14歳の母

救命士のこぼれ話

※2006年10月の記事を更新しました。

こんな仕事をしていると連ドラなんて見られない。テレビCMの合間に放送中の番宣が流れている。好評放送中、「14歳の母」か…。

帰署途上

腹痛の若い女性を産婦人科のある病院に搬送した帰りでした。

隊長「彼女は内科で診察するってさ」
隊員「そうですか、一応婦人科もあるところと選定したけど、結局は内科単科の選定でも良かったですね」
隊長「ああ、ただ女性の腹痛は絶対に気をつけないとダメだ、いつだったか細い女性で下腹部痛を訴えている事案があって、どう見ても妊娠しているようなお腹じゃないのだけど、何となく違和感を感じて産婦人科のある病院を選定したことがあったんだよ」
隊員「妊婦だったのですか?」
隊長「それがさ…診察室のベッドでそのまま生んじゃったんだ、先生も看護師も大パニック」
機関員「本人は妊娠を隠していたってこと?」
隊長「いや…違うんだよ、本人も自覚がなかったんだ」
隊員「そんなことあるんですか?10ヶ月も赤ちゃんがお腹にいるのに?」
隊長「まあ自覚がない訳で何週で産んだ赤ちゃんだったのかは分からないけれどな…」
機関員「つわりがほとんどない、お腹がそこまで大きくならない人もいるしな、ただ相当のレアケースですね」
隊長「本人がその可能性を否定しても、女性の腹痛は絶対に妊娠の可能性を外したらだめだ」
隊員「研修でも口酸っぱく言われました」
隊長「そうだろ?救急隊の鉄則、あと若い女性の腹痛と言えば昔に大変な思いをしてさ…あの時に組んでいた隊員の気が利かなくてな…」



(あの時の話)

傷病者は腹痛を訴える14歳の女子中学生でした。隊長は鉄則通り中学生とはいえ頭の片隅には妊娠の可能性も含めての観察を行ったそうです。ただ、何でもかんでもテキストの通りじゃいけないのが現場です。

隊長「通報者のお母さんですね?私はあなたから状況を伺います、彼がお嬢さんのバイタルサインなどを測らせてもらって、必要なら痛い部分などを触らせていただきます」
母親「はい、急にお腹が痛いって言い出して、顔色も優れないからお願いすることにしました」

隊員は傷病者の血圧やSPO2の測定を実施しながら聴取を進めます。

隊員「今までこんな痛みは始めて?」
少女「初めてです」
隊員「月経はちゃんと来ていますか?妊娠している可能性はありませんか?」
少女「…」

バカ!そんなに単刀直入に聞くんじゃねえ!そんな風に思った隊長と機関員、そう思った人は他にもいて…

母親「何を言うんですか!娘はまだ中学生ですよ!そんなことある訳がないじゃないですか!まったく何を言っているんですか!」
隊長「お気持ちは分かりますけれども、妊娠以外にも月経や他にも婦人科系の病気も考えられるかもしれませんから聞いているのです」
母親「それは分かりますけど、妊娠なんてしている訳がないじゃないですか、失礼しちゃうわ!」
隊員「…」

激怒する母親をなだめての活動は骨が折れた。しかし、隊長はこの少女の雰囲気から「妊娠の可能性は否定できない」と判断した。母親を説得し婦人科系の疾患も充分に考えられるからと内科・婦人科のある病院に搬送しました。

医療機関到着

病院に到着すると、彼女を待っていたのは優しそうな女性の看護師さんでした。傷病者は看護師には、母親と救急隊には話してはくれなかった話を始めた。そして「妊娠しているかもしれない」と泣き出したのでした。医師から検査に際して、妊娠の可能性を告げられた母親は少女よりも具合が悪そうに病院の待合室に固まっていた。



