溜息の現場
茨城県水戸市での取り組み(救急車呼んだものの緊急性なし、「ためらい」防ぐ)について考えてしまう事案です。救急隊員たちが思わず溜息を溢してしまう定番のキーワードがあります。その中の代表格と言えば…。
出場指令
「救急隊出場、⚪︎町⚪︎丁目…⚪︎小学校、5年生の男児は体育授業中に転倒し左腕を受傷、通報は副校長のFさん」
119コールバック
消防署を飛び出した救急車の後部座席から、隊員が119番通報のあった電話に連絡を取りました。
隊員「救急隊の者です、急いで向かっています、状況の分かる方をお願いします」
副校長「通報した副校長のFです、よろしくお願いします」
隊員「怪我をしているのは5年生の男児と聞いています、状況はいかがでしょうか?」
副校長「はい、体育の授業中に転倒しまして、左手首を痛がっています、大分腫れてきているので養護教諭が固定と冷却をしています」
隊員「頭をぶつけたりはなさっていませんか?お話はしっかりとできる状態なのでしょうか?」
副校長「ええ、担任からはそう聞いています、手首以外に怪我はないようです」
隊員「正門に向かいますので案内をお願いします」
副校長「はい、今は保健室にいますのでサイレンが聞こえたら案内します」
隊員「よろしくお願いします」
聴取できた内容を隊長と機関員に報告します。
機関員「ふ〜ん…、それで?緊急性は一体どこにあるの?何で救急車なの?」
隊員「う〜ん…緊急って様子は全くありませんでした…」
現場到着
小学校の正門前には手を振る男性の姿がありました。彼の案内で校内を進んで行くと男性と女性、左腕を固定された少年が歩いてきました。やっぱり歩けるのね…。男性は通報者の副校長、傷病者は小学校5年生のHくん、女性は養護教諭でした。
隊長「救急隊です、そちらのお子さんが怪我人ですね、歩けるのですね?」
副校長「どうもお願いします、通報したFです、固定はしてありますので歩けます」
隊員「こんにちは、大丈夫かな?自分で救急車に乗れるかな?」
傷病者「はい、大丈夫です!」
既に左手首を固定し冷却、首から三角巾をかけて応急処置が済んでいました。休み時間なのか、2階の窓から他の生徒たちが興味深くこちらを見ています。
児童たち「うわぁ〜、Hくん、いいなぁ〜救急車で行くのかよ〜、すごいな〜」
Hくん「うん、ちょっと行ってくるな!」
Hくんはぴょんと救急車に乗り込みました。元気いっぱい…。
機関員「それでは状況など伺わせてください、どなたが同乗されますか?」
副校長「母親が間もなく駆けつけますので待って頂いて、母親が乗ります」
機関員「あの…副校長先生…、救急車は緊急車両です、行き先の病院が決まったらすぐに出発します」
副校長「あ…ええ…まあ、それは分かっているのですが、間もなく着きますから」
機関員「そうですか、受傷に至る経過など伺いたいことがあります、状況の分かる方から救急車でお話を聞かせていただけますか?」
担任「はい、それでは私が説明します」
機関員「お願いします」
救急車には担任が乗り込みました。担任の話によると、体育の授業中にHくんは誤って転倒、体育館の床に左手を付いた際に捻りました。体育の授業が終わり教室に戻ると、Hくんから左手首が痛いと申告があり保健室に連れて行くことになったのだそうです。
隊長「なるほど…受傷してから1時間半くらい経っているのですね」
担任「はい、養護教諭が手当てをしたのですが、徐々に腫れてきたし骨折があるかもしれないから病院にかかった方が良いだろうと言うことになりました」
隊長「救急車でというご判断は?」
担任「ええ、養護教諭の方で親御さんに連絡を取りまして、何かあったらいけないからと一応呼びました」
隊長「はあ、そうでしたか…」
担任「間もなくお母さんが到着しますのでお願いします」
救急隊が医療機関に連絡を取っている間に母親が駆けつけました。担任と入れ替わりで母親が救急車に乗り込みました。
母親「本当にすみません、ご迷惑をお掛けしてしまって」
隊長「いいえ、お母さんもそんなに慌てないで、随分急いで駆けつけたのですか?」
母親「ええ、Hが怪我をしたなんて言うからびっくりして、会社を早退してきました」
隊長「え”…ご自宅にいた訳ではないのですか?」
母親「はい、▲町の職場から車で急いで駆けつけました」
