溜息の現場
救急隊員たちが思わず溜息を溢してしまう定番のキーワードがあります。その中の代表格と言えば…
出場指令
「救急隊出場、⚪︎町⚪︎丁目…H方、男性は指を受傷、通報はHさん本人から」
夜の8時頃、小雨が舞う中の出場でした。出場途上、通報電話番号に連絡しました。
出場途上、119コールバック
隊員「救急隊です、指を受傷された方がいるとのことですが状況を教えてください」
Hさん「どうも、私なのですがね、仕事をしていて左指をざっくりやっちゃってねぇ」
隊員「お怪我したのは指だけですか?今も出血は続いていますか?」
Hさん「出血?う〜ん、多分続いていると思うんだよなぁ…」
隊員「…多分?もし血が止まらないようなら清潔なタオルやハンカチで押さえて止血してください」
Hさん「止血?それはもうしてあるからいらないと思うんだけどなぁ」
隊員「止血処置はしている?血は止まっているのですか?」
Hさん「う~ん、止まってると思うんだよな、近所の医者に行って処置してもらったから止まっているはずだと思います」
隊員「お医者さんに行った?既に医療機関にかかられたのですか?」
Hさん「はい、うちじゃこれ以上の処置はできないから他の病院へ行くようにと言われたんです、先生にはタクシーで行くようにと言われたのだけど、もう全然捕まらなかったから仕方がなくて救急車を呼んだんですよ」
隊員「そうですか、分かりました…今急いで向かっていますのでもう少しお待ちください」
ハァァ…溜息が溢れてしまう。隊員は隊長と機関員に聴取した内容を報告しました。
隊長・機関員「ハァァぁぁ〜…」
さらに大きな溜息が溢れた。
現場到着
隊長「ふぅ…やれやれ…」
機関員「元気そうだなぁ…」
指令先の前には男性が傘をさして待っていました。救急車に向かって手を振っています。
隊長「お待たせしました、Hさんでしょうか?」
Hさん「そうです、よろしくお願いします」
隊長「ご自身で救急車に乗り込むことはできますね?」
Hさん「ハハ、もちろんですよ」
傷病者は60代男性でHさん、救急車のリアドアから乗り込みました。
隊員「Hさん、右の腕は大丈夫ですね?こちらで血圧を測りますよ」
Hさん「ええ、怪我はこの指だけです」
隊長「と言うと、この左の薬指だけですか?随分綺麗に手当されているみたいですけど」
Hさん「ええ実はね…」
Hさんは自宅兼工場で作業中に機械を操作中に左中指をざっくりと切ってしまった。すぐ近所にいつもお世話になっている医院があるので歩いて向かいました。
医師はガーゼや包帯で応急処置をして、「うちは小さな医院でレントゲンもないし、応急処置しかできないからタクシーで大きな病院に行きなさい」といくつかの病院の名前をあげて、紹介状を渡しました。
そこでHさんは医師の指示通りにタクシーを捕まえようと大通りでタクシーを待っていたのですが、小雨も降っており、なかなか捕まらない。仕方がないので一度自宅に帰って119番通報したということでした。
隊長「はぁ、なるほどそう言うことですか…」
Hさん「ええ、この天気でしょ?通りかかったタクシーはみんな満車でね、悪いね、よろしくお願いします」
傷口は医院でしっかりと応急処置されており出血も完全に止まっていました。救急隊のできる処置なんてない…。
医療機関到着
「左中指挫創 軽傷」
帰署途上
機関員「救急車の不適切利用の極みだな…」
隊員「そうですね、NGワードの典型ひな形…」
隊長「タクシーが捕まらなかったから、か…」
機関員「ええ、これを平気で言われちゃうのだから、適正利用の浸透なんて夢のまた夢だな…」
搬送した病院での検査の結果、Hさんの左中指には骨折があり、傷口も縫う必要のある怪我でした。さて、この方は救急車が必要だったのでしょうか?既に医師の手当を受けており、医師はタクシーで処置のできる病院を指示し、紹介状まで持たせている。緊急性のある怪我なら医師がタクシーで病院に行きなさいと言うでしょうか?タクシーで処置を受けに行けば大丈夫だからそう指示したのです。
Hさんもその意図をしっかりと理解し、医院を出てそのまま大通りへと向かっています。しかし、小雨も振っており通りかかるタクシーは満車ばかり…タクシーが捕まらなかったから自宅に帰ってから119番、いやいや、タクシー会社に電話、ネットで配車じゃないのか…。
救急車の適正利用とは。夢の彼方。
119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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