仰天の現場
熱中症の搬送人数が過去最高を更新した。連日続く猛暑はこんなニュースに納得感すら与えてくれる。こんな季節に救急隊にとってよくある現場の話です。
出場指令
酷暑と言って相応しい炎天下、消防署に指令が鳴り響きました。
「救急隊、消防隊出場、⚪︎町⚪︎丁目…▲号室、K方、男性は意識呼吸なし、通報は現場の警察官から」
との指令に同じ消防署の消防隊とペアでの出場でした。指令先は担当区域、数分で到着できる距離です。
現場到着
現場の古いアパートの前には近くの交番から駆けつけていた制服の警察官がいました。
隊長「救急隊です」
警察官「お疲れ様です、こちらです」
隊長「意識がないのですよね?他の警察官が付き添っているのですか?」
警察官「いいえ、到着しているのは私だけです、もう亡くなっている状態ですので…確認をお願いします」
隊長「ああ…なるほど…」
目標の部屋に向かいながら隊長は警察官から状況を聴取、話半分であってもこれから先に起こっていることの想像はついてしまう。部屋の前に到着するとそれは確信に変わるのでした。
隊長「う”なるほど…既にすごいですね…」
警察官「はい…虫も凄いです」
隊長「了解です」
部屋の前、ドアを開けている訳ではないのに既に異臭が漂っていました。この仕事をしていれば直ぐに分かる臭い、死臭です。
隊長「準備は良いか?」
隊員「はい」
隊長がドアを開けると玄関部に人がうつ伏せになっていました。全身が黒色に変色し皮膚にはガスが溜まっている、ハエがたかっていました。性別はもはや分からない…。
隊長「…」
隊員「隊長…これは…、モニターはどうしましょうか…」
隊長「ふぅ…止めよう、ここまでにしよう…記録に残すだけの情報確認はしっかりな」
隊員「了解です」
隊長「今、この時間で社会死の判断します」
警察官「了解です、ありがとうございます」
隊長「それではもう少し詳細な状況をお願いします」
警察官「了解…ゴホゴホ…しました」
機関員「隊長、本部に…ゴホゴホ…状況を入れておきます」
隊長「ああ、頼む、消防隊は引き揚げてください」
消防隊長「ゴホゴホ…了解、消防隊は引き揚げます」
この部屋の住人は70代の男性、一人暮らしでした。遠方に住む親戚が1ヶ月以上全く連絡が取れないと所轄警察に安否確認して欲しいとの通報が入りました。
最寄りの交番から警察官が訪ねてくるとドアの前で既に死臭が漂っていた。玄関ドアは閉まっている。管理人に連絡が取れたのでマスターキーでドアを開けてもらうと人が明らかに腐乱していた。この部屋の住人である可能性が非常に高いですが、もはや性別すらも分からない状態でした。
隊長「なるほど…ゴホゴホ…」
警察官「と言う状況なのでこれが住人の方の情報ではあるのですが…ゴホゴホ…」
隊長「なあ、もうそこを閉めないか…」
隊員「ああ、すみません、閉めます」
傷病者はどのような姿勢で部屋のどこに倒れているのか、腐乱の状況はどうなのか、記録にしっかりと残す必要があります。隊員は確認を続けていたのですが…ゴホゴホ…隊長もそう言うしここまでにしよう…。玄関ドアが少し開いただけでも激烈な死臭とハエが飛びまくるのでした。誰が何と言ったって、これは社会通念上からも明らかに死の状態、疑念はあり得ない。
「不搬送 社会死」
帰署途上
機関員「よくあそこまで通報されなかったな?」
隊員「アパートの住人が異臭で通報しそうなものですけど…」
隊長「それがあのアパート、今の部屋しか住人がいないのだって、老朽化で取り壊しが決まっているのだとさ」
機関員「なるほど、だから誰にも気付かれなかったのか…それにしてもすごい臭いだったな」
隊長「死後どのくらい経っていたのだろう?あんな風には死にたくないものだな…」
機関員「ええ…異臭騒ぎで行ってみたら孤独死なんて現場はよくあるけれど、この現場は特に凄かった…」
隊長「救急隊は激務で心の余裕をなくしがちだけれども、家では家族に、特に奥さんに感謝の言葉を忘れないようにしような?」
機関員「ああ…そうですね、本当にそれだ…」
隊員「何でですか?」
隊長「オレが激務に耐えているからお前らが食えているんだ、そんな姿勢でいるとひとりになって孤独死するって話だ」
隊員「ちょっと、飛躍しすぎではないですか?」
機関員「そんな事ない、ちょっとした態度や小さな事の積み重ねが大切なんだ、定年退職と同時に熟年離婚、寂しい晩年の先輩たちを実際に知っているんだ」
隊員「はぁ…そう言うものですか」
機関員「お前も関係ないってバカにしているとひとりで腐って死ぬからな」
隊員「いや…だからちょっと飛躍しすぎですって」
妻に感謝の言葉か…。隊長が言うのは分かるけれども先輩ってこんなこと言う人だっけ?どちらかと言えばオレの稼ぎでーとか言いそうなタイプなのだけれどな?
消防署の事務室
隊員「先輩はどうしたんですか?感謝の言葉とか、いつもはダサいとか言うタイプのくせに?」
隊長「ああ、何でも奥さんと大喧嘩してここ数日、口も聞いてもらえないらしいぞ」
隊員「何だ…そう言うことか…」
隊長「何で怒らせたのか知らないけど、そう言う積み重ねが孤独に繋がるのかもしれなからな、夫婦円満のコツは感謝だぞ」
隊員「はぁ、そうですね…」
腐乱した社会死の現場から指導されたのは夫婦円満のコツと孤独死しないための心構え。
119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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