この人覚醒剤の反応がありますよ

仰天の現場

この職に就くことがなければ一生関わることのない仰天の現場があります。救急隊は関わるべきではない人とも関わってしまうことがあります。

出場指令

 「救助活動、○町○丁目…高速道路上り車線○料金所付近、トラック単独の交通事故、脱出不能」

との指令に同じ消防署の消防隊、救助隊と複数の隊に出場命令が下りました。現場は高速道路の料金所、その料金所にトラックがノンストップで突っ込んだとのことでした。

隊長「先週も同じ所だったじゃないか」
機関員「ええ、しかもトラックが料金所に突っ込んでって…内容までそっくりだ」
隊員「この場所って何かあるのですか?」

指令先は先週にもトラックの交通事故があり、脱出不能となった人を救出した所でした。あの時(病院までもたないぞ)と同じ場所、あれから1週間しか経っていないのに、また…。

あの時と同じ最先着の救助隊が活動を開始していました。高速道路の料金所、まっすぐの道、何故こんな場所で同じような大きな事故が起きるのだろうか?渋滞している高速道路の路肩部分を緊急車両が連なって現場に向かいました。

現場到着

隊長「隊員は現場確認、機関員は他に怪我人がいないかを確認!」
隊員・機関員「了解!」

料金所には小型トラックが突っ込んでおり大破していました。

隊長「救助隊長、要救助者の状況は?」
救助隊長「呼びかけに反応なし、ドア部分を開けば出せる、救出までそれほどかからない!」
隊長「了解、トラックの正面からなら救出の邪魔にならない?」
救助隊長「正面からなら大丈夫、運転席側から救出する」
隊長「了解!」

激しく変形したトラックのフロント部分、フロントガラスは粉々に飛び散っており、変形した車両に40歳くらいの男性が挟まれていました。運転席側から救助隊が救助資器材を駆使して救出準備を進めている。

隊長「救急隊です!お返事できますか?分かりますか?」
傷病者「…」

隊長がトラックのフロント部分から呼びかけますが応答がありません。フロントガラスが飛び散っているのでギリギリで傷病者に触れることができました。

隊員「隊長!固定資器材は救助隊の後方に準備しました、酸素投与の準備できています!」
隊長「了解、詳細な観察はできない、頸部固定も救出後でなければダメだ、呼吸はない模様、ロードアンドゴー、機関員は3次医療機関を選定しろ!」
隊員・機関員「了解!」

複数の隊が集結しておりマンパワーが充実している。機関員は3次医療機関の選定に入りました。

救助隊長「出るぞ!救急隊、全身固定の準備は?」
隊長「できてる、こっちからバックボードを差し入れる、救助隊も協力して!」
救助隊長「了解!みんないいな?」
救助隊員「了解です」
隊長「出るぞ!CPRの準備もいいな?」
隊員「はい、準備できています!」

救助隊と救急隊、消防隊とが連携し運転手を救出しすぐにストレッチャー上で全身固定をしつつ詳細な観察を行いました。

隊長「呼吸なし…」
隊員「脈拍なし」
隊長「CPR開始、そのまま車内収容!」

傷病者は心肺停止状態でした。

車内収容

警察官「運転手の名前分かりませんか?」
指揮隊員「傷病者の年齢は?」

先週の救助活動の再現…。車内収容時には搬送先医療機関は決まっていました。

隊長「情報なんてここで取ってはいられない、CPAだぞ、▲病院救命センターに行く、警察の方は同乗しませんか?」
警察官「了解です、警察官は1名同乗します」
隊長「指揮隊には病着後に連絡する、とにかく現場出発する、急ぐよ!」
指揮隊員「了解です」

現場出発

高速道路を緊急走行する救急車、搬送先の救命救急センターは次のインターチェンジを降りてすぐです。懸命の心肺蘇生法を実施しましたが、傷病者が回復することはありませんでした。警察官は傷病者の持ち物を確認していましたが病院に着くまでには身元は判明しませんでした。