隊長「ああ…そうだったのですか…、ここから一番近い整形外科が対応できる◾️病院に連絡しています」
母親「◾️病院なら近いし助かります、Hもかかったことがあります」
隊長「そうでしたか、分かりました」
機関員「◾️病院で収容可能です」
隊長「了解、お母さん、それでは◾️病院に向かいます」
母親「よろしくお願いします、私は車で向かいます」
隊長「お母さんは同乗いただけませんか?特にお子さんは未成年ですし、病院の方も親御さんの付き添いがあると伝えてあるのですけど…」
母親「私が乗ってしまうと帰りが困ってしまうので、それに◾️病院なら車でもすぐに行けますから」
隊長「はあ…そうですか…」
母親は救急車を降りて自家用車で病院に向かうことになりました。◾️病院ならすぐに行ける、息子も受診歴があります、だから私がこの車で連れて行きます、となる訳はない…。
医療機関到着
Hくんはぴょんと救急車を降りて処置室へと向かいました。救急車に遅れること数分で母親が到着しました。彼女の言った通り、すぐに到着できたのでした。はぁぁ…やれやれ…。
「左手首捻挫 軽傷」
帰署途上
機関員「救急車の不適切利用の極みだな…」
隊員「そうですね、NGワードの典型ひな形…」
隊長「一応呼びました、か…」
隊員「帰りが困るから自家用車で向かいます、も…」
機関員「ああ、これを平気で言われちゃうのだから、適正利用の浸透なんて夢のまたさらにさらに夢だな…」
隊長「ああ…教育者と呼ばれる人たちでさえこの認識だものな…」
機関員「流石に養護教諭は母親に迎えに来てもらうつもりだったみたいです、ところが電話で連絡するとあのお母さんが何かあったらどうするんだと言い出したとかで…」
隊長「だろうな、母親のあの様子、確かにそうなりそうだ」
機関員「それで副校長とも相談して救急車を手配しますってことになったと…」
隊長「救急隊としてはがっかりの内容だけれども、モンスターペアレントもいるだろうし、先生方も余計なトラブルは背負いたくないだろうからなぁ…、救急車を呼んでおけば安全ってことか…」
機関員「ただね…さらにがっかりには続きがあるのですよ、母親は▲町で仕事中、早退するがすぐには学校には向かえない」
隊長「はぁぁ…なるほど…だから受傷から1時間半も経っていたってことか…」
機関員「ええ、副校長はお母さんが学校に駆けつける頃合いを見計らってから119番、だとさ…」
隊長「関わっている大人、しかも教育者…誰も緊急だなんて思っていないのだな…」
機関員「何かあったらどうするんだって言う母親も初めから帰りの心配をしている、緊急だなんて全く思っていない訳だ…」
隊員「大切な子どものために一応ではなく、余計なトラブルを避けるために一応ってことか…」
機関員「ああ、適正利用なんて無理な話だよ、親も先生もこんな風に救急車を使うんだ、子どもたちはそう言うものだと思って成長する…」
隊員「今のHくん、骨折もないし軽傷だった、もし選定療養費がかかったのなら、あのお母さんは騒ぐのかもしれませんね」
隊長「ああ、言えているね、そんなトラブルは既に起こっているのかもしれないな」
茨城県では全国に先駆けて緊急性が認められなかった救急車利用者から選定療養費を徴収する取り組みが行われています。一方で、現場の教員が救急車を呼ぶことをためらわないようにと、仮に選定療養費がかかっても、つまり結果的に緊急性なく救急車を利用したとしても、水戸市はこれを助成する取り組みを開始しました。
「何かあったらいけないから一応」と救急車を呼ぶ人たち。本当に緊急性がある時に「ためらい」があったらいけないのは本当によく分かります。しかし、本来は有事の際「何かあった時」のための緊急車両を「ためらいなく」呼べるようにするのも違う気がします。
光と影、表と裏、様々な思惑や立場、いろんなものが絡み合って単純にはいかないのが世の中と言うものです。茨城県と水戸市の矛盾しているとも思えるこの取り組み、果たしてどこに向かうのでしょうか?
119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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