隊長「もう10年も前の話だ、今は小学生だって疑わなくてはいけないぞ」
隊員「そうですね」
隊長「あの時は大変だったなぁ…母親の前で中学生が妊娠の可能性についてを簡単に言うか?気が利かないだろ?お前は頼むぞ」
隊員「了解です、大丈夫です」
機関員「オレの娘も中学生だけど心配だなぁ…お父さん私妊娠したなんて言われたらオレどうしよう…」
隊長「オレの娘はもう30も近いと言うのに妊娠どころか結婚しそうにもないよ…」
隊員「ふふ…お父さんの心配の種は尽きませんね〜」

食事を摂る暇もない救急隊は資器材を並べて訓練することがなかなかできません。そんな中で帰署途上のこんな会話や失敗談の共有が実はとても大切だったりします。

こんな雑談が役に立つ時がきました。

出場指令

「救急出場、⚫︎町⚫︎丁目…16歳女性は下腹部痛、歩行困難、通報は母親から」

との指令に救急隊は出場しました。傷病者は高校生のHさん、昨日からの下腹部の痛みで動けなくなったとの通報でした。現場到着すると家の前には通報者の母親とうずくまっている若い女性がいました。自力歩行は可能、傷病者は自身で救急車に乗り込みストレッチャー上に横になりました。

車内収容

隊長「お腹が痛くなったのは昨夜からですか?」
Hさん「はい」
隊長「生理痛とは違う?」
Hさん「似ているのですけど…こんなに痛くなったことはないです」
隊長「何かお薬飲んだりしなかったかな?」
Hさん「生理痛のお薬を飲んだのですけど、ちっとも良くならなくて…」
隊長「そのお薬は持って来ましたか?」
母親「いえ、家にあります」

よし!しめた!

隊員「まだ病院も決まりませんし、病院もどのお薬を服用したのか必要になりますから、持っていきましょう、私が救急車のリアドアを開けますね」
隊長「そうだね、お母さん、持って行った方が良いですよ」
母親「そうですね、分かりました」
隊員「それでは足元に気をつけて降りて下さい、戸締りも忘れないように」

母親が自宅に服用した市販薬を取りに行きました。

隊長「さて…Hさん、デリケートなことを聞いて申し訳ないのだけれど…大切なことだからちゃんと教えてね、妊娠している可能性はありませんか?」
Hさん「え…ええと…ですね…」
隊長「婦人科系の病気も考えられるし、若い女性の下腹部痛は妊娠の可能性も充分考えられる、病院からもその可能性についてを絶対に聞かれるんだ、どうでしょう?」
Hさん「妊娠をしていることは…ないと思うんですけど…」
隊長「ないと思うけど…可能性はゼロとは言い切れない…と言うことで良いかな?」
Hさん「そうです…」
隊長「分かりました」

やっぱりお母さんを車外に出してでも聞いておいて良かった。腹痛を訴える女性を扱った際、救急隊は医療機関選定時に絶対に聞かれることが妊娠の可能性です。しかし、親の前で中高生がこんなデリケートなことを話さないことは想定内、男性ばかりの救急隊ならば尚更です。病院に着いてから処置室で女性の看護師さんには「実は私…」こんな風になることは想定内にしないといけません。

救急現場でのちょっとした裏技的なテクニック、失敗や課題は次の活動の最高の教材になる。

医療機関到着

「月経困難症 軽傷」

帰署途上

隊長「良かったよ、気が利いたじゃない!お母さんの前じゃ絶対に本当のことなんて言わないよな?」
隊員「隊長の聴取の中で市販の痛み止めを飲んだと聞いて、しめたって思いました」
機関員「実際にどの薬を飲んだのかは必要な情報だし、傷病者のためだもんな〜」
隊長「それにしても…やっぱりなのだな…」
機関員「彼女は16歳でしょ?もはや普通かもしれませんよ」
隊長「彼女の言葉のまま、妊娠の可能性はないと思う、ゼロではないと伝えても医師も看護師も別にまったく驚かない」
機関員「まあ、そうでしょうね、ああ…オレも娘が心配だな…」
隊長「オレも結婚しない娘が心配だな…」

時代が流れ様々なものが変わっていく。ても、お父さんの娘を心配する気持ちはきっとずっと変わらない。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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