拍なし、CPR開始!」

すぐに心肺蘇生法を開始しました。集まっていた家族はJさんの子ども、さらに孫たちでした。100を超えるJさんの子どもたちもお年寄り、孫と言う女性だってもう50代でしょう。部屋にいた小さな子どもたちはひ孫かやしゃごか…。

Jさんはご高齢ですが、認知症などはなく大きな病気は何もない方でした。自分でトイレに行くことはできないが、食事はベッドの上で自身で摂ることができるとのことです。家族や介護職員たちが見ている目の前で止まった呼吸、心肺停止状態になってまだ数分でしょう。救命のチャンスが大いにある、しかし…。

隊員「心電図はPEAです」
隊長「了解、ご家族の方、今のJさんの状態なのですが呼吸も脈拍も感じられない状態になっています、心肺蘇生法を実施しています…」

搬送する医療機関について救急救命士が行う特定行為についてなど、隊長がJさんの今の状態を家族に説明します。

このおばあちゃんは幸せな人だな、こんなにたくさんの子どもや孫、さらにひ孫たちにこんなに見守られて…この細い体に特定行為などやるべきなのだろうか?

隊長「医師の指示の下でできる処置を実施させていただいて良いですか?」
家族「いいえ、そんなことはけっこうです、もう祖母は高齢ですしお迎えが来たのですから、心臓マッサージもけっこうです、ただ病院に運んでもらえれば…」

家族の希望はただ病院に運んでもらい死亡確認をしてもらえばよいとのことでした。DNAR、蘇生処置の拒否です。

隊長「分かりました、ご家族のみなさんがそうおっしゃるなら無理に処置を行ったりはしません、ただ、心肺蘇生法だけは実施させてください」
家族「そうですか…仕方がないですね、分かりました」

家族の希望もあり、心肺蘇生法のみを実施し連絡が取れている提携病院へと搬送を開始しました。

現場出発

成人の胸骨圧迫心マッサージは5cmほど胸を圧迫しなければなりません。決して心肺蘇生法を止めることはできない。人命救助を第一に活動する、それが消防官の使命なのだから。Jさんは100歳を超えたお年寄り、きしむ胸骨、悲鳴を上げている様な鈍い感触が手に伝わってくる。それでも押し続けなければなりません…。

病院到着

病院到着してすぐにJさんの死亡が確認されました。

医師「施設に医師はいなかったの?」
隊長「はい、施設に常駐医はいないのだそうです、担当医も今日は駆けつけてはもらえないそうで…」
医師「そう…施設でそのまま死亡確認できれば患者さんにも良かったのにね」
隊長「それができれば家族が見守る中で最後が迎えられた…こちらに搬送する必要もなかったのですが…」

「心肺停止 死亡」

帰署途上

隊長「もしすぐに担当の訪問医が駆けつけられるならそれが一番良かったな…」
隊員「そうですね、施設で死亡確認できれば、家族に囲まれて最後を迎えることができた」
機関員「あれだけの家族に囲まれて、あのまま死亡確認なら最高の亡くなり方だったのにな…」
隊長「ああ、たくさん集まっている家族から引き離して、心肺蘇生法で胸をぐいぐい押して、死亡確認のため病院に行く、どうなのだろう?」
隊員「ええ、何かが違う気がしてしまう…」
隊長「間違っているとまでは思う必要ないぞ」
隊員「はい…間違っているとは思わないけど…」
機関員「正しいことをしているとはどうも…何かが違う気がするよね?」
隊員「はい…」

高齢化社会が進行する中、こんな現場はよくある話です。

「経験を積んでいけば必ず疑問に思う時が来るよ、何でもかんでも救命なのかなってな?」

これが社会問題のひとつだからなのか?ただ年をとったからなのか?あの時、先輩機関員が言っていたことが単純に不謹慎だと思わなくなってしまった…。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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