救命士のこぼれ話
衆議院解散に伴い8月30日の総選挙、この夏の決戦に各党、各候補者たちの活動が日夜報道されています。通勤途中の駅前や路上でも候補者たちが一生懸命支持を訴えている姿があちこちで見られます。
私も一人の有権者として投票し、国民の代表者として選ばれた先生たちにはより良い世の中にするために頑張っていただきたいと思います。この真夏の暑い中、街頭に立ち演説する候補者たちは本当に大変でしょう。
そう言えばあったな…。
ある日の消防署
待機中の消防署、珍しく机に座って仕事をしている救急隊に係長からこんな話がありました。
係長「隊長、それからみんなもちょっと聞いてくれる?」
隊長「はい」
係長「昨日、救急車のサイレンについて消防署に苦情の電話が入ったんだ」
隊長「はぁ…そうですか、サイレンがうるさいって事ですね…私たちも深夜や住宅街などはサイレンの吹鳴には配慮していますがね…鳴らさない訳にはいきませんから…」
係長「いや…それが深夜だからとか住宅街だからとかそう言うのではないのだよ」
隊長「はあ、と言うと?」
係長「それが…選挙の立候補者だと名乗る人なのだけど、街頭で演説をしている最中に救急車がサイレンを鳴らして通り過ぎた、演説が聞こえなくなってしまう、これは選挙妨害だ、公務は分かるけれど少しは考えろって、そういう話なのだよ…」
隊長「その立候補者って言うのは?」
係長「いや…匿名での要望ってことだったみたい…」
隊長「それって本当に候補者なのでしょうかね?これから国民のために仕事をしようって人がそんな事は言わないでしょう?」
係長「さあ?匿名だから何とも言えないけどね、まあ住民の方からそういう苦情、要望があったと心に留めて活動してくれよ」
隊長「はぁ…はい、分かりました…」
消防署の食堂
やっと署に戻ってきた救急隊はすっかり冷めてしまった夕食をレンジで温め食べていました。
隊員「昼間の話、本当なのですかね?」
隊長「立候補者からの要望って話?」
機関員「立候補者を騙った人でしょ…あちこちで選挙活動をしているし、政治家を名乗れば消防署もびびるだろうなんて…そんなところでしょ?」
隊員「もし本当に先生になろうって人からの苦情だったらガッカリですね…」
機関員「あなたの大事な支持者を搬送している最中ですけど…なんて、言いたくなっちゃうよな?」
隊長「この時期の候補者はそれほど暇じゃないよ、政治家を騙った人からだって」
隊員「きっとそうでしょうけど…、仮にこの話が本当だとして、街頭演説をするような場所って駅前とか大きな交差点とか、人通りの多いところばかり、むしろしっかりとサイレンを鳴らして走行しないといけない場所ですよね?」
機関員「ああ、人が多いところだからこそ尚更、サイレンをしっかり鳴らして拡声して、安全のためには絶対に必要だよ、サイレン吹鳴に配慮するなんて無理な場所ってことだ…」
隊員「ええ…さらに仮の話ですけど、これが匿名ではなく本当にどこかの先生からの実名の要望だったら大騒ぎだったでしょうか?」
隊長「ああ、それはもう大騒ぎだな、外圧、しかも力のあるところからなら尚更だ」
機関員「はぁぁ…オレたちはこんな風に食事だって定時に摂られないで一生懸命働いているって言うのに、サイレンがうるさいって言われて…どうすりゃ良いんだろうな?」
隊員「本当…今度の選挙で救急隊がもっとのびのびと活動ができるようにとがんばってくれる人に投票しないといけないですね?」
機関員「そうだなぁ…それって誰?」
隊員「…さあ?」
消防署にサイレンに関する住民の方からの要望や苦情が寄せられることがあります。中でも多いのは救急車のサイレンに伴うものです。消防署の緊急車両の中で、救急車は緊急走行している距離、時間共ににぶっちぎりで多いので当然なのかもしれません。
救急隊も深夜や細い路地、静まり返った住宅街などではサイレン吹鳴に配慮しています。なるべく迷惑にならないようにと気を使ってはいるのですが、法律で定められているのでサイレンを止める訳にはいかないのです。
法律で決まっているから、人命救助のためだから、でも日夜サイレンの音に悩まされる住民がいるのもまた事実です。ただのわがままとしか思えない要望がある一方で、切実でごもっともな要望があるのもまた事実です。
消防署の近くに暮らす人たちからしてみれば1年365日、昼夜を問わずサイレンを鳴らし出場していく緊急車両は、安静な生活を壊す迷惑以外の何ものでもないでしょう。町の住民のために働いているはずが住民の生活を壊しているのです…。住民のためにと現場で働く救急隊の活動ですが、その活動がまた住民を苦しめています。答えが見つからない…どうすれば良いの?
サイレンを鳴らしている救急車は住民のためにまさに今働いている。これから住民に選ばれ、国民のために働こうとしている人がクレームを付けてきたのなら、やっぱりそれはガッカリしてしまう…。
119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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