医療機関到着

救命救急センターの前には医師や看護師たちが準備し待っていました。ストレッチャーを引いて初療室へと急ぎます。

隊長「回復はありません、心肺停止のままです」
救命医「この方の氏名や年齢はまだ分からない?」
隊長「不明です、救出した時にはCPAだったものですから、警察官が同乗して持ち物を確認しているところです」
救命医「すぐに分かりそうですか?」
警察官「ええ、会員証とかポイントカードなどはあったので恐らくは、これからさらに持ち物を調べて、分かりしだい直ぐにお伝えします」
救命医「お願いします」

救急隊は傷病者を初療室へと運び込みます。処置台に移し懸命の救命処置が始まりました。隊長を残し、隊員と機関員はストレッチャーや資器材を持って初療室から出ました。ドアの外では警察官が傷病者の持ち物を調べていました。カバンには会員証やポイントカードなど身元が分かりそうなものが出てくるのですが乱雑でよく分かりません。

警察官「う〜ん、こっちは女性の名前だしな…」
隊員「まだ身元は分かりませんか?」
警察官「ええ、この名前の会員証とかポイントカードはあるのですけど、他の名義のものもあるし、女性の名前のものまであって…どうにもおかしいのですよね」
隊員「あ!それは財布じゃないですか、ここにきっと免許証がありますよ」
警察官「あったあった免許証…あれ?これは…」

搬送した男性とは似ても似つかない顔写真…女性の免許証が出てきました。さらに…

警察官「これ…偽造だ…」
隊員「偽造?偽造免許証…」

さらに調べると複数名義のキャッシュカードにクレジットカードなどなど…怪しげなものが続々と出てきます。警察官がつぶやきました。

警察官「カタギじゃないな…」

初療室のドアが開いた。

救命医「身元は分かりましたか?」
警察官「それが…他人名義の免許証やらキャッシュカードやらが出てきていまして、まだ分かりません…まだ確定はできません」
救命医「他人名義か、なるほどね…、この人覚醒剤の反応がありますよ」
隊員「え”…」
警察官「…」
救命医「尿からアンフェタミンの反応が出ました、そういう人みたいだから」
警察官「分かりました…」

警察官の表情が険しくなりました。さらに持ち物を調べると小さなビニール袋に入った粉末が出てきました。

警察官「ふぅ…私はすぐに連絡しないといけませんので少しここを離れます」
隊員「了解しました、私からスタッフには伝えておきます」

先ほどまで優しそうな雰囲気であったのですが、警察官の眼光は鋭いものに変わっているのでした。まさに闘う男の目といって相応しい。救急隊が医療機関を引き揚げる前には傷病者の死亡が確認されました。

「交通外傷 死亡」

帰署途上

隊長「覚醒剤って本当にあんな袋に入れているのだな?」
隊員「テレビで見たことはあったけれど、そのまんまでしたね」
機関員「偽造免許に誰のものだか分からないキャッシュカード、まっとうなことしている人じゃないのは間違いないね」
隊員「はい、さらには覚醒剤、何か怖いですね」
隊長「結構な濃度だったみたいだぞ」
機関員「覚醒剤が元凶の事故ですかね?ハイになって暴走した?」
隊長「さあな?傷病者は亡くなってしまったけれど、交友関係、親類関係、これから徹底的に調べることになるってさ」
隊員「警察官も大変ですね、これから捜査が始まる訳ですね」
機関員「やっぱりこの辺りには覚醒剤をやっている人がいるんだな〜」
隊長「あの場所には何かがあるのかなんて言っていたけど、ちょっと毛色が違ったな?」
隊員「はい、実際に何かはありましたけどね」
機関員「ああ、まさか覚醒剤とはね…」

大都市の救急隊をやっていると、こんな非日常にもたまに出会います。高エネルギー外傷の事故、でもその裏には事件が隠れていたのでした。


119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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