体温は26℃、原因は?

ケーススタディ

夜の消防署、いつもこの時間に庁舎を一回りし戸締りの状況などを確認していました。「戸締りよし、庁舎異常なし!」…と、うぅ寒い…。この時間、誰もいなくなるこのフロアは暖房も効いておらず建物の中だというのにずいぶんと冷え込みます。屋内だっていうのに凍えちゃうよな…。屋内なのに凍えてしまう、そういえばそんな事案がありました。

出場指令

 もう少しで日付が変わろうとしていた夜中の消防署に出場指令が鳴り響きました。

「消防隊、救急隊出場、○町○丁…○号室、F方に急病人、詳細不明なるも女性は意識なし、通報者は知人男性」

との指令に救急隊、消防隊がペアで出場しました。出場途上に通報電話番号に連絡しましたが応答はありませんでした。真冬の夜、凍えるような寒さの中の出場でした。

現場到着

指令先はアパートの居室、アパートの前には通報者の男性が手を振っていました。

彼氏「お願いします、彼女の様子がおかしいんです!意識がないんです!」
隊長「分かりました、案内してください」
彼氏「こっちです、早く!」
隊長「呼吸はしていますか?」
彼氏「呼吸はしているとは思うのですけど…」

通報者の男性は傷病者の彼氏で若い男性でした。かなり慌てている様子でした。

傷病者接触

傷病者は20代の女性でFさん、自宅アパートの床上に下着姿で倒れていました。パっと見てただならぬ現場、意識はなさそうです。

隊長「まず観察だ、機関員はAED準備!」
隊員・機関員「了解」

隊長と隊員がFさんの観察を実施します。まずはABC、Aは気道が開通しているか、Bは呼吸をしているか、Cは循環、つまり脈拍があるかどうかの判断です。機関員は観察結果に基づく処置の準備にとりかかりました。

隊長「意識はJCS300、脈拍は…」
隊員「気道確保、呼吸は…」

判断が難しい…呼吸はどうだ?呼吸は…呼吸は…ある、でもどうだ?これは胸は上がっているか?

隊長「脈拍は…ある、総頸動脈は触れている、呼吸はどうだ?」
隊員「あります、呼吸もかろうじて…でも胸部の挙上は分かりません」
隊長「バックマスクを、補助呼吸しよう」
隊員「了解」
機関員「あなたは彼氏さんでしたね?彼女の胸にパッドを貼らせてもらいますよ、胸を開けますよ」
彼氏「はい…はい、どうぞ」

必要な処置ですが、いくら意識がないからと言ってもこんなひと言は絶対に必要です。特に傷病者は若い女性です。機関員がFさんの胸にAEDのパッドを貼り付けた。モニターは判読不能の形、リズムにも乱れがあり(R-R不整)ハートレートは30回/分程度とかなりの除脈です。呼吸は10回/分程度、胸部の挙上はほとんど分かりませんでした。これでは十分な換気はできていないだろうとバックマスクを用いて呼吸を補助しました。

隊長「状況を教えてください」
彼氏「いや…それが…僕もまったく分からないんです、帰ってきたらこのようになっていて、意識がないみたいだから119番しました」
隊長「あなたと彼女は一緒に住んでいるのですか?」
彼氏「いえ…一緒に住んでいる訳ではないですけど、よくここには泊まっています」
隊長「いつも通りの彼女を最後に見たのはいつですか?」
彼氏「昨日もここに泊まったので今朝もここから仕事に行きました、今朝は何ともなかったです」
隊長「それでは今朝から今までの間にこのようになってしまったと言うことですね?」
彼氏「そうですね…そうだと思います」

彼が家を出てすぐに倒れたとすると14時間はこの状態ということになります。Fさんは下着姿でシャワーを浴びたような様子がありました。ただ長い髪は乱れておりほぼ乾いていました。

隊長「彼女は昼間にもシャワーを浴びる方ですか?」
彼氏「はい、シャワーは時間に関係なくよく浴びています」
隊長「過去に同じような事はありませんか?彼女は何かご病気をお持ちではありませんか?」
彼氏「僕の知る限りでは何も…病院にかかっているような事はないと思うのですが…」
隊員「隊長、サチュレーションはダメです測定不能、脈波を拾いません」
機関員「体温もダメです、冷たすぎてエラー表示」
隊長「瞳孔は左右共に6mm、対光反応もないな…」

Fさんの身体は氷のように冷たい。屋内とはいえ暖房の効いていない部屋、下着姿で意識不明になったらどうなるでしょうか?この長い髪がドライヤーも使わずに乾くのにはどのくらいかかる?どのくらい経てばこんなにも低体温になる?そもそもどうして意識がないんだ?

隊長「分からないな…何で意識がないのだろう?」
隊員「隊長、どちらにしてもこれは…」
隊長「ああ、3次医療機関を選定しよう、消防隊は搬送支援を、救命センターに行く、機関員は選定に当たれ」
消防隊長・機関員「了解」

現場出発

消防隊の支援でFさんの搬送を開始、機関員は医療機関への連絡を開始、受け入れ先はすぐに決定しました。搬送途上もFさんの容態に変化はなし、救急車の暖房を最大にしてありったけの毛布で保温して搬送しました。

病院到着

救命救急センターの処置台に移されたFさん、医師たちの激しい声が飛びました。

医師「これは…CPA…じゃないよね?」
隊長「総頸動脈が触れています」
医師「そうだね…、う〜ん…微弱だけど触れている…瞳孔は開いているな」

Fさんは救命医でさえてもパッと見てCPAか否かと判断するのに迷うような、それほどの状態でした。医師たちによる様々な処置が行われ、戦場のようだった処置室も一段落しました。原因の究明のためFさんは検査室へと移っていきました。

医師「詳しい状況を教えてもらえますか?」
隊長「はい、患者さんの彼氏からの通報で…」

隊長が経過や救急隊が行った処置や判断に関してなどを申し送ります。

隊長「救急隊の体温計では測定できませんでしたがものすごい低体温でした。他のバイタルからも3次選定にしたのですが、そもそも何で意識がなったのでしょうか?」
医師「いやぁ…検査の結果が出てみない事には分かりません…」
隊長「先生、体温はどのくらいだったのでしょうか?」
医師「直腸温で26℃です、危ないところですよ」
隊長「深部体温で26℃…氷のように冷たいはずだ…」

「偶発性低体温 重篤」



クエスチョン編はここまでです。傷病者は極度の低体温から重症と判断し3次医療機関へと搬送しました。何かしらの原因により意識不明となり、真冬の部屋で数時間から十数時間にも渡って下着姿でいたため極度の低体温に陥ってしまったと考えられます。その何らかの原因は何だったでしょうか?

後日、この病院を訪れた際に医師から納得の原因を知らされました。ちなみに傷病者のその後の経過は良好、命に別状はないとの事でした。現役の救急隊の方、また救命士の卵や学生さんなどなど、みなさまからのたくさんのご参加をお待ちしています。

続・体温は26℃、原因は?につづく

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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